スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

#0024 キーストン時代のチャップリン短編映画-1(1914年)

成功争ひ
『成功争ひ』のチャップリン(右端)にほんブログ村 映画ブログへ

1991年にNHK-BSでチャップリン短編56本を放送した番組をDVD化した”Charles Chaplin Commedy Films”を入手しました。放送順のDVD収録になっているのですが、時間を追ってチャップリンの短編を見て行きたいので、1914年のデビュー作『成功争ひ』から順に感想をアップしていきます。まずは、キーストン時代1914年2月から3月に公開された5本。

それぞれの作品中でも書きましたが、この時期は良く知っているチャップリンとはかなり違い、人情味のまるでない意地の悪いキャラクタ。詐欺師や女たらしなどの役が多いですね。淀川長治氏もチャップリンファンになったのは『チャップリンの移民』(1917)からと言い、キーストン時代のチャップリンは”怖い人”だと思っていたと著書に記しています。チャップリン本人も、この頃の作品を良く思っていなかったようですね。

しかし、1914年にキーストンでは100ドルだったチャップリンの週給が同年エッサネイに移籍したときに1250ドル、1916年にミューチュアルに移籍したときは週給1万ドル+ボーナス15万ドルと、ごく短期にのし上がっています。ということは、このキーストン時代の”怖いチャップリン”も観客には十分支持されていたということなんでしょうね。にほんブログ村 映画ブログへ

『成功争ひ』Making a Living 1914年2月2日
1913年にキーストン社に入社したチャップリンの初出演作品。フロックコートに細身のズボン、シルクハットにステッキ、片眼鏡にどじょう髭。イギリスの演劇一座から映画界入りしたチャップリンは、まだ自分のスタンスを決め切れていなかったそうで手探りで役作りをしていました。おなじみの浮浪者スタイルとはかなり趣が違いますが、何よりも違うのはキャラクター。意地悪そうな顔でやることもあくどい。キーストン時代の作品には共通するようですが、チャップリンの最大の魅力である人間味と裏表の二重三重に織り上げられた面白さはありません。ストレートに相手を騙す・出し抜く・やっつける。それを徹底したドタバタアクション(体術)で見せて笑いをとっています。

『ヴェニスにおける子供自動車競走』Kid Anto Races at Venece, CA 1914年2月7日
『成功争ひ』の5日後に公開されたこの作品では、早くもおなじみのチャップリンらしい浮浪者スタイルになります。自分の扮装が気に入らなかったチャップリンは、楽屋で人のつけひげや衣装を勝手に借用して映画に出てしまったそうです。作品内容もタイトルの自動車レースはそっちのけで、ひたすらカメラに写りたがるチャップリンと追い払おうとするカメラマンのドタバタ。ハリウッド初期になんとしてでも目立ちたかったチャップリンの地をそのままいったような作品。ここでも表情にはやはり意地悪そうな険があります。

『犬の為め』(『メーベルの奇妙な苦境』)Mabel's Strange Predicament 1914年2月9日
マック・セネットとのコンビで、キーストン社コメディの中心人物、すでに監督も行っていた才媛メーベル・ノーマンド絶頂期の作品。パジャマ姿でホテルの部屋をロックアウトされたメーベルが、酔っ払いのナンパ野郎チャップリンに絡まれて、夫婦が泊まる向かいの部屋に避難。今度はそこで浮気と間違えられるドタバタコメディで、主役は間違いなくメーベルですね。酔っ払い役だからかもしれませんが、チャップリンの意地悪さが少し緩和されて、割合素直に笑うことが出来ます。チャップリンがキーストンに一年しかいなかったのは、メーベル・ノーマンドに指図されるのがいやだったからという説があるらしい。にほんブログ村 映画ブログへ

『夕立』Between Showers 1914年2月28日
キーストン社の一連のコメディ短編は、思いつきでロケ撮影されていた・・・というナレーションが入ってますが、3~4日に一作公開されているところを見ると納得。レンガの投げあいはロスコー・アーバックル主演の『ノックアウト』にもありましたが、キーストンお得意のギャグシーン。やはり、 1914年2月のわずか一ヶ月間でチャップリンの芸風は大きく変化しているようです。鋭く意地悪い感じから、ちょっとオトボケなキャラになり、ほんの少しですが親しみやすくなってきました。ハリウッドにやってきたばかりで、どうすればアメリカの観客にうけるのかを、持ち前の完ぺき主義で考え抜いていた時期でしょうね。変化が早い。それと、チャップリンのギャグアクションは共演者のものとちょっと違うなということにも気がつきました。共演者(フォード・スターリング)は、日常の動作を大げさにすることで面白みを出していますが、チャップリンは笑わせるための体の動かし方を常に考えているようです。片足ケンケンで急ブレーキして方向を変える、山高帽をぴょこぴょこやる仕草、相手の顔にレンガをこすり付けるような殴り方、殴られて後ろにひっくり返る時の足の具合など、面白く見せるためだけに工夫した普段とは違う独特の動きを繰り出すため、大勢ドタバタしていてもチャップリン独特の面白みが目立ちます。

『チャップリンの活動狂』(新米活動屋)A Film Johnnie 1914年3月2日
キーストンスタジオを見学に来たチャップリンが、主演女優メリーちゃんを助けたい一身で映画撮影をめちゃくちゃにしてしまう。ロスコー・アーバックルやメーベル・ノーマンドなどキーストンのスター俳優総出演。マック・セネットも登場しています。拳銃の乱射ギャグもキーストンお得意だったようですね。これまでの作品は、ヘンリー・レアマンが監督していましたが、この作品以降しばらくはジョージ・ニコルズの監督になります。

あと、短編が51本あってその後長編。大変だこりゃ。

↓↓ブログランキングに参加しています。木戸銭がわりにワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ


■■ 【このタグに注目!】 ■■
チャールズ・チャップリン


【Technorati Tags】
            

CHARLES CHAPLIN COMEDY FILMS-SPECIAL BOX-CHARLES CHAPLIN COMEDY FILMS-SPECIAL BOX-
チャールズ・チャップリン

ビデオメーカー 2004-05-28
売り上げランキング : 57504
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ブログパーツ
スポンサーサイト

テーマ : ■■□ サイレント映画 □■■
ジャンル : 映画

#0023『恐喝(ゆすり)』アルフレッド・ヒッチコック監督 1929年イギリス

blackmail

”Blackmail” にほんブログ村 映画ブログへ
監督: アルフレッド・ヒッチコック
製作総指揮: ジョン・マクスウェル
脚本: ベン・レヴィ
撮影: ジャック・コックス
音楽: キャンベル・コネリー
 
出演: アニー・オンドラ/サラ・オールグッド
    チャールズ・ペイトン/ジョン・ロングデン
    ドナルド・カルスロップ/シリル・リチャード

サイレントからトーキーへの転換期にヒッチコックが撮ったユニークな作品。オールド・ムービー・パラダイス!から転載します。

ロンドン警視庁のフランクとの関係が倦怠気味のアリス(アニー・オンドラ)は、偶然知り合った画家と出来心の浮気。男の家で襲われそうになり、身を守るためにナイフで刺殺してしまう。一晩中街をさまよい帰宅した彼女は、思い悩んだあげくフランクに相談する。現場検証でアリスの犯行とうすうす気づいていたフランクは彼女を守ろうとするが、犯行を目撃していた男が自宅まで訪ねてくる。

1929年、ヒッチコック30歳のときの作品。もともとサイレントとして企画されたが途中でトーキーに方針変更され、イギリス映画界のトーキー第一号となりました。この時期、サイレントからトーキーの切り替えに必ずしも成功した作品ばかりではありませんでしたが、ヒッチコックはいかにも彼らしいトーキーの本質を突く演出を見せます。

トーキーの本質とは、映像と”音も”使って登場人物の心理や状況などを表現することだと思います。サイレントは当然セリフや効果音がありませんから、すべてを視覚に訴えるように演出されています。そのため、演技や演出を変えずに音をのせるだけでは映画として全体のまとまりがなくなってしまうのは当然。『雨に唄えば』でドン・ロックウッド(ジーン・ケリー)を窮地に立たせた『闘う騎士』はまさにそういうちぐはぐな映画をパロディ化したものでした。にほんブログ村 映画ブログへ

では、ヒッチコックが用いた演出とは?ナイフで画家を刺し殺したアリスは、街をさまよい、電光掲示を見ても凶器のナイフに見えてしまうほど罪悪感に押しつぶされそうになっています。ようやく家に帰り着き、なんとか朝食のテーブルにつきますが、そこに近所のおしゃべり女がやってきて、しきりと事件の噂話を始めます。アリスは気が気ではなく、次第におしゃべり女の会話の中の”ナイフ”という単語しか耳に入らなくなってくるんですね。音声では、”ナイフ”と言う単語だけボリュームを上げる演出。同時にアリスの目は、父親がパンを切るナイフに釘付け。これほどトーキーのメリットを活用したシーンはありません。若干30歳のヒッチコックは、初めて接したトーキーで、「音声はセリフで説明するために使うんじゃない」と悟っていたんですね。ヒッチコックの才能を世に示す大変有名なシーンとなりました。

他にも演出面でヒッチコックらしさが効いており、特に要所要所で登場する指をさして人を嘲り笑うピエロの絵がストーリーのポイントをきちんときちんと指し示していて面白く感じました。ラストシーンはアリスにとってとても残酷な結末。彼女は今後決して救われることがないだろうなぁと思わせるのですが、そこでもすかさずピエロの絵が登場します。さすが。★★★★☆

■■ 【このタグに注目!】 ■■
アルフレッド・ヒッチコック

【Technorati Tags】
              

恐喝(ゆすり)
B00005G106アニー・オンドラ サラ・オールグッド アルフレッド・ヒッチコック

アイ・ヴィー・シー 1999-02-25
売り上げランキング : 50,357


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


↓↓ブログランキングに参加しています。木戸銭がわりにワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

ブログパーツ

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

#0022『群衆』キング・ヴィダー監督 1928年アメリカ

gunnsyuu

”The Crowd”にほんブログ村 映画ブログへ

監督・製作・原案:キング・ヴィダー
脚本:キング・ヴィダー/ジョン・V・A・ウィーヴァー/ハリー・ベーン
撮影:ヘンリー・シャープ
出演:エレノア・ボードマン/ジェームズ・マーレイ
    バート・ローチ/エステル・クラーク
    ダニエル・G・トムリンソン/デル・ヘンダーソン
    ルーシー・ボーモント/フレディ・バーク・フレデリック
    アリス・ミルドレッド・ピューター

<作品関連情報>
    ⇒IMDb(英語)

ネタバレしていますのでご注意!

さて、いざコメディへ!と言うことでしたが、まだ見るべき作品が手元に一つ残っていました。キング・ヴィダー監督の『群衆』。

映画にはいろいろなテーマがありますが、結局は普通の人間が余り経験しないようなことを体験させてくれるもの。しかし、特に才能もない普通の人間が平凡な人生を送っていくことにすら四苦八苦する姿は極めて現実的。しかもこの作品のメッセージは本当に明るい肯定的なものなのだろうかという疑問が残ります。

少年時代に父を亡くしたジョニー・シムズ(ジェームズ・マーレイ)は立身出世を夢見てニューヨークにやってきて、保険会社の事務員として仕事を始めます。彼がやってきたニューヨークのシーンで、キング・ヴィダー監督はかなりの時間と手間ひまをかけて”群衆”を映像化しています。空撮を交えたハイ・アングルで映し出す人々、車、船、そして立ち並ぶビル。特撮でビルの壁をカメラがなめるようにのぼり、ある部屋の窓から内部に侵入すると、そこにはたくさんの机を並べて仕事をする人・人・人(冒頭写真)。二段構え三段構えでしつこく“群衆”を描いており、その意味するところは世の中の大多数と同じ変わり映えのしない平凡な人生。ジョニーはそんな群衆に冷たい目を向け馬鹿にしながら、自分だけはそうならないと信じています。上司だか同僚だかが、「群衆に捕まらないためには才能がいる」とつぶやきます。にほんブログ村 映画ブログへ

彼は、同僚の紹介で出会ったメアリー(エレノア・ボードマン)と早々に結婚し家庭を築きますが、彼女の兄たちとは折り合いが悪く気まずい雰囲気。ちなみに、ジョニーとメアリーが初デートで遊ぶ遊園地の光景は、登場するアトラクションから俳優のアクションまで、以前アップした『あれ』(‘27)と同じ。クララ・ボウとアントニオ・モレノがまったく同じシーンを演じていました。パクッたのでなければシーンを買ったということでしょうか。そんなことがよくあったのかな?それはさておき、ジョニーが自宅でウクレレを弾いて暇をつぶしている姿が出てきます(後にもう一度同様のシーンあり)が、努力をせずにお気楽に生きている姿を暗示しているように見えます。ジョニーは、根拠のないエリート意識が旺盛なものの、プライドと繊細さが邪魔をして妻の家族とも打ち解けることができず、地道な努力もあまりしない人間。そう描かれているようですね。

これで、ジョニーの先行きは大体読めますね。周りの人間をバカにしながらウクレレを弾いて適当に毎日を生きているうちに、彼の人生はどんどん先細りになっていきます。自分には才能があるのだ、いつか出世して群衆から抜け出すのだと言い続けながら、すでに同僚にも出世競争で水を開けられているジョニー。

それでも自分の人生に先がなくなってきていることの自覚はなかなかできない。実際こういうシチュエーションは何かのきっかけで一気に状況が悪化するもの。彼の場合は不幸な事故とそれにより退職したことがきっかけでした。出世しないとはいえ安定していた職を捨てた彼の人生は、一気に下り坂。

それ以降仕事についても長続きせず、収入もなくなりメアリーは洋裁の内職を始めます。義理の兄たちがメアリーのために彼に仕事を世話しようとしますが、「くだらない仕事は出来ない、もうすぐ全てうまくいく・・・」といってそれを断るジョニー。ついにメアリーも彼を見捨てて出て行くことになり、彼は全てを失って自殺を図ろうとします。しかし、最後まで彼を信じてくれたのは愛する息子でした。幼い息子に勇気付けられ、ついに地道に毎日を努力して生きていくことの大切さに目覚めたジョニー。彼は日雇いのサンドイッチマンの仕事を全力で勤め、日当の小銭を握り締めてメアリーのもとに戻ります。にほんブログ村 映画ブログへ

さて、ここまで感動的で我が身につまされることも多々あり、ハリウッドの初期ゴールデンエイジを象徴する道徳的で素晴らしいストーリーでした。しかし、ラストシーンを見てすごく引っかかるんですよね。ラストでは、メアリーとよりを戻したジョニーが家族一緒に喜劇芝居を見に劇場に来ています。貧乏ではあるものの大切なことに気づいたジョニーと、そんな彼をもう一度受け入れたメアリーは底抜けに楽しそう。ジョニーのとなりには義理の兄も同席しており、彼ともわだかまりなく大笑いしあうジョニー。彼ら家族をアップで捉えていたカメラがずーっと引いていくと・・・。

そこには同じようなスーツを着て同じように笑い転げている人々の姿が延々と続き、ジョニーたちはその中に埋もれて、ついには見えなくなってしまいます。

まっとうに考えれば、「群集の一人としてまじめに生きることはで尊い事なのだぞ」という善良なメッセージの絵だと思います。が、あまりにこの劇場の群衆が同質かつ大量なんですよね。ずーっと見渡す限りおんなじような人間。その中に完全に埋没していく主人公たち。力を持っているように見えた義理の兄ですら結局その大群衆の中に埋もれていきます。特殊撮影しているようですが、善良なメッセージを伝えるためにここまで徹底的に群集を描く必要があったのでしょうか。映し方見せ方に、どうしようもなく監督の悪意を感じてしまうんですよね。「どうせさぁ、抜きん出ようとがんばっても無駄なんだからさ、大人しく群衆の中で幸せを見つけろ。けっこういいもんだぞ・・・」という悪意。

真意はわかりませんが、最期の10秒でものすごく不安にさせられた映画でした。監督が悪意を意図していたとすると完璧すぎるほどインパクトのあるラストシーンで、それもひょっとしたら良いかなと思えてきたのでした。★★★★☆

ちなみに、主人公を演じたジェームズ・マーレイはこの作品で評価されスターになった、”群衆から抜け出した”ものの、スターのプレッシャーに勝てず酒に浸り、35歳で身元不明死体としてハドソン川から引き揚げられたそうです。なんともはや・・。

↓↓ブログランキングに参加しています。木戸銭がわりにワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

世界名作映画全集100 群衆世界名作映画全集100 群衆
エレノア・ボードマン キング・ヴィダー ジェームズ・マーレイ

GPミュージアムソフト 2006-05-25
売り上げランキング : 114703

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ブログパーツ

#0021『ロイドの要心無用』サム・テイラー/フレッド・ニューメイヤー監督 1923年アメリカ

要心無用
”SAFETY LAST!”

監督:サム・テイラー/フレッド・ニューメイヤー
原作:ハル・ローチ/サム・テイラー/ティム・フェーラン
出演:ハロルド・ロイド/ミルドレッド・デイヴィス
   ビル・ストローザー/ノア・ヤング/W・B・クラーク

<作品関連情報>
    ⇒IMDb(英語)

成功を夢見て都会にやってきた平凡な青年。故郷に残した恋人とは、成功したら結婚しようと約束しています。しかし、現実は厳しく、いつまでたっても百貨店の下っ端店員でクビも時間の問題。一発逆転を賭けて、店に客を集めるために百貨店ビルを屋上までよじ登ることになりますが・・・。

チャップリン、キートンと並ぶ三大喜劇王の一人ハロルド・ロイドの代表作。カンカン帽にロイド眼鏡のいでたちがおなじみですね。

1910年代から20年代にかけてのサイレント映画を観てきて、記事も15本ほどになりましたが、三大喜劇王の作品はわずかに2本。どうしたわけかこの分野とっつきが悪いのです。しかし、一般的にこの時代の映画で最もおなじみなのは、このドタバタ・コメディですよね。初期の映画俳優はボードヴィルとかの芸人さんが多かったし、動きが派手で短時間でお客さんを満足させられそうだし。西部劇などのアクションと並んで多くの作品が作られています。うーん、避けては通れないジャンルだなぁ。今まで観たのは、キートン作品一つ(荒武者キートン)に、チャップリン3本~4本、ロイドにいたっては今回初・・・。やはりこれはいけませんねぇ。

そんなことで、この作品についても印象程度しか書けませんけど悪しからず。で、その印象は一生懸命真面目で素直なコメディ。チャップリンやキートンの場合、キャラクターの時点ですでにかなりインパクトがあると思いますが、ロイドはどう観ても普通ですね。特になんの取り柄もない普通で真面目なサラリーマン風。作品は、ハッピー・エンドに向かって必死に努力するプロセスがとんでもなく面白くて、一生懸命頑張ればちゃんと望んだハッピー・エンドに行き着いて一件落着する素直なつくり。とてもわかりやすくて素直に楽しんで最後ににっこりできる、そういう安心できる魅力を感じます。同時にチャップリンの『サーカス』を観終わっているのですが、こちらは頑張れば報われるなどということはなく、話はもっと複雑。

とにかく一生懸命なところがおかしいロイドのコメディ演技、ハイライトのビルシーンは当然スタントマンなどなしで本人が演じています。実は指がなかったと言う話を知って驚き。別の作品撮影時の事故で右手の親指と人差し指が欠けてたそうです。その手であれだけのスタントをやって、しかも時計の針にぶら下がる場面では、針が手に食い込んで一生傷が残ったと言いますから、すさまじいばかりですね。

キートンも『荒武者キートン』の激流のシーンで命がけの演技をしていますし、チャップリンは自分の作品にいかなる妥協も許さない完璧主義者で、周囲はいつもピリピリしていたらしい。そういう”プロ根性””芸人魂””職人魂”が下敷きにあるコメディってやっぱり面白いですよね。

ジャキー・チェンが『プロジェクトA』でこの作品を元にアクションしているのは有名な話ですが、やはりそういうプロ根性に惹かれるんでしょうね。面白い動画がYouTubeにあったので貼っておきます。(前半はキートンみたいですね)。さて、ではコメディに注力してみましょうかね。

★★★★☆

↓↓最後まで読んでいただいてありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いします。^^
にほんブログ村 映画ブログへ


【Technorati Tags】
             

ブログパーツ 

テーマ : ■■□ サイレント映画 □■■
ジャンル : 映画

#0020『つばさ』ウィリアム・A・ウェルマン監督 1927年アメリカ

WINGS

”WINGS” にほんブログ村 映画ブログへ

監督:ウィリアム・A・ウェルマン
製作:ルシアン・ハバード
原作:ジョン・モンク・サウンダース
脚本:ホープ・ローリング/ルイス・D・ライトン
撮影:ハリー・ペリー
出演:クララ・ボウ/チャールズ・“バディ”・ロジャース
    リチャード・アーレン/ゲイリー・クーパー
    エル・ブレンデル/ジョビナ・ラルストン
    アルレット・マルシャル

<作品関連情報>
    ⇒IMDb(英語)

ネタバレですよ

第一回アカデミー賞作品賞を受賞した、パラマウントの本格的娯楽大作。

第一次大戦が始まり、田舎街で青春をを謳歌していた若者たちも航空兵として志願していく。主人公のジャック(チャールズ・“バディ”・ロジャース)は、陽気で一途な青年で幼馴染のメアリー(クララ・ボウ)の想いにはまったく気づかず、資産家の令嬢シルヴィア(ジョビナ・ラルストン)に夢中。しかし、シルヴィアには同じく名家の息子デヴィッド(リチャード・アレン)という相思相愛の恋人がいます。シルヴィアがデヴィッドのために用意した写真入りペンダントを自分のためのものと早とちりしたジャックは、そのペンダントをにぎりしめ、意気揚々と入隊していきます。

同期訓練生となったジャックとデヴィッド。ボクシングの授業で真剣に殴りあったことがきっかけとなり親友となります。その後、助け合いながら訓練を終えた二人はともに戦闘機パイロットとして実戦参加。エースとして活躍していきます。しかし、ジャックが持っていたペンダントがきっかけとなって、再び二人は仲たがい。しこりを残したまま、ドイツ航空隊の迎撃に向かいますが・・。

ストーリーは今でもよく見かける内容。というか、恥ずかしくなるような青春恋愛ストーリー。友情、恋愛、戦争、友との別れ、主人公の人間的成長、真実の愛の発見。青春要素てんこ盛り。クララ・ボウの代表作と言われますが、どちらかというと主役は二人の青年で、クララ・ボウはそこに絡む役回り。出演シーンも結構偏っていて、青年二人が出ずっぱりなのに比べ、中盤パリで大騒ぎを起こした後、クララ・ボウははラストシーンまで登場しません。まず、第一に男の友情と成長を描きたかったと、そういうことなのでしょう。

惜しむらくは、そういうベタなストーリーに引っ張りすぎているため、意味のない展開やこじつけっぽいシーンもしばしば。そこが唯一のマイナス点。例えば、訓練を終えて飛行隊に配属された二人のリーダーは、クールなホワイト中尉。脇役ながら存在感抜群で、パイロット哲学をぶち、かじりかけのチョコレートをぷいと放り投げて任務に向かうあたり、役も俳優もオーラを感じさせます。それもそのはずで、この俳優は実はゲイリー・クーパー。神々しいばかりの美男子ぶりは主役二人の比ではありません。そのクーパーが、、、任務に出た5分後には飛行機事故死・・・。おそらく、若い二人が上官の死に直面して実戦の過酷な現実を知ったということになるのでしょうが、無茶しすぎの感あり。ストーリーにおけるシーンのバランスがめちゃくちゃになっています。

しかし、ストーリー以外の要素はかなり良く出来ている映画だと感じました。特に映像面の工夫は作品全体に多々見られます。被写体が画面全体を覆い隠してから遠ざかるとか、デヴィッドとシルヴィアが乗るブランコを静止させ、逆に地面の方をスイングさせる取り方、パリのクラブではテーブルを挟む男女たちの間をカメラが抜けて移動していく映像なども実現しており、これまでの作品には見られなかったのではないかと思います。また、カットつなぎのテンポも良くてリズミカルにシーンが進んでいきます。演劇的な静止した映像からスタートしたカメラワークが、1920年代後半にはここまで技術発展してきたかという驚きを感じました。

戦争映画としての戦闘シーンはかなりの迫力で、売り物の空中戦の映像なども、この当時の技術を考えるとかなり挑戦的だったと思われます。空中戦のリアリティと興奮を伝えるという尺度では、一定の合格レベルに十分達していますね。上空から編隊飛行を俯瞰するショットや、編隊から一機ずつ順番に急旋回していく画などは、今の航空映画でも必ず使われるショットですね。飛行機の撮り方としては一つの基準を作った作品ではないでしょうか。

また、陸戦も大エキストラ動員のスケールの大きなシーンで、白兵戦や塹壕戦でバタバタと兵士が死んでいくシーンは目を見張ります。タバコをくわえて道端に座っている兵士に声をかけると実はすでに戦死しており、声をかけた兵士は吸いかけのタバコを踏み消して列に戻っていく。そういう、感傷をそそるシーンもうまく盛り込まれており印象的でした。

あとはクララ・ボウの魅力はいわずもがな。お色気コメディのイメージが強いのですが、この作品では実は登場シーンの半分で泣いているんですね。ジャックへの思いが届かず泣くシーン、パリのクラブで一番ジャックの近くにいるのにすれ違ってしまって泣くシーン、最期に想いが通じて泣くシーン。彼女の涙を追っているとこちらの涙腺が緩んでしまうこともしばしば。しかし、こんなに泣いていても実に爽やかで明るい印象を残すクララ・ボウの演技と存在感はやはり素晴らしいと思います。これ以降目だった作品を残していないのが返す返す残念です。

★★★★☆
↓↓ブログランキングに参加しています。木戸銭がわりにワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

つばさ
つばさクララ・ボウ ウィリアム・A・ウェルマン チャールズ・ロジャース

アイ・ヴィー・シー 2005-02-25
売り上げランキング : 68071
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools



ブログパーツ

#0019『雨に唄えば』ジーン・ケリー/スタンリー・ドーネン監督 1952年アメリカ

Gene Kelly

”SINGIN' IN THE RAIN”↑この時、ジーン・ケリー39度の発熱中↑

監督:ジーン・ケリー/スタンリー・ドーネン
製作:アーサー・フリード
脚本:アドルフ・グリーン/ベティ・コムデン
撮影:ハロルド・ロッソン
作詞:アーサー・フリード
作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン
音楽:レニー・ヘイトン
出演:ジーン・ケリー/デビー・レイノルズ/ドナルド・オコナー
   シド・チャリシー /ジーン・ヘイゲン/ミラード・ミッチェル
   ダグラス・フォーリー/リタ・モレノ

詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


”オールド・ムービー・パラダイス!”2006年10月の記事を多少手直しして転載します。現在特集中のサイレント映画に関係する記事です。よろしければご一読を。

この映画は、個人的に非常にツボにはまっていて、DVDを買ったときは3回連続で見ました。歌もダンスもストーリーも素晴らしいですよね。2年ぶりくらいの鑑賞になりますが、今回はストーリーも大変興味深く見直しました。

『雨に唄えば』は、第一級のミュージカル作品ですが、同時にトーキー誕生時のハリウッドの様子を垣間見ることができる貴重な映画でもあります。

この作品は初のトーキー作品『ジャズ・シンガー』が公開された年の話ですから1927年ということになります。冒頭、サイレント映画のスター、ドン・ロックウッド(ジーン・ケリー)が、聴衆に嘘八百の経歴を披露する場面がありますが、当時の映画作りはスターの人気に依存していたため(現在でも変わりませんが)、スターのイメージは映画スタジオの収入に直結。映画スタジオは大事なスターを専属化し公私に渡ってイメージコントロールしていたそうです(本格的なスター・システムはもう少し後からになりますが。。)。ドンの演説も映画スタジオの宣伝部がすべてシナリオを考え、作り上げられたイメージを世の中に伝えていたわけですね。

ドンは、その演説で語られる華々しいエリートイメージとは正反対で、もともとは貧しい家に育ったボードヴィリアン。しかし、子供のころから鍛え上げられて歌も踊りも抜群です。それに対して、モニュメンタル映画社の二枚看板のもう一人女優リナ・ラモント(ジーン・ヘイゲン)はサイレントの大仰な芝居と見た目の美しさ以外は、演技も台詞も歌もだめな "Triple Thread"。

映画がトーキーになった時に、”しゃべれない、歌えない”ためにイメージが崩れて姿を消した俳優はたくさんいました。中には、ジョン・ギルバートやクララ・ボウ、ポーラ・ネグり、ナタリー・タルマッジなど、サイレントのビッグネームも含まれていました。劇中、”ハリウッドでしゃべり方教室が大流行”というくだりがありますが、役者たちはキャリアをかけて必死に特訓したのでしょう。おかしいのと同時に当時の彼らの苦労がしのばれて大変興味深いシーンです。

物語の核になる”吹き替え”は、リナの悪声とひどいなまりを隠すために考えついた苦肉の策ということになっています。

実際のケースでも、イギリス初のトーキー映画「恐喝(ゆすり)」(ヒッチコック)では、主役のドイツ人女優アニー・オンドラが英語を全く話せなかったために、英語吹き替えが行われています。アフレコ技術がなかったため、アニーの演技と当時にイギリス女優に台詞をしゃべらせていたそうです。本作のリナの場合とは事情が違いますが、吹き替えが用いられるようになった経緯には、こういう”トーキーに出せない俳優をどうするんだ?”という問題が深く関わっていたのかもしれません。

モニュメンタル映画社のパーティー席上でトーキーの宣伝フィルムが披露された時の関係者の反応は冷ややかなもので、”子供だましの悪趣味なおもちゃだ”とバッサリ。ところが、”ジャズ・シンガー”が大ヒットすると映画界はなだれのようにトーキー化にまっしぐら。製作途中のサイレント映画までトーキーに変更となり、トーキー化が予想外の急激な変化だったために関係者が右往左往した様子が良くわかり、ここも大変面白いシーンです。

さらに興味深いのは、映画に音声が入ったことでサイレントの演技が全く通用しなくなってしまったことです。プレミア試写でドン&リナの『闘う騎士』が大コケした理由は。。。

・サイレントの大仰な演技に音声がついたときに、あまりに日常的な動作からかけ離れた芝居になってしまったこと。
・セリフ自体にも自然さがなく、大時代でこっけいな台詞回しになってしまったこと。
・録音機材や技術が未熟で、均質な録音が出来なかったこと。
・映写機と蓄音機の同期が取れず、映像と音がずれてしまったこと。

などなど。映画ですからかなり誇張されているとは思いますが、実際にもこのようなことは十分起こりえたでしょう。サイレントとトーキーは完全に異なる芸術だというようなことを言っていたのは誰だか忘れてしまいましたが、演技の方法論から根本的に変わってしまったということのようです。

とりとめなくだらだらと書いてしまいましたが、この作品、当然歌とダンスも名作ぞろい。ジーン・ケリーももちろんですが、競演のドナルド・オコナーがソロで演じる”Make'em Laugh”の神業には驚かされましたね。ミュージカルとしても記録映画としても楽しめる一粒で二度おいしい(古)素晴らしい作品でした。★★★★★

(参考:ヒッチコック/トリュフォー 定本映画術)

雨に唄えば - goo 映画
雨に唄えば@映画生活

雨に唄えば 50周年記念版 スペシャル・エディション
雨に唄えば 50周年記念版 スペシャル・エディションアドルフ・グリーン ベティ・コムデン ジーン・ケリー

ワーナー・ホーム・ビデオ 2006-09-08
売り上げランキング : 15596

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

ブログパーツ

テーマ : ★おすすめ映画★
ジャンル : 映画

韓国映画の将来は暗い!

と言うことらしいですね、今のままでは。にほんブログ村 映画ブログへ

韓流韓流と騒がれているのを外側から眺めているだけなので、景気がいいものだと思い込んでいましたが、

▼シェアが71.8%から、27.6%まで激減
▼昨年一年間で130億円以上の損失
▼昨年公開110本のうち90本は赤字


などの記述を見るとムムッっと唸ってしまいます。

一時の隆盛にかまけて腕を磨かなかったことが大きな原因のようですが、テレビの力で絶好調を迎えている日本映画界の他山の石とならんことを祈ります。

朝鮮日報:「【社説】韓国映画、制作費のムダ省き中身の向上目指せ」より

↓↓ブログランキングに参加しています。木戸銭がわりにワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

テーマ : ★映画ニュース★
ジャンル : 映画

<第60回カンヌ国際映画祭>映画はこうして選考される - フランス

AFP BB News:「<第60回カンヌ国際映画祭>映画はこうして選考される - フランス」より

いよいよ、16日(水)からカンヌ映画祭ですね。オープニングは、中国の監督としては初めてウォン・カーワイ監督の作品「My blueberry nights」が努めます。今回の記事は、前回ご紹介したティエリー・フレモー氏を中心とするコンペ部門出品作品の選考方法について。要チェックです。

<関連記事>
「カンヌ国際映画祭の出品作品を決める男 」
「第60回カンヌ国際映画祭 コンペ部門出品作品発表」

喫煙シーンが自主規制コード審査対象に。

AFP-BB News「米国映画の自主規制コード、「喫煙シーン」も審査対象に - 米国」より

オールド・ムービーファンにとっては、喫煙シーンはとても馴染みがありますよね。というよりも、かつては映画に出てくる男はみな帽子に煙草。女も粋に煙草を吸うシーンがたくさんありました。特にアメリカのタバコ産業は巨大で、映画業界にとっても大スポンサー。最近はさすがに世の中ノースモーキングですから、モクモク煙が充満するようなシーンはあまり見かけなくなりましたが、今回あらためてMPAAが喫煙シーンを審査対象とすると発表しました。審査の視点は、1.映画の中の喫煙シーンが影響力を持つか、1.喫煙そのものを美化した内容か否か、3.無理のない自然な描写か否かの三点と言うことです。

規制を発表した米国映画協会の設立は古く、その前身となるアメリカ映画製作配給業者協会(MPPDA)は1922年に設立されています。設立のいきさつには”デブ君”と呼ばれて親しまれていたロスコー・アーバックルが関係しているんですね。古い映画に詳しい人は、ロスコー・アーバックルの引き起こした事件についても良くご存知だと思いますが、ちょっとお話しておきます。

ロスコー・アーバックルは、三大喜劇王と言われたチャップリン、ロイド、キートンと同じ頃に大活躍したコメディアンでした。”デブ君”の愛称の通り太っていることを売りにし、120キロの巨漢ながら走る跳ぶとんぼもきれるという逸材でした(ホンジャマカ石塚が爆転するようなイメージでしょうか)。チャップリンが映画デビュー直後からトレードマークにしていた例のだぶだぶのズボンは、もともとアーバックルから借りた衣装だったそうです。さらに、ボードビリアンとして活躍していたバスター・キートンを映画の世界に誘ったのもアーバックルでした。

キートンを弟分に従え、一時はチャップリンよりも人気があったといわれたアーバックルですが、その絶頂期にとんでもない事件を引き起こします。1921年9月3日、パラマウント社との契約記念の大パーティの最中に、女優ヴァージニア・ラップを部屋に連れ込み死亡させてしまったのです。その後の裁判で結局彼は無罪となりますが、アメリカ国民のアーバックルに対する反感は大変激しく、嵐のようなボイコット運動が巻き起こります。ローリング・トゥエンティーズ(狂乱の20年代)と言われた浮かれた世相の中、ハリウッドセレブたちの王侯貴族のような生活へのやっかみもあったと思われますが、ハリウッド側はこの事態に一種の自衛手段をとります。それがアメリカ映画製作配給業者協会(MPPDA)の設立。郵政長官だったウィル・ヘイズを会長に招き、映画界の倫理を自ら監視する団体を設立したのでした。ちなみに、こういう自主規制組織をつくるという動きは、1950年代の”赤狩り”の時にも行われていますが、ユダヤ人的な世論の攻撃をかわす知恵であったようです。

このMPPDA(通称へイズ・オフィス)は、カトリック教会の指導を受けていたため、非常に厳しい映画製作倫理規定(ヘイズ・コード)を適用します。最初に発表されたのは「キスシーンは、フィルムの長さ30センチ以内」というものだったそうですが、1950年代にかけて特に暴力やセックス、政治に関する映像に対して倫理規定をクリアすることが義務化されていたため、当時の監督たちは大変な苦労をして映画作りを行っていたわけです。一面ではその工夫が傑作を生んだということも言えると思いますが、例えば、ヒッチコック作品『フレンジー』などを見ると、ヘイズ・コードがなくなった後に描かれた殺人描写は、それまでのヒッチ作品とは大きく異なる映像となっており、やはり本当に撮りたい絵を封印して映画製作を続けていたのだろうなぁとその苦労がしのばれます。。

ともあれ、今回レイティングの対象になることで、ますます喫煙シーンは減っていくでしょうね。今後、40年代50年代の映画をリバイバルする時にR指定とかになってしまうのかなとちょっと心配になりましたが、下のYahooニュースの記事を見るとそのあたりは心配なさそうですね。


<関連リンク>
MPAA(全米映画協会)
Yahooニュース:米映画協会、ついに喫煙シーンをレイティングの対象に!

テーマ : ★映画ニュース★
ジャンル : 映画

#0018『カリガリ博士』ロベルト・ヴイーネ監督 1920年ドイツ

カリガリ博士

”DAS KABINETT DES DR. CALIGARI” にほんブログ村 映画ブログへ

ネタバレですよ

ハルシュテンヴァルの祝祭にカリガリ博士が現れ、夢遊病者チェザーレの見世物を始める。フランシスの友人アランは、未来を見通せるという眠り男チェザーレに自分の余命を尋ねた結果、予言どおり翌朝殺される。カリガリ博士とチェザーレの犯行とにらんだフランシスは彼らを監視するが、目を盗んで抜け出したチェザーレはフランシスの婚約者を殺害するため屋敷に忍び込んでいた。彼女の美しさから、殺さずに攫おうとしたチェザーレは追っ手に追い詰められて命を落とす。カリガリ博士も警察に追われ、逃げ込んだ先は精神病院であった。カリガリ博士の正体は。。。

やはり、真っ先に目を奪われるのは美術。文字通りムンクの絵の中にいるようですが、これぞドイツ表現主義の最高傑作。らしいです。(ちなみにオープニングとエンディングだけ通常の背景ですが、これはフリッツ・ラングのアドバイスによるものらしいです。)

この映画、ストーリーは支離滅裂なんですよね。なにゆえ、カリガリ博士ほどの人物が眠り男を使って見世物小屋なんぞやっているのかまずわからないし、そもそもチェザーレを使って何がしたいのかも不明。殺人動機もしかり。殺人事件そのものにいたっては、事の経緯をはっしょているのかつじつまが合ってないのか・・。にほんブログ村 映画ブログへ

そういうストーリーの異常性やヴェルナー・クラウスとコンラート・ファイトの名演技、それに例の背景美術など全部ひっくるめて狂人の妄想のイメージだったことをラストシーンで知るわけですが、この映画怖いですね。博士の逮捕・狂人の妄想という二重の解決を見ているにもかかわらず、なんとなくまだもぞもぞとした不安感が残ってるんですよね。それは、なぜかというとあの不気味な絵の中で蠢くコンラート・ファイトやヴェルナー・クラウスの姿が焼きついてしまったから。

表現主義とかなんとか詳しいことは知りません(鋭意勉強中)が、映画というものがシナリオや演技や美術(音楽も)などを駆使して恐れや不安などの目に見えない感情まで表現できる。それを他人に見せる(焼きつける)ことができるということを、これほど意図的にやってのけた映画はなかった。

この1時間あまりの映画から受け取る不安感は、同じ題材を扱ったとしても絵画や小説などの影響力をはるかに上回っているでしょう。公開当時のドイツの一般大衆が抱いていた世の中への不安と簡単にシンクロしたであろう事は容易に実感できます。この作品が怖いというより、映画というものが持っている影響力が怖い。ひょっとしてこの映画がなければ、ヒットラーも映画に注目することはなかった?

日本では翌年の1921年に公開され、谷崎潤一郎や、溝口健二や衣笠貞之助など日本の映画人にも大きな影響を与えたと言いますが、それも理解できます。。まあ、それだからこそ映画は面白いのであって興味も尽きないわけです。

金代的に体系化された映画作品ができた1915年からわずか四年後の1919年にこんな映画を作ったロベルト・ヴイーネ はすごい。世界全体が浮かれ始めていく頃にこういう映画を作ってしまうドイツ人ってもっとすごい。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:ロベルト・ヴイーネ
製作:エリッヒ・ポマー
脚本:ハンス・ヤノヴィッツ/カール・マイヤー
出演:コンラート・ファイト/ヴェルナー・クラウス
    リル・ダゴファー/フリードリッヒ・フェーヘル
    ハンス・ハインリッヒ・フォン・トワルドフスキー

<作品関連情報>
    ⇒IMDb(英語)

⇒その他のサイレント映画はこちらから

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

カリガリ博士
カリガリ博士ヴェルナー・クラウス コンラート・ファイト ロベルト・ヴィーネ

アイ・ヴィー・シー 2003-02-25
売り上げランキング : 17062
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


#0017『吸血鬼ノスフェラトゥ』F・W・ムルナウ監督 1922年ドイツ

ノスフェラトウ

”NOSFERATU: EINE SYMPHONIE DES GRAUENS” にほんブログ村 映画ブログへ

監督:F・W・ムルナウ
原作:ブラム・ストーカー
脚本:ヘンリック・ガレーン
撮影:ギュンター・クランフ/フリッツ・アルノ・ヴァグナー
出演:マックス・シュレック
   アレクサンダー・グラナック
   グスタフ・フォン・ワンゲンハイム
   グレタ・シュレーダー

<作品関連情報>
    ⇒IMDb(英語)

ヴァンパイア映画の本家本元。もっとも、後の『魔人ドラキュラ』('31)などと同じくブラム・ストーカーの原作ながら、正式な映画化権に基づく製作ではなかったため、登場人物の名前などが原作とは異なっているのだそうです。また、ブラム・ストーカー未亡人からは二度訴えられて二度とも敗訴。全てのフィルムの破棄を命じられたそうですが、幸いなことにヒット作として広く世間に流通していたため事なきを得たということでした。

ストーリーは、ブレーメンで不動産を商うハーカーが新しい屋敷を探すオルロック伯爵のもとに向かうところからはじまります。ハーカーの愛妻ニーナは鋭い直感で夫の危険を察知し、自らは精神のバランスを崩して夢遊病になりながらも、空間を越えてハーカーに警告を送ります。妻の助けもあってオルロック伯爵の正体を知るハーカーですが、オルロックはハーカーを城に閉じ込め、彼の持つ写真で見初めたニーナのいるブレーメンへと向かいます。

自らの棺桶を携えて旅を急ぐオルロックが通った後は文字通り死人の山。何も知らず棺桶を積み込んだ帆船デーメーテル号では、ペストと吸血によりあっという間に船員が全滅。最後に残った船長も瀕死の状態で港に到着します。

オルロックがブレーメンに上陸すると、たちまち疫病が蔓延し次々に住民が倒れていきます。街に災いを撒き散らしながら、オルロックはハーカー家の向かいの屋敷に陣取り夜な夜な窓辺に立ちニーナの様子を監視します。

そこに、やっとの思いで城を抜け出してきたハーカーが戻りニーナと再会。愛する夫が戻った歓びもつかの間、ニーナは彼が持ち帰ったドラキュラの書を読み、向かい家のオルロックの存在に気づきます。その書には、吸血鬼を倒すには清らかな魂を持つ女性が、自らの血を捧げて夜明けまで怪物を留め置くしか手段はないと記してあるのですが・・・。

1910年代~20年代のドイツ映画と言うと必ず”表現主義”という当時の芸術的志向の影響が述べられます。映像への影響と言う面から表現主義を語ると、”人間の内面の主にマイナス面の感情を外面に現れるものとして表現する”ということのようですが、その観点からすると『吸血鬼ノスフェラトゥ』のどのあたりに表現主義の影響が見て取れるのかあまり良く把握できませんでした。

実は、同時に、かの『カリガリ博士』も入手しておりまして、まだ通しては見ていないのですが、例の有名なセットなどはまさになるほどと表現主義の影響を納得できるのです。このあたりはもう少し勉強して再度鑑賞したいと思います。。

この作品でまず目につくのは、マックス・シュレックが演じるオルロック(ドラキュラ)伯爵の造形。ひょろりとした長身に長い手足。ギョロリと丸い目、とがった耳にスキンヘッド。枯れ枝のよう変形した指と爪。純粋なモンスターデザインとしてこの造形は実に素晴らしく不気味。恐らくは影の映り方まで計算されているでしょうねぇ。誕生して80年以上が経った今でも一度見たら忘れられないほどのインパクト。当時の人々の目にどれだけ衝撃的に映ったかは推して知るべし。

ただし、その造形の素晴らしさのわりに、吸血鬼自身が発する恐怖感はさほどは感じません。そのあたりは、後にベラ・ルゴシやクリストファー・リーが演じたドラキュラ伯爵の方が圧倒的に怖いと思いますね。

現在の目で見ると作品の作り自体もいかにも昔風で、パタパタと走る馬車や、自分の棺桶を抱えて屋敷に急ぐオルロックの姿などは逆にコメディチックにすら見えます。おそらく当時の観客の目から見ても、”恐怖におののく”という類の映画ではなかったのではないかと思います。

しかし、この映画は表面に現れている吸血鬼の恐怖の、一枚下あたりのところでなんともいえない不安感を感じさせる、実に”いやな”映画です。いやな感じの源は、一つには原因不明のうちに危機が蔓延し、事態が深刻になっていく、逃げ場もなく追い詰められていく一種の閉塞感。。。そして、もう一つは誰一人として危機の真相を知らない中で、唯一それに気づいてしまう若い夫婦の救いのない立場。。。

船員が皆殺しになったデーメーテル号においても、広がる疫病に大混乱となるブレーメンの町でも、惨禍の実態についてはまったく映像に描かれません。しかし、時々現れる、例えば、町の通りを棺桶が等間隔に並んで運ばれていく様子をニーナが部屋の窓から見かける映像などは、観客の想像力をギリギリと絞り上げるような怖さがあります。そして、要所で姿を見せるオルロックの不気味な姿。この吸血鬼の姿形は、それ自身で恐怖を感じさせるためのものではなくて、彼がひき起こす惨事の悲惨さを想像させるためのものといえるかもしれません。

おそらく、観客がみなそれぞれ想像しうる限りの惨事を思い描いたでしょう。船内でハンモックに眠る船員ののどに深夜忍び寄るオルロックの姿、ブレーメンの街で、父が死に、母が倒れ、残されて食べるものもなく、泣き続ける子どもたちにもペストの兆候が現れ・・・。全て想像であります。

やはり、今回も痛切に感じたのは、サイレント映画が、観客の想像力によって成り立つ映画である、ということでした。当時の表現技術の限界からすると、描こうとしても描けないものがたくさんあった。しかも映像だけで物語を観客に理解してもらうには、観客側の想像力の助けを借りざるを得なかった。その想像力をかきたてる技術が研ぎ澄まされたものがサイレント映画の傑作であるのです。

トーキーでも、観客の想像力を喚起することが不可欠であることは変わらないと思います。しかし、今の時代はあまりに技術が発達しすぎて(また倫理的もゆるくなりすぎて)、あらゆる物事を克明に語ることが容易になりすぎました。そのために行間(画間か?)で想像力を喚起することがかえって難しくなってしまったのかもしれません。

冒頭の、小さな花束を贈り贈られして無邪気に喜んでいる若い夫婦の映像と、ラストシーンがだぶって、夫婦の運命の悲しさも痛切ですねぇ。見事でした。★★★★☆

⇒その他のサイレント映画はこちらから

↓↓ブログランキングに参加しています。木戸銭がわりにワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

吸血鬼ノスフェラトゥ
吸血鬼ノスフェラトゥマックス・シュレック ブラム・ストーカー F.W.ムルナウ

アイ・ヴィー・シー 2004-09-24
売り上げランキング : 56119
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools



ブログパーツ

テーマ : ■■□ サイレント映画 □■■
ジャンル : 映画

#0016『あれ』クレアランス・バジャー監督 1927年アメリカ

あれ
”IT” にほんブログ村 映画ブログへ

監督:クレアランス・バジャー
原作:エリナー・グリン
脚本:ホープ・ローリング/ルイス・D・ライトン
撮影:キンレイ・マーティン
出演:クララ・ボウ/アントニオ・モレノ
   ウィリアム・オースティン/ゲイリー・クーパー
   プリシラ・ボーナー

<作品関連情報>
    ⇒あれ(1927) - goo 映画
    ⇒IMDb(英語)

アル中の父と精神を病む母の間に生まれたクララ・ボウは、悲惨な生活から這い上がるために女優を目指し紆余曲折の末にパラマウントの撮影所長シュルバーグの元でハリウッドの人気女優となります。1927年に作られた本作では、彼女の魅力が全開、20年代のセックス・シンボルとしてキャリアの頂点を迎えました。

「選ばれた人にだけ備わり、異性をひきつける魅力。肉体的な美しさも大切だが、内面からにじみ出る心の美しさも持っていなければいけない」。その性質をIT(原題)と称します。とは、原作者エリノア・グリーンによる定義。このエリノア・グリーンは『ブロンドと柩の謎』でご紹介した、インス変死事件の舞台、新聞王ハーストの豪華クルーザーオネイダ号に同乗していたあのエリノア・グリーンですね。奇遇だなぁ。

奇遇と言えば、この作品のもう一人の主人公アントニオ・モレノは、クララ・ボウをはじめグレタ・ガルボやポーラ・ネグりなどの女優と共演したラテン系の男優ですが、そのガルボとの競演は不評だったハリウッド第二作『明眸罪あり』。ガルボの生みの親スティルレル監督と対立し、それが原因となってスティルレルは降板してスウェーデンに帰り、その直後に急死します。その対立相手がこのアントニオ・モレノなんですね。これまた奇遇だなぁ。にほんブログ村 映画ブログへ


ずいぶん話が横に逸れてしまいましたが、初めて見たクララ・ボウの話。”セックス・シンボル”と散々紹介されているので、どれだけセクシーな女優だろうかと思っていたのです。ところがその実態は、実にあっけらかんとした健康的なかわいい女優さんでした。狂った母に殺されそうになったり、初めての映画の出演シーンを全部カットされたり、そういうつらい人生の影を微塵も感じさせない彼女は、まだこの時若干22歳です。

なぜセックス・シンボルと言われるようになったのかは、時代の違いですねぇ。まずシチュエーションが名門百貨店の若き二代目社長(アントニオ・モレノ)にアタックする(死語?)デパートガールのお話。この設定からしてかなり進んでいたらしい。そして彼女ベティ(クララ・ボウ)はディナーに来ていく洋服がないと、仕事着の襟元をはさみで大きく切ったりして、サービスショット(全然やらしくないんですよ)を交えて悪戦苦闘。遊園地でモレノともつれ合って遊ぶシーンや、大きな社長デスクの上に腹ばいになって、仕事中のモレノにちょっかいを出すシーンなどなど。そういうシーンがすべて、当時の人々にはとても刺激的だったようです。

結局、この作品は彼女のそういう”お色気”コメディの熱演が大好評を博し、”It Girl”と呼ばれて時代の先端を行く女性像となります。そして、同じ年に製作された『つばさ』は第一回アカデミー賞作品賞を受賞。にほんブログ村 映画ブログへ

しかし、27年の二作品ではつらつとしたかわいさを見せてくれるクララ・ボウですが、その出自の卑しさから当時のハリウッドではなかば”使い捨て”にちかい扱いだったとか。ヒット作に恵まれてからも安い週給でこき使われ、アカデミー作品賞の主演女優でありながら、パラマウントはトーキーへの過渡期にもなんの準備期間も彼女に与えませんでした。同じ状況で、M・G・Mのグレタ・ガルボは2年間のトーキー出演猶予期間を与えられ、苦手な英語を徹底的に鍛えて『アンナ・クリスティ』で大成功を収めます。1930年代になると、彼女を育てたシュルバーグの興味もマレーネ・ディートリッヒに移り、クララ・ボウは観るべき作品も残さずスクリーンから消えていくことになるんですね。

少女時代に狂った母を見ながら自分もいつかは同じように発狂するのではないかと恐怖したというクララですが、無残なことにその通り精神を病んで病院に収容され、60歳で孤独のうちに亡くなりました。

『あれ』のシーンより。悲しげな編集・・・

古い映画ばかりを見ていると、その後の俳優や監督たちがたどった運命がいやでも耳に入ってきます。一世を風靡しながら悲惨な末路をたどった俳優たちはたくさんいます。普段そんなことを考えながらも作品を楽しんでいるのですが、今回のクララ・ボウは映像に残っている彼女の姿があまりにも屈託なくて明るくて。元気でかわいい彼女の演技が冴え、ストーリーがハッピーに展開するほど、なんとも言えず胸を締め付けられるような気持ちになってしまいました。★★★★☆

【Technorati Tags】
              

↓↓最後まで読んでいただいてありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

あれあれ
クララ・ボウ

ビデオメーカー 1992-04-20
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ブログパーツ

テーマ : ■■□ サイレント映画 □■■
ジャンル : 映画

#0015『肉体と悪魔』クラレンス・ブラウン監督 1926年アメリカ

Fresh and the devil

”FLESH AND THE DEVIL” にほんブログ村 映画ブログへ

監督:クラレンス・ブラウン
原作:ヘルマン・ズーデルマン
脚本:ベンジャミン・F・グレイザー
撮影:ウィリアム・H・ダニエルズ
出演:グレタ・ガルボ
ジョン・ギルバート
ラルス・ハンソン
バーバラ・ケント
ウィリアム・オーランド

詳しい作品情報はこちら
    ⇒肉体と悪魔 - goo 映画
    ⇒肉体と悪魔@映画生活
    ⇒IMDb(英語)


ダンスパーティーの人ごみを縫ってフェリシタス(ガルボ)を探し求めるレオ(ジョン・ギルバート)。その視線の先に彼女が現れる。きれいに後ろに撫で付けた髪、ちょっと上目づかいの目元、笑みを湛えた口元。近寄るレオに微笑みかけ、ダンスに誘われると連れの女性たちに会釈し、ふと真剣な表情になって立ち上がり、彼に寄り添う。二人の唇が急接近し、このままキスしてしまうんじゃないかと思うくらい。ひとしきりダンスを楽しみ、涼を求めて庭に出て、闇の帳で語り合うふたり。

Who... are... you? どちら...のお方で...?
What does it matter? お気になさらないで...




I'm going to see you again ... often. これからは、頻繁にお会いしたいものです
... Perhaps... そうね




You are ... very beautiful. とても...お美しい
You are ... very young.  あなとも...とてもお若いわ

絡み合う二人の視線、フェリシタスが煙草を取り出して唇に挟み、彼を見つめながらその煙草を彼の唇に・・・。しばし、彼女を見つめマッチを取り出し火をつけるレオ。マッチの火に照らし出される二人の顔。火をつけようとして、彼女の視線に手を止める。そっと、その火を吹き消すフェリシタス。。。

You know ... when you blow out the match..... that's an invitation to kiss you...?

口移しの煙草の火は、くちづけを許していただいたと思って宜しいのですか?


いつも、貴重なコメントをくださるグリーンベイさんのお奨めでグレタ・ガルボの名作『肉体と悪魔』を鑑賞しました。フェリシタスとレオが道ならぬ恋に落ちるこのシーンは、溢れる情感が見事すぎて表現する言葉がありません。ので、スポークン・タイトルをそのまま記してみました。日本語訳も原文とは少し違うところがあるものの、見事な名訳です。にほんブログ村 映画ブログへ

大方ご存知の通り、グレタ・ガルボはスウェーデンでPR映画に出ていたところをスカウトされ商業映画に出演するようになり、モーリッツ・スティルレル監督に見込まれて、『マイ・フェアレディ』を地で行く教育を受け、M・G・Mのメイヤーと契約しハリウッドにやってきます。ハリウッドデビュー作の『イバニエズの激流』(’26)などを経て、ガルボ人気を不動のものとしたのがこの『肉体と悪魔』です。

ご紹介した煙草を口移しするシーンは、当時の観客たちに”魔性の女”を印象付けたと言います。さも、ありなん、ですね。今まで観た中では”サイレントの名花”と言われたリリアン・ギッシュ(1925年に同じくM・G・Mと契約)は同じ年に『ラ・ボエーム』や『真紅の文字』で名演技を披露し、20年代のセックス・シンボルと言われたクララ・ボウが『あれ』『つばさ』で大ブレイクしたのは翌年の1927年。どちらも素晴らしい魅力を持った女優です。また、この頃の作品を観たことはないのですが、グロリア・スワンソンがキャリアの絶頂期を迎えたのがこの年で、独立プロを設立してアカデミー賞候補となる作品を送り出します。しかし、今まで見てきた女優たちと比べても、グレタ・ガルボがこの作品で見せた複雑な悪女ぶりはまことに衝撃的。気高くて、上品で、情熱的で、ずるくて、はかなくて、切ない。全く新しい”女”を見せてくれたと言っても良いと思います。


・・・溜息・・・

とにかくガルボに圧倒されるこの作品ですが、この作品はけしてそれだけの映画ではなく、映像の面でもかなり工夫されていますね。今まで観てきた10年代~20年代のサイレント映画と比較すると、現代の映画により近い映像になっているのではないかと思いました。冒頭の二人のロマンチックなシーンの撮り方もそうですが、レオとフェリシタスの夫ラーデン伯爵との決闘シーンなども、介添人が持つ二丁の旧式拳銃のクローズアップから始まり、超ロングの映像を取り混ぜた緊迫感の表現と、どちらが勝ったか結果を見せずに次のシーンにつなぐ見せ方の巧みさが印象的でした。

翌1927年にはいよいよトーキーが世に現れますが、ついにサイレント映画もその究極の姿を見せてきました。いやー、映画って本当に素晴らしい。最近しみじみそう思うのであります。★★★★★


↓↓ブログランキングに参加しています。木戸銭がわりにワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ
肉体と悪魔
肉体と悪魔グレタ・ガルボ ジョン・ギルバート ラルス・ハンソン

アイ・ヴィー・シー 2002-03-25
売り上げランキング : 41004

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ブログパーツ 

テーマ : ■■□ サイレント映画 □■■
ジャンル : 映画

上映中止すべき??? 『バベル』問題続報

『バベル』を観て体調不良を訴えるトラブルは被害件数が拡大していますが、配給元のギャガ・コミュニケーションが、公式サイトに注意文を掲載しました。にほんブログ村 映画ブログへ

・・・・注意文全文(公式サイトより転載)・・・・・・・・

映画『バベル』をご覧になる皆様へ

映画『バベル』では、徹底的にリアリティと臨場感を追求する監督の意図により、本編中に刺激の強い演出効果が取り入れられております。
本作品は、既に世界40カ国で公開済みで、おかげさまで国内においても大好評をい ただいておりますが、既にご覧になられたお客様の一部の方々から、ご鑑賞中にご気分を悪くされたとのご 指摘をいただいております。
これから『バベル』をご鑑賞いただくお客様におかれましては、予めご了承いただきますようお願い申し上げます。

映画『バベル』配給元
株式会社ギャガ・コミュニケーションズ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ついに配給元も対策に動き出しましたが、脳機能学者の苫米地英人氏は、ブログ上で事の重大性と危険性を警告しています。
やはり、日本(語)ということと、日本の上映機材が関係しているようですが、再発性に関する言及が気になります。

映画「バベル」上映を中止すべきだ。

(ドクター苫米地ブログ - Dr. Hideto Tomabechi Official Weblog)


↓↓ブログランキングに参加しています。ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

テーマ : ★映画ニュース★
ジャンル : 映画

『バベル』上映で体調不良者7名(予告編に問題シーン少し)

AFP-BB News「映画『バベル』鑑賞で7人が体調不良を訴える - 東京」よりにほんブログ村 映画ブログへ

28日に公開されたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『バベル』で、体調不良を訴えた観客は7名になった模様です。菊池凛子がクラブで踊るシーンのライトの点滅が原因のようですね。公式サイトのTrailers→特報にそのシーンが少しだけ写っています。

問題の起きた映画館からの問い合わせに、配給元のギャガ・コミュニケーションズは「映画館に対応を任せる」としたそうで、映画館側では注意文章を観客に配布しているそうです。ギャガのサイトにはこの件についてなにもコメントされていないようですね(記事投稿時点)。

しかし、海外でこのようなトラブルは起こっていないようですが、映像音響装置の問題?それとも日本人の体質の問題?不思議な出来事です。

続報はこちら

<関連リンク>
ギャガ・コミュニケーションズ
『バベル』公式サイト

↓↓ブログランキングに参加しています。木戸銭がわりにワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

テーマ : ★映画ニュース★
ジャンル : 映画

#0014『市民ケーン』オーソン・ウェルズ監督 1941年アメリカ

Orson Welles

”CITIZEN KANE”にほんブログ村 映画ブログへ

監督・製作: オーソン・ウェルズ
脚本: ハーマン・J・マンキウィッツ/オーソン・ウェルズ
撮影: グレッグ・トーランド
編集: ロバート・ワイズ
音楽: バーナード・ハーマン
出演: オーソン・ウェルズ/ジョセフ・コットン/ドロシー・カミング
    エヴェレット・スローン/アグネス・ムーアヘッド

<作品関連情報>
    ⇒市民ケーン(1941) - goo 映画
    ⇒市民ケーン@映画生活
    ⇒IMDb(英語)

前回1920年代ハリウッドで起きた怪事件を描いた
『ブロンドと柩の謎』の感想をアップしましたが、その主役W.R.ハーストをモデルにした『市民ケーン』に関して、”オールド・ムービー・パラダイス!”から記事を転載しました。

米国を代表する新聞王チャールズ・フォスター・ケーンが”バラのつぼみ”というなぞの言葉を残して死亡する。彼の伝記フィルムを編集する記者トンプソンは、今際の言葉”バラのつぼみ”のなぞを求めて、ケーンゆかりの人たちを尋ねる。後見人サッチャー(故人の日記)、忠実な元マネジャーのバーンスタイン、後に犬猿の仲となった昔日の親友リーランド、晩年の執事レイモンド、そして元愛人のスーザン。5人が語るケーンの真実とは、この世のすべてを手に入れたように見えて実は何一つ大切なものを守ることが出来なかった孤独な帝王の姿だった。そして、ラストシーンで明かされる”バラのつぼみ”の真実とは・・・。にほんブログ村 映画ブログへ

よく言われる”パンフォーカス”の絶技や光と影の美しさ、激しい仰角のアプローチなどなど技術的秀逸の極み。すでにこの映画を見た事のある人にとってはいまさらヨタ解説を聞く必要もないでしょう。未見の人はとにかく一度ご覧あれ。”一見の価値あり”とその一言のみ申しあげるにとどめさせていただきます。

今回注目したのは映画本体のことではなく、モデルとなった実在の悪名高き新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハースト。前回感想をアップした『ブロンドと柩の謎』では、エドワード・ハーマンが演じていました。

米国人で知らぬものはないといわれる新聞王ハーストは1863年の生まれ。映画でも「借金のカタに安く買い取った鉱山」とあるように、父親が安値で買った鉱山から4億ドルに上る銀が採れたため一夜にして大金持ちになりました。映画での父親は取るに足りない小物のように描かれていますが、実際はかなりの大物でカリフォルニアの上院議員にもなった人物でした。

当時の4億ドルといえば、単純な円換算で約1500億円。当時の貨幣価値がどのくらいか良く知りませんが、かなり控えめに1000分の一くらいとしても150兆円・・・。ちなみに現在世界一の金持ちは言わずと知れたマイクロソフトのビル・ゲイツで、その資産額は約500億ドルといいますから、ざっと6兆円弱。とにかく想像を絶する超ド級の金持ちだったことはまちがいありません。にほんブログ村 映画ブログへ

1887年24歳の時に、父がこれまた借金のカタに取り上げた新聞社”サンフランシスコ・エグザミナー”の経営を引き継いぎます。サンフランシスコ・エグザミナー誌には「悪魔の辞典」のアンブローズ・ピアスやマーク・トェイン、「野生の呼び声」のジャック・ロンドンなどが執筆陣に加わっていました。映画に登場した”クロニクル”から引き抜いた「最高の執筆陣」のモデルになっているかもしれませんね。ともあれ、これを皮切りに全米のメディアを買いあさり、42の日刊紙と13の雑誌8つの放送局を持つにいたって、ハーストはアメリカの世論を左右する存在となりました

中でも、1895年32歳でニューヨークの「ニューヨーク・モーニング・ジャーナル」誌を買収したときには、ライバルの「ニューヨーク・ワールド」誌との熾烈な発行部数争いを展開。ニューヨーク・ワールド誌のオーナーは、後にピューリッツァ賞を創設したジョーゼフ・ピューリッツァ(正真正銘のメディア王ピューリッツァもこのときにはかなりあくどい記事を載せたようです)。ハーストはワールド誌を出し抜くために、憶測記事などは日常茶飯事、完全な記事捏造もあたりまえの煽情的な報道(イエロー・ジャーナリズム)を繰り返し、米西戦争の勃発(映画でも「ケーンは国を戦争に導いた」言われている)やマッキンリー大統領暗殺などの原因をつくったといわれています。

こうして、全米で泣く子も黙るイエロー・ジャーナリズムの魔王にのし上がったハーストは、彼に対するすべての攻撃を金とメディアの力でねじ伏せて天下無敵。その絶頂期、54歳のときにジークフリート・フォーリーズの一員マリオン・デイヴィスと恋に落ちます。映画でケーンの死の原因となった愛人スーザンのモデルはこのマリオン・デイヴィスでした。ケーンは”自分がばか者に見られるわけには行かない”という理由で、才能のないスーザンを強引にオペラの舞台に立たせます。観客や評論家に嘲笑されながら歌い続けねばならないスーザンは思い余って睡眠薬自殺を図りますが未遂。ベッドでケーンと話す彼女の表情はちょっと怖くなるほどのすさまじさでした。にほんブログ村 映画ブログへ

『ブロンドと柩の謎』の感想でも書きましたが、実際のマリオン・デイヴィスはオペラ歌手ではなく。映画女優として1917年(ハーストがマリオンに一目ぼれした年)から37年までの20年の間に45本の映画に主演します。彼女の為だけに作られた映画会社「コスモポリタン・プロダクション」に、キング・ヴィダーやラオール・ウォルシュなどの著名な監督も招いて次々と作品を制作し、全米のハースト配下のマスコミを使ってマリオンを絶賛します。しかし、45本の主演作は見事にすべて赤字。文献を見る限り、マリオンが自殺を図ることはもちろんノイローゼにすらなった気配はありませんので、彼女はスーザンをはるかに上回るしたたかな女であったようです。

市民ケーン」の脚本を書いたマンキウィッツはマリオン・デイヴィスと知り合いであったらしく、ハーストには極秘で製作されていた「市民ケーン」はこのルートからハーストの耳に入ることになります。ちなみに、ケーンが残したなぞの言葉”バラのつぼみ”は、ハーストが飼っていた犬の名前だという説が一般的ですが、一説にはかわいいマリオンの”なに”をハーストが愛を込めて「バラのつぼみ」と呼んでいたといわれています。もしそれが本当なら、大々的に「バラのつぼみ」がフィーチャーされている「市民ケーン」にハーストは腰を抜かすほど驚いたと思われます。

「市民ケーン」が製作された1941年当時は、大恐慌を経てハーストの力も衰えていた時期ではあるものの、当時若干25歳だったウェルズが面と向かってハーストを題材にした映画を撮ったことには驚かされます。子供のころから法螺とはったりでのし上がってきたウェルズが自身の創設による「マーキュリー劇団」を世に知らしめるための乾坤一擲の大勝負だったのでしょうか。にほんブログ村 映画ブログへ

案の定「市民ケーン」はハースト帝国から大々的な攻撃を受けます。しかし、驚くべきことにウェルズは、ハーストの剣幕に腰の引けた製作会社RKOを訴訟までちらつかせて動かし、ついに上映までこぎつけます。ケーンとスーザンの描写が実際のハースト&マリオンと比べるとずいぶん人間的で悩める部分が強調されていると感じたのですが、これも最終的にハーストに上映を承知(黙認?)させるためのウェルズの計算であったのではないかなどと思ったりしてみます。

こうして上映された「市民ケーン」ですが、ハーストからの攻撃によって受けた傷は深く、結果は赤字。ウェルズもこの後映画制作に関する十分な影響力を発揮することはできず、どちらかというとアクの強さとトリッキーな行動が特徴の一種のイロ物として扱われるようになりました。

「市民ケーン」の映画作品としてのすばらしさが認識されるのは1951年のハーストの死後から。フランスにおける映画再評価の動きを待たなければなりませんでした。

ちなみに、ハーストとマリオンのスキャンダルにはまだまだ面白い話がある(『ブロンドと柩の謎』記事参照)のですが、興味のある方はケネス・アンガーというアングラ監督が書いた「ハリウッド・バビロン」という本をどうぞ。古本でしか買えませんが、古書は結構出回っているようです。★★★★★

↓↓ブログランキングに参加しています。木戸銭がわりにワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

市民ケーン市民ケーン
オーソン・ウェルズ アグネス・ムーアヘッド ドロシー・カミンゴア

ファーストトレーディング 2006-12-14
売り上げランキング : 5884
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ブログパーツ

テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

#0013『ブロンドと柩の謎』ピーター・ボグダノヴィッチ監督 2001年アメリカ

ブロンドと柩の謎

”THE CAT'S MEOW” にほんブログ村 映画ブログへ

監督:ピーター・ボグダノヴィッチ
製作:ジュリー・ベインズ/キム・ビーバー/キャロル・ルイス/ディーター・メイヤー
共同製作:アーニー・バーバラッシュ
製作総指揮:マイケル・パセオネック/ヴィーラント・シュルツ=カイル
原作・脚本:ステーヴン・ペロス
撮影:ブリュノ・デルボネル
編集:エドワード・G・ノリス
音楽:イアン・ウィットコム
出演:キルステン・ダンスト/エドワード・ハーマン/エディ・イザード
   ケイリー・エルウィズ/ジョアンナ・ラムレイ/ジェニファー・ティリー
   クローディア・ハリソン/ロナン・ヴィバート/ヴィクター・スレザック
   ジェームズ・ローレンソン/クローディー・ブレイクリー/リシャール・ボーランジェ

<作品関連情報>
    ⇒ブロンドと柩の謎(2001) - goo 映画
    ⇒ブロンドと柩の謎@映画生活
    ⇒IMDb(英語)
    ⇒公式サイト(写真などはこちら)


ややネタバレ

最近声の出る映画を見ていない・・・。サイレント映画は想像をはるかに超えて面白く、まだまだ観たい作品がたくさんあるのですが、久しぶりに役者がしゃべる映画を見たくなりました。ストックに何があるかを探ってみると・・こういう面白そうな作品が出てきました。サイレント映画全盛の1924年に当時の大監督トーマス・インスが怪死した事件の真相をボグダノヴィッチ監督が描く異色作。にほんブログ村 映画ブログへ

1924年11月、新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハースト( エドワード・ハーマン)の豪華クルーザーオネイダ号上で、トーマス・インス監督( ケイリー・エルウィズ)の42歳の誕生日を祝うパーティーが行われます。搭乗したのはハーストとその愛人マリオン・デイヴィス(キルステン・ダンスト)、マリオンとの噂が絶えないチャールズ・チャップリン(エディ・イザード)、クララ・ボウ主演『あれ』の原作者エリノア・グリーン( ジョアンナ・ラムレイ)、女優のマーガレット・リヴィングストン( クローディア・ハリソン)、ハースト系新聞お抱えコラムニストとして絶大な影響力を持っていたルエラ・パーソンズ( ジェニファー・ティリー)などなど。

延々と続く乱痴気騒ぎの果てに、船上でインスは急死。公式発表は急性消化不良から起きた心臓発作。しかし、その直後から真相についてさまざまな憶測が飛び交います。この映画では、マリオンと二人きりで話し込んでいたインスを、かねてから関係を疑っていたチャップリンと間違えてハーストが射殺したというストーリー。

トーマス・インス(1882-1924)という人は、ハリウッド創世期に細部にこだわった西部劇で"西部劇の父”と呼ばれ、大監督になります。日本人ハリウッド俳優早川雪州を発掘したことでも有名。早くから監督を人に任せてプロデューサーにつく方法で映画を量産しますが、ヒット作にはちゃっかり自分の名前を監督にクレジットする小ずるいところがありました。映画の中で「インスなら同時に10本の映画を撮れる」と言う会話にハーストが「奴はその全部に自分の名前を入れるぞ!」と突っ込んでいます。また、彼の豪邸の客室すべてにのぞき穴があり、週末の度に宿泊客の媚態を覗き見て楽しんでいたという話もあり、かなり屈折した人間であったようです。にほんブログ村 映画ブログへ

方や、真犯人と噂されたハーストは悪名高い新聞王で、言わずと知れた『市民ケーン』('41 オーソン・ウェルズ監督)のモデル。全盛期はアメリカのメディアを牛耳り、捏造記事などは日常茶飯事。『市民ケーン』でも描かれていたように、愛人マリオン・デイヴィス一人のためにコスモポリタン映画社をつくり、45本のマリオン主演作品を制作。すべて赤字の駄作であったにもかかわらず、系列の新聞で連日褒めちぎると言うこちらも常識規格外の奇人。『市民ケーン』では、ハーストの愛人は出る映画出る映画すべてライバル誌に酷評され、ついに睡眠薬自殺を図りますが、実際のマリオンはそのような葛藤もなく1937年まで映画出演を続けました。ちなみに、ハーストを馬鹿にしているともとれる『市民ケーン』の公開に対して強力に圧力をかけたのは、上記コラムニストのルエラ・パーソンズですが、この映画の中では、ハーストのインス射殺を目撃したルエラが沈黙の代償としてハースト系新聞社との永久契約を勝ち取ります。さもあり何のエピソードに妙に納得。

マリオンと仲を疑われるもう一人の中心人物チャップリンは、女難と言うかなんというか16歳の少女を妊娠させること二回(映画の中でもリタ・グレイの話題が再々出てきます)。その私生活は善悪様々な女性に彩られたこれまたツワモノでありました。

結局、この事件は現在でも真相が明らかになっていませんが、上記のように当時のハリウッドでも飛びきりの奇人変人の人間関係の中で起きた怪事件。裏側にはうかがい知れないドロドロしたものがまだまだタップリあったことは間違いなし。映画の題材としても極めて面白いのですが・・・・。

はっきり言いますと、作品としては面白くありません。あくの強い登場人物を演じるには俳優人がこじんまりしすぎですね。ハーストを演じるエドワード・ハーマンが単なる人の良い老人にしか見えないことや、エディ・イザードがあまりにもチャップリンのイメージから遠いのが痛い。インスもこれじゃそこいらのあんちゃんにしか見えません。中盤までのだらだらとした乱痴気模様の描写と事件に至る経緯の単純さももう少し工夫が欲しいなぁ。奇人変人による怪事件を描くには、そういうことを含めてあっさりしすぎ。工夫がなさすぎ。ということで残念★★☆☆☆にほんブログ村 映画ブログへ

星は二つになってしまいましたが、1920年代のハリウッドをのぞき見るノゾキ穴・・という意味では興味深い小ネタがたくさんで楽しめる作品です。この映画の前年に公開された『巴里の女性』の話題もたびたび登場し、「あなたが出ないあなたの映画なんか誰が見るの?」という問いに「誰も見ないだろうな」とチャップリンが答えているのがおかしい。そしてこの事件の翌年にはあの『黄金狂時代』が製作されますが、チャップリンが暇さえあれば船上で山小屋シーンのギャグを考えているのも妙に納得してしまいました。

カリフォルニアの呪い

ハリウッドに一歩足を踏み入れた瞬間にあなたを襲う病
ハリウッドは魔法使いのように人の人格を変え、あなたは旅の目的も忘れ、大きな信念さえ失くしてしまう
自覚症状は・・・
・どこに行っても自分が一番偉いと思っている
・お金こそが最高の権力だと信じている
・いつの間にかモラルを失っている

ということだそうです。



↓↓ブログランキングに参加しています。木戸銭がわりにワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

ブロンドと棺の謎ブロンドと棺の謎
キルスティン・ダンスト ピーター・ボグダノヴィッチ エディ・イザード

ビデオメーカー 2003-12-19
売り上げランキング : 91691
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ブログパーツ

テーマ : DVDで見た映画
ジャンル : 映画

★引っ越しました!★
お越しいただいた皆様、ありがとうございます。 新しくシネマぞろ★を始めました。下のリンクよりぜひお立ち寄り下さい!
場内ご案内
はじめてご来場のお客様は
こちらから
上映作品を探す

【上映作品INDEX】
⇒タイトル別/あ行-さ行
⇒タイトル別/た行-わ行
⇒製作年別/1910年代-1940年代
⇒製作年別/1950年代-2000年代
⇒ファーストインプレッションリスト
【特集INDEX】
⇒サイレント映画特集
⇒ヒッチコック特集
⇒フィルム・ノワール特集
【500円DVD INDEX】
⇒500円DVDリスト(07/12/09更新)
 全358タイトル

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

ブログ内検索
カスタム検索
最近の記事を読む
コメント御礼!
トラックバック感謝!
上映作品ランキング


ご来場感謝!!
Google
月別アーカイブ
リンク
プロフィール

文芸座館主

Author:文芸座館主

Blogranking.net

RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

お気に入り!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。