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#0080『ナイロビの蜂』 フェルナンド・メイレレス監督 2005年イギリス 

ナイロビの蜂
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監督:フェルナンド・メイレレス
製作:サイモン・チャニング・ウィリアムズ
製作総指揮:ジェフ・アッバリー/ジュリア・ブラックマン/ゲイル・イーガン
    ロバート・ジョーンズ/ドナルド・ランヴォ
原作:ジョン・ル・カレ
脚本:ジェフリー・ケイン
撮影:セザール・シャローン
プロダクションデザイン:マーク・ティルデスリー
衣装デザイン:オディール・ディックス=ミロー
編集:クレア・シンプソン
音楽:アルベルト・イグレシアス
出演:レイフ・ファインズ/レイチェル・ワイズ
    ユベール・クンデ/ダニー・ヒューストン
    ビル・ナイ/ピート・ポスルスウェイト
    ジェラルド・マクソーリー/ジュリエット・オーブリー
    リチャード・マッケーブ/アーチー・パンジャビ

ネットの予告編で見かけたレイチェル・ワイズの可憐な笑顔がくっきりと記憶に残っていて、てっきりメロドラマだと思っていたが、実はジョン・ル・カレ原作による立派な社会派サスペンス作品であった。

そのレイチェル・ワイズが演じるテッサは、正義漢が強く無鉄砲なところがある活動家で、大使の代理で講演にきたイギリス外務省のジャスティン(レイフ・ファインズ)の講演内容に噛み付いたことが縁で、彼と結婚することになる。

テッサは、大手製薬会社がアフリカで不正な新薬実験を行っていることを嗅ぎ付け、真相を究明しようと活動する。事なかれ主義でガーデニングだけが趣味の夫を愛し、妊娠しながらも精力的に活動を続けるテッサの姿はたくましく、レイチェル・ワイズの好演が印象的。彼女この作品でアカデミー助演女優賞を獲得した。テッサは冒頭すぐ殺されてしまっているために、フラッシュバックの回想シーンで彼女の活動が描かれ、その魅力に惹かれるほどに”ああ、でももう死んでしまってるんだよな”という寂しさに何度も浸ることになる。

事なかれの彼がやる気を出してからの展開は、登場人物も一気に増えて舞台も転々とするため複雑になる。少々中弛み感があるのが気になるが、それでも巨悪を暴くサスペンスフルな展開は楽しむことができる。また、ジャスティンは生前のテッサの言動に自分に対する裏切りを感じていたのだが、死んだ彼女の足跡を追ううちに、テッサが彼のことをどれだけ深く愛していたかを再発見する。この二重の意味を持つシナリオが素晴らしかった。

映像面では、舞台となるケニアの赤っぽい町の風景が、見慣れた都会とは全く異なる色彩でざわついた感じがする。ハンディを多用するカメラワークはドキュメンタリー調で力強く、見終わった後も鮮明な印象が残る。

ラストシーンで、ジャスティンを追いかけてくるのが、テッサが必死で救おうとしていた黒人たちだったりして、”ああ、人間ってむなしいなぁ”などとため息をついてしまった。なかなかの作品だった。★★★★☆

『ナイロビの蜂』公式サイトはこちら

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ナイロビの蜂 ナイロビの蜂
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#0079『ハードエイト』ポール・トーマス・アンダーソン監督 1996年アメリカ

ハード・エイト

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監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
製作:ロバート・ジョーンズ/ジョン・ライオンズ
製作総指揮:フランソワ・デュプラ/キース・サンプルズ
撮影:ロバート・エルスウィット
音楽ジョン・ブライオン/マイケル・ペン
出演:フィリップ・ベイカー・ホール/ジョン・C・ライリー
    グウィネス・パルトロー/サミュエル・L・ジャクソン
    フィリップ・シーモア・ホフマン/メローラ・ウォルターズ
    F・ウィリアム・パーカー/ナサナエル・クーパー
    ウィン・ホワイト

1997年『ブギーナイツ』 アカデミー脚本賞ノミネート
1999年『マグノリア』 ベルリン国際映画祭金熊賞 
2002年『パンチドランク・ラブ』(カンヌ映画祭監督賞受賞、パルムドールノミネート)
と、着々と名作をものしている、P.T.アンダーソン監督のデビュー作はこの『ハードエイト』。最近あまり名前を聞かないがどうしているかと調べてみると、『パンチドランク・ラブ』のあとテレビとビデオで一本ずつ作ったのみでしたが、新作『There Will Be Blood』が完成したとのことですね。米国公開は今年の11月だそうです。

さて、この作品、フィリップ・ベイカー・ホール演じる謎の老ギャンブラーと彼に救われる一組の男女ジョン・C・ライリー、グイネス・パルトロウ)、怪しげなチンピラ(サミュエル・L・ジャクソン)の4人の物語。

母親の葬儀代を稼ぐためにラスベガスにやってきたジョン(ジョン・C・ライリー)は、有り金総てを失ってカフェの前にうずくまっているところを老ギャンブラー・シドニー(フィリップ・ベイカー・ホール)に拾われる。

ちなみに、冒頭このカフェのシーンから映画は始まるが、カフェの正面が映ると、まず画面上部の黄色い看板に目がいく。左から画面いっぱいの長さの大型トラックが画面を横切って、トラックのコンテナの高さに目線が移る。そして、コンテナが画面右に通り過ぎていくと、その目線の高さに入り口横でうずくまるジョンが見える。ほぼ同時に手前から近づいていくシドニーの下半身の映像が映し出される。実ははじめからジョンは入り口横にうずくまっているのだが、巧く目線をそらせるのでトラックが通り過ぎたときに、どこからともなくジョンが現れ出てきたように見える。腕のいいマジシャンにスパッと決められたような感じで、ワンカットで映されるこのシドニーとジョンの出会いのシーンはかなり気に入っている。

なぜか親切にジョンの世話をするシドニーは、彼にギャンブルを教え込む。二年後、一人前のギャンブラーに成長したジョン。彼は宿泊しているホテルのウェイトレス・クレメンタイン(パルトロウ)と親しくなるが、じきに彼らは深刻なトラブルに見舞われ、再びシドニーに救われる。ジョンに我が子同然の愛情を注ぐシドニーだが、それには人に言えない理由があった。カジノで警備員を務めていたジミー(サミュエル・L・ジャクソン)がその秘密をかぎつけるのだが。。。

シドニー役のフィリップ・ベイカー・ホールが圧倒的な存在感。ほとんど映画の始まりから最後まで、彼の演技だけに注目していたと言っても良いくらい。かなり多作の脇役俳優でP.T.アンダーソン作品では常連らしい。皺の深く刻み込まれた顔といい低い声といい、実に渋い。渋すぎる。いつもきちんとスーツを着た老ギャンブラーはまさにはまり役で、下ネタすら嫌う潔癖さと、若者の挑発に乗ってクラップス(サイコロ賭博)の一振りに2000ドルをかける激しさが同居する、筋目の正しい老人役を好演している。

親身になって世話をするジョンとの関係が危うくなったときにシドニーが見せる激しさとそれまでの彼の姿とのギャップに驚かされた。正直なところ、シドニーとジョンの関係はどこに落ち着くのか、というよりも映画としてどこに落ち着かせようがあるのか途中でちょっと不安になったのだが、観客が予想もしないほどのインパクトで一気に片をつけてしまった感じ。決して悪くない。26歳のデビュー作としては十分すぎるほどのクオリティだと思う。

その他映像面で気がついたのは、アンダーソン監督、カフェのテーブル上の様子にずいぶん気を使っているらしいということ。シドニーとジョンが出会うカフェのテーブル上は二人が去った後、コーヒーカップとかフォークなどがきれいにシンメトリー(左右対称)に置かれている。しばらくこのショットを映しているので、ちょっとアピールしたいらしい。シドニーとクレメンタインが話をするテーブル上は、食べかけのピザやコーヒー、灰皿などをできるだけリアルに見せようとしており、こちらはひとつひとつのクローズアップが入る。こういう細部にこだわる監督は、映画全体も緻密に丁寧に作りそうでとても好感が持てる。アンダーソン監督のその他の作品もぜひ観てみたい。★★★★☆

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#0078『ノー・マンズ・ランド』ダニス・タノヴィッチ監督 2001年フランス他

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#0077『ルナ・パパ』バフティヤル・フドイナザーロフ監督 1999年 ドイツ・オーストリア・日本 

ルナパパ
”LUNA PAPA”

監督:バフティヤル・フドイナザーロフ
原作:イラクリ・クヴィリカーゼ
脚本:イラクリ・クヴィリカーゼ
編集:ネグマト・ジュラエフ
音楽:ダーレル・ナザーロフ
出演:チュルパン・ハマートヴァ
    モーリッツ・ブライブトロイ
    アト・ムハメドシャノフ

結構ネタばれ。ストーリーが気になる人は読まないほうがいいかもしれません。

舞台はタジキスタンの湖畔の村。今までタジキスタンが舞台という映画は見たことがないが、この作品の村は美術的にかなり”作って”ある感じ。微妙に現実感がないと思っていたら、案の定この村はすべてセットで、監督はこの作品をファンタジーとして作ったと言っているそうだ。

主役は17歳の女の子マムラカット(チュルパン・ハマートヴァ)。頑固で喧嘩っ早い父親と、地雷を踏んで頭がおかしくなった兄(モーリッツ・ブライブトロイ)との三人家族。

物語は、マムラカットが27歳役者ということ以外誰ともわからない男の子供を妊娠してしまうことから起きる騒動であるが、登場人物がどいつもこいつもやることなすこといちいちおかしい。

大体、マムラカットが妊娠するのは芝居を見に行った帰り道、月のきれいな夜に背後から声をかけられ、そのはずみに崖から滑り落ちながら合体。妊娠に気付くのは、収穫祭の舞台でスイカの衣装を着てダンスを踊っている最中だ。中絶手術に向かった医者はドアを開けると腕立て伏せをしているし、彼女を診察台に(足を置くところに腕を乗せてバンザイしている)待たせてソーダ水を買いに行った屋台でたまたまはじまったゲリラ同士の抗争に巻き込まれて流れ弾に当たって死んでしまう。

かくして中絶もできなくなったマムラカットは、ついに父親に妊娠を告白するが、父親の両手両足を椅子に縛り付けてから告白したにもかかわらず、父サファールは怒り狂い、縛られた椅子ごと、町中の人間をなぎ倒しながら娘を追う。

田舎の村のこと、父なし子を身ごもったとあっては町の人間にもご先祖様にも顔向けができない。三人は、父親を探して劇場という劇場に乗り込んで役者をさらってきては「こいつか?こいつか?」と探し回るが結局見つからない。

起きていること自体は結構シビアだ。強姦されて堕胎もできず、閉鎖的な社会で村人からは淫売呼ばわりされながら父親を探し回るが、それでも父親は見つからない。頑固な父もついに万策つき、マムラカットはいたたまれず呪術師のところに行き流産しようとしたり、汽車に飛び込んで死のうとしたりする。

しかし、こんなストーリーにも関わらず、へんてこなアクションがそこかしこに巻き散らかされているため、観ているこちらはシリアスな心持になったそばから笑わされてしまい結構忙しい。しかも、シリアスさとおかしさの振れ幅はどんどん大きくなっていく。紆余曲折を経てマムラカットの結婚式でハッピーエンドと思っていると、とんでもないものが空から降ってきて一気に不幸のどん底に。もうさすがにこれは笑えないだろうと思っているとありえないラストシーンでどんでん返しとなる。

確かに、これはファンタジーだ。そのつもりで見ると結構面白い。でないと、ラストシーンに疑問符がたくさんついてしまうかもしれない。ちょっと眉間にしわを寄せたチュルパン・ハマートヴァの表情は★ひとつUPの価値あり。★★★★☆

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#0076『橋の上の娘』パトリス・ルコント監督 1999年フランス

橋の上の娘
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監督:パトリス・ルコント
製作:クリスチャン・フェシュネール
製作総指揮:エルヴェ・トリュフォー
脚本:セルジュ・フリードマン
撮影:ジャン=マリー・ドルージュ
編集:ジョエル・アッシュ
出演:ヴァネッサ・パラディ/ダニエル・オートゥイユ
   ニコラ・ドナト/イザベル・プティ=ジャック
   ナターシャ・ソリニャック/イザベル・スパッド

フランス映画の歴史には、当然喜劇の歴史も脈々と流れており、フランス人はドタバタ喜劇が結構すきなのだそうな。当代にその流れを受け継ぐ名監督の一人がこのパトリス・ルコント。この作品は喜劇ではないが、ルコントの語り口にはやはり一種独特のおかしさがある。

すぐ男に惚れるけれどもいつも捨てられてしまうアデルに、ヴァネッサ・パラディ。橋の上から身投げしようとしていた彼女をたまたま助ける通りすがりのナイフ投げ芸人ガボールにダニエル・オートゥイユ。彼のほうも人生まったくついてない。

人生に疲れて、なんの夢も希望もない二人。ゼロとゼロは足してもゼロさ・・と思いきや、ナイフ投げとその”的”として行動しはじめたとたん万事のぼり調子となる。一人ではダメでも二人で支えあえばなんとかなるとばかりに、ナイフ投げ興行も賭け事も絶好調。しかし、ナイフを投げる度にちょっとだけかすったり、少しづつうまくいかないところが変に押さえが利いていて笑える。

ストレートに愛を語る以上に鮮やかな恋愛映画。物語の中ではキスもしない二人だが、ナイフ投げこそが二人だけの愛の行為。鉄道の廃トンネルでナイフを投げるシーンはすばらしく官能的でため息もの。真剣なまなざしでナイフを投げるオートゥイユと一本刺さるたびに身もだえるパラディ、映画における最高のラブシーンのひとつであると勝手に認定した。

主演二人の魅力にあふれる作品だが、特にドロップアウトすれすれのガボールの風情が良い。落ちぶれているのに、ちょっと粋で哲学的で。こういうキャラはやはりフランス人に限る。アメリカ人だと現実的過ぎるし、日本人ではウェットすぎる。

最近、アメリカ映画も素晴らしいストーリーのものが多いが、やはりフランス映画は一味違っておもしろい。満足でした。★★★★☆

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橋の上の娘 橋の上の娘
ヴァネッサ・パラディ、ダニエル・オートゥイユ 他 (2004/09/10)
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#0075『非情の罠』スタンリー・キューブリック監督 1955年アメリカ

非情の罠
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監督:スタンリー・キューブリック
製作:モリス・ブーゼル
脚本:スタンリー・キューブリック/ハワード・O・サックラークレジットなし)
撮影:スタンリー・キューブリック
編集:スタンリー・キューブリック
音楽:ジェラルド・フリード
録音:スタンリー・キューブリック
出演:フランク・シルヴェラ/ジャミー・スミス
   アイリーン・ケイン/ジェリー・ジャレット
   ルース・ソボトゥカ

詳しい作品情報はこちら
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレですよ

実に不勉強にして、スタンリー・キューブリックが1950年代にこういうノワール作品を作っていたことを知りませんでした。alllcinemaによると、キューブリックの長編作品第二弾で商業映画ではデビュー作にあたるとか。27歳で撮った作品です。

ストーリーは、アパートの窓越しにすむ下り坂のボクサーと場末の劇場の踊り子のサスペンスがらみの恋愛劇。いくつかのレビューで述べられている通り取り立ててどうということもない脚本に思えます。クライマックスのマネキン工場での格闘シーンも、実に粘っこく丁寧に描いているがそれもそこそこと言う感じ。

キューブリックの作品の主だったものは観ていますが、一番好きなのは、画面から異常性を感じることでしょうか。異常な行動、異常な心理、異常なシチュエーション、そういったものが映像からにじみ出てくるようなところがお気に入りです。

この作品の前半部分は、あまりにも平凡に見えて「ふーん、キューブリックも若い頃はごく普通だったのね」と思っていました。まじかに向かい合ったアパートの窓を通して男の様子と向こうの部屋の女の様子を同時に見せたりするあたりちょっとおもしろいかなと思えた程度。

しかし、後半女が姉の思い出を語る、バレリーナをバックにした回想シーンあたりから、急に映像は凝り始めます。劇場の市松模様の階段を女が上っていくシーンや、男と間違えられたボクシングマネジャーが路地に追い詰められる場面の路地と影の怖さ、道端でおどけるトルコ人の二人組みの違和感、隣の部屋をうかがう男の手の影がブラインドに映る不気味さ、ビルの屋上のチェイスシーン、それに極めつけは冒頭写真にもある物陰に隠れて様子を伺う男の頭上にぶら下がるマネキンの手首。観る側の感性にビンビン響いてくるような凝った映像が繰り出されてきます。しかも、どれも他のノワール作品にはないようなちょっと狂った感覚。これぞ、キューブリック。キューブリックは20代の頃からすでにキューブリックであったか。

何気ない映像にもなにか引っかかるものがあるなと思ってよく観てみると、最後の駅のシーンでストーリーに全然関係のないエキストラが主人公を凝視していたりして、こういうものもサブリミナル効果よろしく観る側に異常な雰囲気を感じ取らせるのかなとも思いましたが、考えすぎでしょうか。

絶品!とは言えませんが、後のキューブリックの名作にも思いをはせながら観ると実に興味深く楽しめる作品であることは間違いないと思います。★★★★☆

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#0074『キャラバン』エリック・ヴァリ監督 2000年フランス他

キャラバン
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監督:エリック・ヴァリ
製作:クリストフ・バラティエ/ジャック・ペラン
脚本:ナタリー・アズーレ/オリヴィエ・デイザ/ルイ・ガルデル/ジャン=クロード・ギルボー
撮影:エリック・ギシャール/ジャン=ポール・ムリス
音楽:ブリュノ・クーレ
出演:ツェリン・ロンドゥップ/カルマ・ワンギャル
    グルゴン・キャップ/カルマ・デンジン・ニマ・ラマ
    ラクパ・ツァムチョエ

ネタバレです

オープニングを観たとたんに”映画は映像の力だなぁ”と、改めてつくづくと感じる作品。エリック・ヴァリ監督は、もともと写真家だそうである。インタビューで”映画と写真の共通点は?”と聞かれて、”フレーミングと色と光”と答えている。

ヒマラヤの麓の村ドルポでオールロケされたこの作品は、特撮技術を一切使わず、出演者もほとんど現地の住民が実際と同じ役柄で出演している。村人たちは今でも映画と同じく毎年キャラバン遠征しており、そういう意味ではドキュメンタリーに近い映画と言える。エリック・ヴァリ監督は、写真家として訪れたこの村に魅せられ、長年その土地と人に触れる中からこの映画を作り出した。

ヒマラヤの大自然の描写は素晴らしい。写真家の感性で映し出される映像は、息を呑むような壮大な構図。土地の赤、夜の藍色、雪の白に水の青など色の切り替えも昼と夜の明暗の切り替えも芸術的な美しさである。

ただ、この映画から感じる”映像の力”は単に自然描写の美しさだけではない。近代文明の及ばないこの僻地で、ドルポの人たちは厳しい自然を相手にして生を営んでいる。雄大な自然とその中で繰り広げられる泥臭い人間のドラマ。この二つを素晴らしい感性で映像化して見せてくれているのがこの作品の見所である。

この作品を見て”自然の偉大さと人間の小ささ”ととらえるのも何か違うような気がする。彼らは、実にたくみに大自然と折り合いをつけて自分たちが生き抜く術を身に着けているからだ。

しかし、このような素朴な社会でもやはり問題が起きるのが人間の悲しさ。息子の死をめぐって、族長ティンレと若きリーダーカルマの間には大きな溝ができてしまっている。冬が来る前にキャラバンを組み、塩と麦を交換しなければ村人たちは生きていくことができない。それなのに、私的な確執を抱えたまま二人のリーダーはキャラバンをめぐって対立。カルマはティンレが決めた出発の日を無視し、村の若者を従えて出発してしまう。これは、彼らにとっては昔から村に伝わるしきたりを無視する重大な違反行為なのである。

もうとっくの昔にキャラバンは引退した長老たちや、僧院で修行していた次男、まだ小さな孫たちを連れて、あくまで決まりどおりに出発するティンレ。遠征に不慣れな一行を叱咤してカルマに追いつくべくしゃにむに先を急ぐ。あまりに過酷なティンレのやり方に戸惑い、次第に反発していく長老たち。それでもティンレは頑なにカルマに追いつこうとする。そのためにティンレが最後の手段の近道として選択する湖畔の絶壁”悪魔の道”。人一人がやっと通れる細い道を、ヤクたちが連なって登っていく映像は特撮でもこれだけ撮れないだろうというくらいの迫力と美しさがある。

ティンレとカルマをめぐって真っ二つに割れてしまった村人たち。しかし、皆の力を結集しなければ厳しい自然の中で生き抜いていくことはできない。そして、その解決もやはり自然の中にあった。キャラバンを通して、自らの未熟さを思い知るカルマと、”すべては収まるところに収まる”ことを悟るティンレ。世代間の確執と和解の物語はなんともいえないすがすがしさを感じさせてくれる。

特撮もCGも使わず、莫大なギャラの有名俳優が登場しなくても、映画はこんなに素晴らしい体験をもたらしてくれるのだとちょっとうれしくなってしまう一本。必見です。★★★★★

ちなみに、この作品のプロデューサーは、あのあっと驚きのドキュメンタリー『WATARIDORI』を撮ったジャック・ペランですね。エリック・ヴァリへの映画テクニックの伝授もかなりあったはずですな。

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#0073『誤発弾』ユ・ヒョンモク監督 1960年韓国

誤発弾
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監督:ユ・ヒョンモク
原作:イ・ボムソン
出演:キム・ジンギュ/チェ・ムリョン
   ムン・ジョンスク/ユン・イル・ボン

ネタバレです。ご注意ください。

久々に新しい記事をひとつ。以前から気になっていた『誤発弾』をようやく観た。1960年に製作されたこの作品は、韓国を代表する二つの新聞で歴代韓国映画No.1に選ばれている。すでに、ネガフィルムは失われてしまったそうで、英語字幕を焼き付けたポジから起こしたVHSで鑑賞。画像がかなり劣化してしまっているのが残念。

”誤発弾”の意味について作品中に特に説明は無いが、最後のタクシー運転手の会話から推測すると、狙いも無く誤って発射された弾・のように目的もなにも無く彷徨っている様(人)を言うらしい。本作をご存知の方はそう多くないと思われるので、いつもよりストーリー紹介を多めにしながら感想を記したい。

朝鮮戦争終戦まもなくの韓国。主人公のソン・チョルホは、「解放村」と呼ばれるスラム街に住み、町の小さな会計事務所で書記として働いている。彼の薄給を頼るのは年老いてボケてしまった母、妊娠中の妻、娘、2人の弟と妹が一人。母はすでに正気を失い「行こう」「行こう」とうなされ続けている。

ちなみに、母のうわごとは日本語字幕では「行こう」だが、英語字幕は「get out of here」となっており、「出て行こう」もしくは「逃げ出そう」と言っているらしい。おそらく、老婆は戦争の悲惨な体験で精神をわずらい、その恐ろしさから逃れようとしてうなされているのだろう。しかし、解放村の自宅のシーンで常に聞こえてくる母のこのセリフは、貧しいスラム、ひいてはチョルホたちがその中でもがき苦しんでいる、逃れることのできない日常生活という現実の過酷さを連想させる。。

底なし沼のような貧困生活に加え、チョルホを苦しめるのは歯痛。痛みに悩まされながら治療にも行かないのは、治療代にも事欠くためか、それとも痛む歯を治療することさえ厭うほど無気力になってしまったせいなのか。どちらにしても、母の声とチョルホの歯痛は、彼を取り巻く現実の絶望的な厳しさをくっきりと観客に印象付ける。

それでも彼は、抜け殻のように黙々と仕事をして給料袋を妻に運んでいる。無言で給料袋を受け取る妻も、たった一言ねぎらうだけの心のゆとりを無くしてしまうほど擦り切れてしまっている。「行こう」「行こう」と手を伸ばす義母を見つめる無表情な妻の顔が痛々しい。まだ小さな娘のヘオクだけは実に屈託がなく、新しい靴やスカートを欲しがり伯父(ヨンホ)に会うたびにねだっている。まことに子どもらしいかわいい姿なのだが、家の中があまりにすさんでいるため、かえって悲惨さを引き立てる役回りになってしまっている。

弟のヨンホは戦争から戻っても定職にも着かず、軍隊仲間やガールフレンドの映画女優ミリと遊び歩いている。これが現実逃避であることは一目瞭然。家族のためにいやでも現実に向き合わなければいけないチョルホと違い、一人身のヨンホはそれから目をそらして軽佻浮薄な愉しみのみを求め歩いている。そして、それが彼の悲劇の源となる。

ヨンホが身を滅ぼすきっかけとなる事件が二つ発生する。

ヨンホは戦時中の上官で両足を負傷したキョンシクを尊敬していて、彼はヨンホの妹ミョンスクと相愛の中にあった。しかし、戦争によって生きる目的を見失ってしまったキョンシクは、ミョンスクとの関係を再開させることが出来ず、彼の態度に絶望したミョンスクは米兵相手の娼婦に身を堕とす。警察に検挙されたミョンスクの身柄を受け取りに行ったチョルホだが、妹になんの言葉をかけることも無く、引き取りの手続きだけして自分は仕事に戻ってしまう。ミョンスクが娼婦になったことを知ったヨンホはキョンシクを激しく非難し、キョンシクは「死を望むものには行くあてなどない」と言い残して街を去っていく。

また、同じ頃ヨンホは、戦時中に知り合いすぐに離れ離れになってしまっていた元従軍看護婦のオ・ソリと偶然再会し恋に落ちる。オ・ソリはビルの屋上の広い部屋に住んでいる。その屋上には”天国の番人”とあだ名される門番の老人が転寝をしている。彼女の部屋でまさに天国のようなひと時を過ごしたヨンホは翌日の再開を約束して家に帰る。翌日約束どおりオ・ソリを訪れたヨンホだが、天国の番人に彼女は死んだと告げられる。昨夜ヨンホが帰った直後、オ・ソリの隣人で彼女にしつこく言い寄っていた青年詩人が彼女とヨンホの関係に嫉妬し、彼女を道連れに屋上から飛び降りてしまっていた。

ヨンホの中で何かが切れてしまった。日々擦り切れるように働く兄、なのに生活は少しも良くならない。途絶えることの無い母の「出て行こう」「逃げ出そう」の声。それでも、まじめに暮らすよう力なく説教するチョルホに対して、ヨンホは、夢も希望も報いもない”まじめな生活”にもっと早く見切りをつけておけば、オ・ソリが死ぬことも妹が娼婦になることもなかった・・・と叫ぶ。 貧困の泥沼にあえぎ、脱出する気力もなくしてしまったチョルホの説教には何の説得力もない。しかし、現実逃避を続けてきたヨンホの、力ずくで現実を打破するという主張にも、やはり訴えかけるものは何もない。

しかし、やりきれない思いにとらわれたヨンホは、オ・ソリが護身用に持っていた拳銃を握り、軍隊仲間とともに銀行を襲撃する。まとまった金を奪い銀行から逃走したヨンホだが、彼の言動を心配して駆けつけたミリが警察に協力したことにより犯行後わずか10分で逮捕される。一足飛びに現実から逃れようとしたヨンホは、まんまと現実に絡めとられ、社会から抹殺されてしまった。面会に来たチョルホは、「大勢見物する中で絞首刑にしてくれ」とつぶやく弟にかける言葉も無い。

警察署を後にして家に帰ったチョルホは、ミョンスクから姉がつわりに苦しみ病院に担ぎ込まれたことを聞かされる。ミョンスクから金をもらい病院に向かうが、到着したときにはすでに病室はもぬけの殻。妻は1時間前に難産の末死亡していた。妹は娼婦になり、弟は逮捕され、妻は死んだ。ふらふらと街に出たチョルホにやり場のない怒りが湧いてくる。「良心と言う垣根の中で、なぜこんなに苦しまなければ行けないんだ。お前が正しければもう今頃金持ちになっていた・・・」。しかし、彼の怒りは、彼を取り巻く現実にはなんの影響も与えることはできない。チョルホは思い立ったように歯科医院に立ち寄り、痛む親知らずを抜く。「よく、我慢できましたねえ・・・・」と歯科医が言う。今のチョルホにとってこれほど残酷な言葉は無いかもしれない。確かに彼は家族のために、日常生活を営むために、我慢に我慢を重ねてきた。しかし、我慢すれば我慢するほど彼を取り巻く現実は悪化する。

出血で失神するからと、歯医者は一本しか抜歯しないが、彼は別の歯科医を訪れ痛む歯を全部抜いてしまう。出血により朦朧とする意識で彼は町をさ迷い歩く。「どこかに行かなければいけない。でも、どこに行けばいいんだ・・」。フラフラとタクシーに乗り込んだチョルホは解放村や病院を行き先に告げては変更し、結局ヨンホが拘置されている警察署に向かう。警察署の前に着いたタクシーの中で、唇の両端から血を垂らし、意識を失うチョルホ。タクシーの運転手は「迷い弾(誤発弾)のような、厄介な客を拾ったもんだ・・・」と悪態をつく。

全編に異様な虚無感が流れる作品で、知らず知らずの間に肩に力が入っていました。

しかし、この物語の主人公は、文字通り生きるか死ぬかのところで苦しんでいるのではありません。餓死と背中合わせに暮らしているのではありません。曲がりなりにもチョルホは給料をもらい、家族は毎日ご飯を食べ、ヘオクは子どもらしく遊んで暮らしています。

彼らが襲われているものの正体はなんなのでしょう。戦争の結果、自分たちの住む国という環境が荒廃してしまった不安定感、その中でいくら努力してもこれっぽっちも生活が向上しない徒労感、そして将来に向けてどのような希望も抱くことが出来ない不安感。そういうものが生活に充満し、その中で毎日をあても無く、何十年も生きていかなければいけない。

それが人間にとっていかに苦痛となるかは、今までにもいろんな映画や文学作品で語られてきたことだと思いますがこの作品ではその悲惨な現実の描写が特に見事でした。その中に留まるものも、そこからはみ出そうとするものも生かしてはおかない、日常というか現実が禍々しく可視化されていたと思います。

ちなみに、韓国はこんなに素晴らしい映画を作った歴史があるのに、なぜ・・・・などというのは、いかにも余計な話でございます。ともあれ『誤発弾』は噂どおりの名作でありました。★★★★★

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#0072『赤い河』ハワード・ホークス監督 1948年アメリカ

Red River

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監督・製作:ハワード・ホークス
原作:ボーデン・チェイス
脚本:ボーデン・チェイス/チャールズ・シュニー
撮影:ラッセル・ハーラン
音楽:ディミトリ・ティオムキン
出演:ジョン・ウェイン/モンゴメリー・クリフト
    ウォルター・ブレナン/ジョン・アイアランド
    ジョーン・ドルー/コリーン・グレイ
    シェリー・ウィンタース/ハリー・ケリー
    ハリー・ケリー・Jr

<ちょっとネタバレ気味>
インディアンの襲撃をきっかけに知り合った、ダンソン(ジョン・ウェイン)・グルート(ウォルター・ブレナン)の二人と少年マシュー(モンゴメリー・クリフト)。わずか牛二頭を連れて南の土地に牧場を開く。三人は14年間働きづめに働き、牧場をテキサス一の大牧場に育てあげるものの、南北戦争のあおりで南部では金儲けができなくなってしまう。ダンソンと成長したマシューは、1600キロ彼方のミズーリの市場まで10000頭の牛を売りにいく事を決意。30人の仲間たちと過酷なキャトル・ドライブに出発した。

鋼鉄のような意志でミズーリを目指すダンソンですが、旅を続ける中で超ワンマンな彼と仲間たちとの間に微妙なずれが生じます。脱走した仲間の処分をめぐって、ダンソンはついに息子のようなマシューとも衝突。若い頃から苦楽をともにしてきた相棒グルートにも愛想をつかされてしまいます。マシューは、牛と仲間を率いて鉄道が通るというアビリーンに目的地を変更。ダンソンを置き去りにして先を急ぐのですが、ダンソンはマシューへの復讐を決意して、新しい仲間とともにその後を追います。

”男”を撮らせては天下一品のハワード・ホークス。今回は、いわゆる「親父越え」。

親父越えのオヤジは強く大きいほどドラマチックになるわけですが、筋金入りの西部の男ダンソンは、「俺の屍を越えていけ」などと甘いことは言いません。誰に対しても問答無用の絶対服従。わが子のように育てたマシューであってもそれは同じこと。誰よりも意志が強く、誰よりも仕事に熱心。仕事に命さえかけているがゆえに誰の言うことも絶対聞かないという典型的な頑固一徹のオヤジをジョン・ウェインが好演しています。

そんな超ワンマン親父の壁を越えなければいけないマシューは大変ですが、こちらもタダ者ではありません。銃の腕前でも仕事でも超一流の才能を発揮します。しかし、銃がうまい、仕事の段取りに抜かりないというだけでは親父越えはできないわけで、必要なのはやはり誰もが認める”実績”。マシューはダンソンとのトラブルを経て結局最後には圧倒的な仕事の実績を上げます。あとは実績をバックに親父に自分の存在を認めさせるだけ。クライマックスの壮絶な殴り合いを通して親父ダンソンに自分の実力を認めさせることに成功したマシューは、ついにダンソンを越え、互いに認め合う”男と男”として笑顔でラストシーンを迎えます。

こういう男と男の関係というか、人間と人間の関係はお互いに一歩も引かない強い意志を持っているからすばらしいものになるのだなぁとつくづく感じますね。現在ではなかなかこういうストレートさは受け入れられないのかもしれませんが、個人的には”自分も息子にとって大きな親父の壁となるのだ”と、改めて意志を強くしたのでした。

ハワード・ホークスは冒険ドラマ「コンドル」やスクリューボールコメディ「赤ちゃん教育」等も見ていますが、それぞれ異なるジャンルでも共通するのはエッジの効いた登場人物と人物配置の妙ですね。今回も主役の二人はもちろん、花を添えるミレー(ちょっとしか出てきませんが重要な役回り)や、そそっかしいところもありながら主役二人の間を取り持つグルートなど忘れられないキャラクターが多数登場します。

もう一人の凄腕ガンマン・チェリーも秀逸。商売敵の牧場主の部下から仲間入りしたため、ダンソンに対しても忠誠心を持っているわけではありません。チェリーはマシューと心を通じ合わせますが、そんな彼の存在があるためにダンソンとマシューの関係には常にある種の緊張感がプラスされています。チェリーの最後のセリフがクライマックスにすごく効いてますよね。このあたりの考え抜かれた設定がホークスの大きな魅力でした。★★★★☆

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#0071『パピヨン』フランクリン・J・シャフナー監督 1973年フランス

Papillon
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監督: フランクリン・J・シャフナー
製作: ロベール・ドルフマン/フランクリン・J・シャフナー
原作: アンリ・シャリエール
脚本: ダルトン・トランボ
撮影: フレッド・コーネカンプ
音楽: ジェリー・ゴールドスミス
出演: スティーヴ・マックィーン/ダスティン・ホフマン
    ヴィクター・ジョリイ/アンソニー・ザーブ
    ドン・ゴードン/ロバート・デマン
    ウッドロウ・パーフレイ/ラトナ・アッサン
    ウィリアム・スミサーズ/バーバラ・モリソン
    ビル・マミー/ヴァル・アヴェリー
    グレゴリー・シエラ/ヴィク・タイバック

<多少ネタバレ気味>

この作品は、1974年の日本公開当時マックィーンとホフマンという名優の共演ということで話題になりました。確か中学1年生だったと思いますが母親と大阪梅田の映画館に観にいきました。子供の目にも、マックィーン演じるパピヨンの執念はひしひしと伝わりました。監獄やジャングルの映像が大迫力だったことも印象的で、初めて本物の映画の迫力に触れた作品かもしれません。その後見直すたびにマックィーンの魅力を再確認していたのですが、オールド・ムービー・パラダイス!にこの記事を書いた時(2005年10月)に初めてダスティン・ホフマン扮するドガの心情が理解でき、演ずるホフマンの演技に魅せられたのでした。

(以下、オールド・ムービー・パラダイス!より加筆転載)

泣けました。ラスト20分の悪魔島のシーン。悪魔島は、周囲を激しい潮流とサメの群れに囲まれた絶海の孤島。看守すらいない、囚人が行き着く最後の流刑地。人間としての存在はすべて否定され、忘れ去られ、すべての希望を奪われてしまったかわりに、もう何の義務も課されない囚人たちが、命の尽きるまでただ生きているだけの島。

度重なる脱走によりついにこの悪魔島に送られてきたパピヨン(マックイーン)は、それまでの計7年に及ぶ過酷な独房”人喰い牢”への監禁により、髪は白く変わり歯は抜け落ち、歩行もおぼつかない老人のように変わり果てています。そして、悪魔等で再会したルイ・ドガ(ダスティン・ホフマン)も頭頂が丸く禿げ上がりかつての面影はありません。

一切の望みを絶たれて、ただ時間だけがある世界。そして、過酷な監獄生活で朽ち果ててしまった自らの身体。しかし、そんな絶望的な状況でもなお、パピヨンは自由への希望を捨てません。彼は、かつて英雄が座ったといわれる断崖に腰掛け、くる日もくる日も海を眺めて脱走の可能性を探ります。

対照的に、すべてをあきらめ、その中でささやかな自分の居場所を作ろうとするルイ・ドガ。悪魔島に粗末な掘っ立て小屋を立て、人が無断で入り込まないように玄関をしつらえ、庭に菜園を作り野菜を植えます。

挑戦か順応か。

極限状態で、人間としてどちらを選択するのか。保守的な小心者に見えるドガの選択ですが、それを生半可に否定することを許さない強烈な迫力がダスティン・ホフマンの演技にはあります。ついに悪魔島を脱出するパピヨンを見送りながら、泣き笑いしつつ何度もうなずき、自分の家に帰っていくドガの姿は涙なくして見れません。このダスティン・ホフマンの演技を見るだけでも、この映画を見る価値は十二分にあります。

かたや、マックイーンですが彼の脱出劇というと言わずと知れた『大脱走』が思い浮かびます。大脱走でのマックイーンは逃げてもつかまってもかっこいい。バイクで疾駆する姿、独房で壁にボールを投げる姿、どれをとっても”ヒーロー”なんですよね。

しかし、本作では前半こそヒーローぶりが健在ですが、後半は徹底的に痛めつけられ、裏切られ、希望を打ち砕かれ、身も心もボロボロです。「お前は誰だ」と聞かれて、「I'am Nobody.」と答える歯抜けのマックイーンには、ヒーローイメージのかけらもありません。

そんなになってしまっても、なおかつ自由を求め、必死に工夫し、最後の最後で脱走を成し遂げる姿は、人間としてのひとつの憧れの姿。こうでありたいという理想の姿です。どんなにみすぼらしくなろうとやっぱりマックイーンは真ん中の部分で真のヒーローだったんだなと、これまた涙涙で画面を見つめることになりました。これだけの名演技がぶつかり合う作品はまたとない素晴らしい作品。★★★★★

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#0070『カサブランカ』マイケル・カーティス監督 1942年アメリカ

Casablanca

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監督: マイケル・カーティス
製作: ハル・B・ウォリス
原作: マーレイ・バーネット /ジョアン・アリソン
脚本: ジュリアス・J・エプスタイン/フィリップ・G・エプスタイン/ハワード・コッチ
撮影: アーサー・エディソン
音楽: マックス・スタイナー
 
出演:ハンフリー・ボガート/イングリッド・バーグマン
    ポール・ヘンリード/クロード・レインズ
    コンラート・ファイト/ピーター・ローレ
    シドニー・グリーンストリート/ドゥーリイ・ウィルソン
    モンテ・ブルー/マルセル・ダリオ


(オールド・ムービー・パラダイス!よりの転載記事です)


「君は皮肉屋のようで人情にもろいからな」

第二次世界大戦のさなかフランスはドイツ軍に占領され、アメリカ亡命を図る人々は出国ビザを求めて仏領モロッコのカサブランカに流れてきます。そのカサブランカで"Rick's Cafe American"というバーを経営するのがハンフリー・ボガート扮するリック。ドイツ嫌いは徹底しているが、かといってフランスのために戦うでもないリックですが、実は昔パリで受けた失恋の痛手を引きずり半ば世を捨てたように現在のみを生きています。言いすがる女性を拒絶するときにリックが言う名セリフ「そんな昔のことは覚えていない。そんな先のことはわからない」は、まさに彼のそんな心境を言い現してもいます。

そのカサブランカに、レジスタンス運動の大物ヴィクター・ラズロー(ポール・ヘンリード)が妻と一緒に逃れてきます。その妻こそが、パリでリックの元から去っていったイルザ(バーグマン)。ラズローとイルザがアメリカに亡命するためにはリックの持っている通行証が必要なのですが・・・。ドイツ軍将校シュトラッサー(コンラート・ファイト)に追い詰められ絶体絶命のラズロー。再びリックへの愛に素直になろうとするイルザ。ラストシーンで見せるリックの男意気が心に染みる永遠の名作。古い映画に興味がなくても、この作品は観たことがあるという方も大勢いらっしゃると思います。

改めて見るとリックってかなり女々しい。まあ、うじうじねちねちと。今時の若い女性には、ウザイ・暗いと一蹴されてしまいそうです。カサブランカというと「なんといってもボギーがダンディでかっこいい」というイメージがまず浮かびますが、ただ格好の良いだけの役柄ではありませんでした。

ただ、中盤のイルザに対して恨みつらみをぶちまける、ぐでぐでの姿があるから最後のリックの決断がかっこいいんですよね。人並み以上に弱い一面を持ちながらそれをぐっとこらえて男の優しさを示すボギーの姿は、やっぱり男としてしびれます。女性が観てもしびれると思うんですが(どうなんでしょう)。有名なセリフ満載のこの映画の中であえてその有名どころを避けて冒頭のセリフを選ばせていただきました。ハードボイルドなボギーではなく、悩める人情家のボギーがこの作品の最大の魅力だと思います。ちなみに、この映画の撮影はかなりきついスケジュールで行われたらしく、ラストシーンの撮影直前までイルザがラズローと一緒になるのかリックと一緒になるのかわからなかったそうです。もし、リックと残るシナリオが採用されていたら、これだけの名作として歴史に名を残すことはなかっただろうと思いますね。

さて、リックをぐでぐでにするヒロイン、イルザに扮するイングリッド・バーグマンですが1939年にセルズニックに招かれて渡米。同じ年にレスリー・ハワードとの共演で”別離”に出演したものの大ヒットには及ばず、42年のカサブランカ製作当時はリック役をオファーされたジョージ・ラフトに、「無名のスウェーデン女優とは共演できない」と断られてしまうほどでした。

しかし、本作での彼女の美貌は輝くばかり。リックの店に現れてサム(黒人ピアニスト)が弾き語る”As Time Goes By"を聴く姿は、思わずDVDを一時停止して見とれてしまうほどの美しさです。数あるハリウッド女優の中でも、この美しさに対抗できるのは”ローマの休日”の時のヘップバーンくらいですね。最近の女優さんでは残念ながら思い浮かびません。本作以降の活躍は良く知られているとおりですが、彼女のキャリアはこの作品からはじまったと言ってもいいのかも知れません。

監督はマイケル・カーティス。ハンフリー・ボガートとはこれ以外にもいくつか組んでいるようですが、記憶に残っている作品てあんまりないんですよね。『俺たちは天使じゃない』('55)”くらいでしょうか。と思ってフィルモグラフィを探っていると面白い作品を発見しました。1933年の『肉の蝋人形』。最近公開された”蝋人形の館”のオリジナル版ですね。人間で蝋人形をつくるというホラー作品と永遠の愛の名作といわれる『カサブランカ』が同じ監督の作品というのもかなり意外です。

ところで、もうずいぶん昔ですが、六本木にRick's Cafe Americanの内装を模した"ボギーズ・バー"というカフェがあったんですよね。良く通ったことを思い出しました^ ^★★★★★

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Trailer(予告編)はこちらから



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テーマ : クラシック映画
ジャンル : 映画

#0069『フェティッシュ』レブ・ブラドック監督 1996年アメリカ

フェティッシュ
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監督:レブ・ブラドック
製作:ジョン・マース/ポール・プーグ
製作総指揮:クエンティン・タランティーノ
脚本:レブ・ブラドック/ジョン・マース
撮影:スティーヴン・バーンスタイン
美術:ウェンディ・マカロック
衣裳:ビヴァリー・ネルソン・サフィア
音楽:ジョセフ・ジュリアン・ゴンザレス
プロダクションデザイナー:シャーマン・ウィリアムズ
録音:ピーター・デルヴィン
出演:アンジェラ・ジョーンズ/ウィリアム・ボールドウィン
    バリー・コービン/メル・ゴーラム
    ブルース・ラムゼイ/ロイス・チャイルズ
    ケリー・プレストン

ラテンの陽気なダンスミュージックに乗って、登場するのは二人の超フェチな男女。

男は、金持ち女の首を切り落とすことに無上の快感を感じる”ブルー・ブラッド・キラー”と呼ばれる、男前の連続殺人鬼ポール。女は、血まみれの殺人現場を見るとワクワクし、"切断された首が今際の際に何かしゃべるのかどうか"知りたくてしょうがない変わり者、あっけらかんと明るいガブリエラ。

この取り合わせが最高にブラック&アブノーマルなコメディ作品。殺人鬼ポールは、とにかく金持ち女がもだえ苦しむのを見たい。なので、日本刀で何回も突き刺して、はいずり逃げ回る女をじわじわいたぶり最後に首を切る。だから、殺しの現場は血まみれの大惨事になる。

当然、汚れた現場は誰かが掃除しなければいけないのだが、アメリカには殺人現場専門の清掃会社があるらしい。ガブリエラは現場見たさにそういう清掃会社に就職。誰もが嫌がるポールの殺人現場担当にいそいそ志願する。あまりに明るく手を上げるガブリエラに、思わず彼女の仕事適正を疑う社長がおかしい。

さて、クライマックスは4人目の殺しの現場で出会ってしまうポールとガブリエラ。ラスト20分は、殺人フェチと殺人現場フェチの二人だけのシーン。

純真な子供のような好奇心で、殺しの状況を想像し、自ら再現してみるガブリエラ。テープレコーダー持参でラテンBGMを流し、「ああ、そうか、ここで身をよじって逃げたのね・・・」などとやっているうちに身体はだんだんリズムに乗り始める。

それを物陰から見つめていたポールが、ついに我慢できなくなって彼女の目の前に登場。

「・・・なにしてる?」
「・・お・・踊ってたの。。」

爆笑の会話を皮切りに、二人は殺人現場で踊り始めて、もうアブノーマルさも最高潮。

稀代の殺人鬼と踊るタンゴに、顔を引きつらせながらもやっぱり殺しの様子を聞かずにおれないガブリエラ。あまりに熱心に質問されるので、解説しながらだんだん興奮してくるポール。このダンスシーンは、かぶりつきで見てしまうこと間違いなし。

徐々に好奇心が恐怖心に勝っていくガブリエラの様子を、なにがすごいって演じるアンジェラ・ジョーンズの顔芸がすごい。ラストワンシーンの表情まですべて絶品。文句なし。

監督のレブ・ブラドッグは、映画学校の卒業制作で本作の元となる短編を製作。それを大いに気に入ったタランティーノ(彼が気に入るのも良くわかる・笑)のバックアップで本作の監督を務めた。文字で書くとおどろおどろしいが、陽気な音楽にストーリーのテンポもよく映像センスも良いと見た。ラスト20分のシーンをここまで仕上げた腕前はかなりだと思うのだが、後続作品は発表されていないようで残念。とにかくこの映画は面白い。★★★★☆

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フェティッシュフェティッシュ
(2007/05/25)
アンジェラ・ジョーンズ、ウィリアム・ボールドウィン 他

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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

#0068『アニー・ホール』ウディ・アレン監督 1977年アメリカ

Annie Hall
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監督:ウディ・アレン
製作:チャールズ・H・ジョフィ/ジャック・ロリンズ
製作総指揮:ロバート・グリーンハット
脚本:ウディ・アレン/マーシャル・ブリックマン
撮影:ゴードン・ウィリス
衣装デザイン:ラルフ・ローレン

出演:ウディ・アレン/ダイアン・キートン
    トニー・ロバーツ/ポール・サイモン
    キャロル・ケイン/シェリー・デュヴァル
    クリストファー・ウォーケン/コリーン・デューハースト
    ジャネット・マーゴリン/ビヴァリー・ダンジェロ
    シェリー・ハック/シガーニー・ウィーヴァー
    ジェフ・ゴールドブラム

1977年のウディ・アレン自身が”転機”になったと語る作品らしい。クラシック作品を中心に観ている立場からすると、斬新な編集方法に時代の移り変わりを感じる。やっぱり、映画はどんどん新しくなっていくのだ(当たり前)。

現在のストーリーとフラッシュ・バックによる過去の話を同じテンションで描いて時間と場所を入れ替えるというような手法は、これ以前の作品にもあった。しかし、登場人物がストーリーの中から観客に話しかけてきたり、本音を別字幕で見せてみたり、画面を二つに割って全然違うシーンを流しながら、それぞれの登場人物が会話を始めたり。かなり突拍子のないことをあたかもフツーのように見せてくる。セックスの最中にアニー(ダイアン・キートン)の魂が退屈そうに抜け出してきて、その魂とアルヴィ(ウディ・アレン)が会話するなんてのもあった。

さらに、もう少し手の込んだところでは、画面の奥のほうにいる主人公たちの会話にいかにも最前面にいるかのようなレベルで音声をつけてみたり(当然手前には全然関係のない人がいる)、逆に後ろにいる赤の他人の会話を前面に持ってきたり。画面の中の別のところに観客の注意をひきつけておいて、他のところからアクションを出してくるなんていうのもある。

こういう、いたずらのような楽しい演出上の細工は、挙げだすときりがなくて目を引くが、実はこの作品ベースになる物語もすごくはっきりとしている。

アカデミー賞の主演男優賞女優賞両方にノミネートされて、ダイアン・キートンが女優賞を獲得しているが、助演男女優賞にはノミネートもされていない。というのは当然で、この作品にはしっかりとした助演という役まわりはなくて、すべてが二人だけの物語である。その二人だけの物語を、各シーンで二人の恋のいきさつ・すれ違い・気持ちの変化など実に細やかに、丁寧に描いてくれる。二人の会話が驚くほどリアルで、会話を重ねることで一種独特のタッチが生まれてくる(こういう味わいは、古い映画にはなかなかないかもしれないなぁ)。

逆にシーンのつなぎはとても大胆。話はジャンプにジャンプを重ねて、一見不親切なほどだが、各シーンの描写が丁寧なので全体のストーリーはぶれることがない。ジャンプするつなぎの部分がかえってイメージを膨らませ、シーン間にあんなことがあったのかな、こんなことがあったのかなといろいろと想像させてくれる。

ベースがしっかりしているから、演出上の小細工も絶妙のスパイスになって、これはとっても”観心地”がいい映画だ。見終わる頃には、アニーとアルヴィがとても愛しく感じられる。いや、楽しませてもらいました。★★★★★

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#0067『西部戦線異状なし』ルイス・マイルストン監督 1930年アメリカ

西部戦線異状なし
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監督:ルイス・マイルストン
製作:カール・レムリ・Jr
原作:エリッヒ・マリア・レマルク
脚本:マックスウェル・アンダーソン/デル・アンドリュース/ジョージ・アボット
撮影:アーサー・エディソン
音楽:デヴィッド・ブロークマン
出演:リュー・エアーズ/ウィリアム・ベイクウェル
    ラッセル・グリーソン/ルイス・ウォルハイム
    スリム・サマーヴィル/レイモンド・グリフィス
    ジョン・レイ/ウォルター・ブラウン・ロジャース
    ベリル・マーサー

ネタバレです。ご注意ください。

戦争に関するあらゆる馬鹿馬鹿しい現実が盛り込まれている。

大ヒットした『プラトーン』('86)以来、数々作られた戦争群像劇はすべてこの作品の変奏だといっていいのかもしれない。そういう新しい作品群でも何度も見せつけられたとおり、戦闘の現実はあまりにも厳しくて悲惨で、世間知らずに戦場に向かう若者はあまりにも愚かで哀れである。ただ、この映画の怖さはそれだけではなく、戦争遂行が精密機械のようにシステマティックに行われていく、その現実描写の凄みにある。

国家が操作しているその精密機械は、あくまでも非人間的で馬鹿馬鹿しい現象を撒き散らす。まだ現実の厳しさを知らない夢見がちな若者たちを言葉巧みに兵士として志願させる大学教授。整列すら出来ない若者たちを短期間でそれなりの兵士に仕立て上げる予備隊。ベルトコンベヤーのように彼らを前線に送り込む軍用列車。前線に着いた彼らは塹壕を掘り、命令に従って突撃する。敵が優勢になると砲撃音のやまない陣地にジッと立てこもり、機会を得るとまた命令に従い突撃する。兵士が無傷な間は延々とそれが続き、負傷すると病院に担ぎ込まれて、死が近くなると死体置き場の隣に移される。そこからはだれも帰ってこない。兵士が不足するとすぐに補充兵が送られてくる。

ただし、この精密機械は肝心なところで機能不全になっており、前線の兵士たちに満足な食料を供給することができない。一番肝心な燃料が常に欠乏しているのだが、兵士たちはそれを理由に機能停止することは許されず、我慢して働き続けるしか術が無い。

戦地を離れ故郷に戻ってもこの精密機械はきっちりと作動している。戦争の現実から用心深く遮断されている一般国民は、戦意だけ高揚しており、口々に腹立たしいほど楽観的な作戦を主張しあい、口角泡を飛ばして議論している。明日は前線に戻るという夜、母親が息子に「戦場では女の人に気をつけるのよ」と諭す。我が身を犠牲にしても良いほどに息子を心配している母親でさえ、戦場の実態は何も知らない。

この精密機械の極めて優秀な歯車だった主人公のポール(リュー・エアーズ)は、図らずも手にかけたフランス兵の死体と塹壕で一夜を過ごしたことから、一歯車の分際であるにもかかわらずその精密機械に疑問を持ってしまう。休暇で訪れた母校では、恩師が今日も変わらず学生たちを志願兵に仕立て上げている。思わず命の大切さを訴えるが、若者たちには臆病者とののしられる。戦地に戻った彼は、はみ出した欠陥歯車として、極めて人間的な優しい心から塹壕外に止まった蝶に手を伸ばしたところを、敵狙撃兵に射殺される。

戦争は、国民の人間性も若者たちの夢も未来も踏みにじりつつ、かくもシステマティックに行われていく。これは敵方のフランスでも同様で、ドイツ軍の塹壕に迫るフランス兵は自軍の砲撃に吹き飛ばされ、ドイツ軍のマシンガンになぎ倒されながらも機械のように押し寄せてくる。結局、戦争は国家のシステム同士がギリギリときしみ音を上げながらせめぎあうことであり、そこに他の戦争映画に描かれがちなヒロイックな個人やドラマチックな美談の存在する余地は無い。若者たちは、無機質な戦争システムの歯車としてのみ機能し、たんたんと破壊されていくのみであるという認識に改めて戦慄を覚える。加えて周到にそのシステムを作りあげ運用している政治家や軍上層部が全く姿を見せないところがこの作品のさらなる凄みであり不気味さを感じる。

トーキーが出来たばかりの1930年の作品で、セリフが説明過多な部分も多々ある。また、シーンのつなぎがぎこちなかったりもするのだが、作品全体はそんな細かなことに左右されるわけもない。★★★★★

トレーラーが見れます ⇒ こちら

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#0066『バットマン・ビギンズ』クリストファー・ノーラン監督 2005年アメリカ

バットマン・ビギンズ
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新しい映画が続きますが、こちらもクリストファー・ノーラン監督作品ということで前から見たかった作品。ノーラン監督の作品は、デビュー作の『フォロウィング』から『メメント』『インソムニア』と観ていて、かなりお気に入りながら何が魅力なのかイマイチ良くわからないというちょっと不思議な存在。

バットマンシリーズも何本か観ていますが、今回のバットマンは非常に現実的なストーリー。両親を殺されたブルース・ウェイン(クリスチャン・ベイル)がゴッサムシティにはびこる悪を憎み、修行を積んでバットマンになるまでの物語。

結論から言うと、面白くはあるのですよ。ただ、感じるところは無い映画でした。

個人的な価値観ですが、物語の要素がすべて説明されるのってどうですか?バットマンが悪を憎むようになった背景から、どうやって修行して格闘能力を身につけたか、なぜコウモリを擬した格好をしているのか、彼の能力の詳細。コスチュームは開発中止になった歩兵用の兵装、バットモービルは橋梁工事用の特殊車両、マントは電気に反応する形状記憶特殊繊維・・・あ、そうそうヘルメットは中国製だそうです。

確かに、ヒーローものには、必ず”○○大図鑑”とか解説書があって夢中で読んだりしたものですがね。ウルトラマンははるか遠くのM78星雲の出身だとか、仮面ライダーは世界征服を目論むショッカーが、人間とバッタを掛け合わせて作り出した改造人間だとか、そういう荒唐無稽な作り話がヒーローの魅力の結構な部分を占めてるんじゃないかと思うんですよ。今回のバットマンみたいに、すべてに極めて現実的な理由付けがされると言うのもねぇ。好きじゃないですわ。

しかし、バットマンという素材を使ってノーラン監督が今までのシリーズと一線を画す大人向けの世界観を作り上げているのは事実です。モノレールを中心とするゴッサムシティの全景や、執事マイケル・ケインや不気味な精神科医キリアン・マーフィ、真面目でちょっと頼りなさげな正義派刑事ゲイリー・オールドマンなどの脇役の造形などはなかなか魅力的。なにはともあれ、既成概念と違うものを作り出せるというのは、間違いなく一つの能力ですよね。その点ではやはり並みの監督ではない。

しかし、『フォロウィング』から『メメント』で彼が使った時間軸をばらばらにする演出がインパクトがありすぎて、それ以外にノーラン監督をどう語ればいいのか今ひとつ実感できません。前作の『インソムニア』でも感じた「いいんだけど、良くわからない」というこの感触は今回も変わらず。最新作の『プレステージ』が話題になっているようですので、それを見てまた考えてみたいと思います。★★★☆☆

<キャスト&スタッフ>
監督:クリストファー・ノーラン
製作:ラリー・J・フランコ/チャールズ・ローヴェン/エマ・トーマス
製作総指揮:ベンジャミン・メルニカー/マイケル・E・ウスラン
キャラクター創造:ボブ・ケイン
原案:デヴィッド・S・ゴイヤー
脚本:クリストファー・ノーラン/デヴィッド・S・ゴイヤー
撮影:ウォーリー・フィスター
プロダクションデザイン:ネイサン・クロウリー
衣装デザイン:リンディ・ヘミング
編集:リー・スミス
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード/ハンス・ジマー
出演:クリスチャン・ベイル/リーアム・ニーソン/マイケル・ケイン
    モーガン・フリーマン/ゲイリー・オールドマン/渡辺謙
    ケイティ・ホームズ/キリアン・マーフィ/トム・ウィルキンソン
    ルトガー・ハウアー/ライナス・ローチ/ラリー・ホールデン
    コリン・マクファーレン/ジェラルド・マーフィ/サラ・スチュワート
    リチャード・ブレイク/ラデ・シェルベッジア/エマ・ロックハート
    ガス・ルイス/クリスティーン・アダムス/キャサリン・ポーター

公式サイトは ⇒ こちら

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テーマ : 特撮・SF・ファンタジー映画
ジャンル : 映画

#0065『アメリカン・スプレンダー』シャリ・スプリンガー・バーマン監督 2003年アメリカ

アメリカン・スプレンダー

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監督・脚本:シャリ・スプリンガー・バーマン/ロバート・プルチーニ
製作:テッド・ホープ
原作:ハーヴィー・ピーカー/ジョイス・ブラブナー
撮影:テリー・ステイシー
編集:ロバート・プルチーニ
音楽:マーク・スオッゾ
出演:ポール・ジアマッティ/ホープ・デイヴィス
    ジェームズ・アーバニアク/ジュダ・フリードランダー
    マディリン・スウィーテン/ハーヴィー・ピーカー
    ジョイス・ブラブナー/トビー・ラドロフ
    ドナル・ローグ/モリー・シャノン
    ジェームズ・マキャフリー/ジョシュ・ハッチャーソン

えー、と言うことで久しぶりの新作記事です、

ネタバレです。ご注意ください。

以前、アメリカのオンライン映画批評サイト”Rotten Tomato”の特集”コミック原作映画ベスト100”の記事をアップしましたが、その第2位がこの映画(ちなみに1位は『スパイダーマン2』)

冒頭のハービー・ピーカー本人によるナレーションでは、

”この映画に夢や現実逃避を求めているとすれば、期待はずれになる”

とのこと。しかし、その実態はなんとなく幸せな気持ちになれる、アンチ・アメリカンドリーム・ムービー。

映画の構成は、実在のハービー・ピーカーが自分も出演しつつ語りを担当し、ポール・ジアマッティ扮するハービーの物語が進む。そして、漫画の主人公ハービー(の絵)が、ところどころに絡んでくる感じ。

子どもの頃からコワモテの面相で幸せをつかめない男ハービー・ピーカー。大人になっても病院のしがない文書係。ガレージセールなどで珍しいジャズのレコードを漁っては小銭を稼ぐ生活。離婚暦は二回。二度目の妻には"自殺してしまう前に、あなたと別れたい”と散々な言われよう。小太りのハゲ頭、怖い目をして前かがみに歩く彼を見ていると、自ら不幸を招いているという気がしなくもない。なんといっても、人間の付き合いは外見から始まるのだ。

しかし、ほとほと人生に嫌気がさした彼がありのままの自分の日常生活をコミックの原作にし、”アメリカン・スプレンダー”(アメリカの輝き)という雑誌に投稿したところ、これが大評判となる。コミックは順調に売れ、雑誌などにも注目される。ハービー本人もそれなりの人気が出て、有名人のはしくれとなる。

ところが、それらによって彼の人生は華やかに開けていくかと思いきや、身の回りの生活は何も変わらない。相変わらず、病院の文書係だし古いレコードやガラクタにまみれたアパートの部屋も変わった様子は無い。このあたりがこの物語の面白いところ。

それどころか、病院の仕事の最中も漫画の締め切りに追われ、コミックが縁で結婚したジョイス(ホープ・デイヴィス)とは同居直後から意見がかみ合わずにケンカ続き。彼女は、ハービーの漫画に理解を示さず、家では寝てばかりで仕事もしない。

彼の人生は、どうも良い方向には向かっていないらしい。いや、起死回生の一発を放ったにも関わらず、間違いなく悪い方向に向かっている。

高校時代の女友達と再会した彼が、ドライサーの”ジェニー・ゲルハート”(字幕では”ジェニーの一生”となっているが、これはジェニー・ゲルハート原作による映画作品名)の話題で、「自然主義の文学みたいなやりきれない悲惨な終わり方は嫌だ」と話していたが、彼の人生こそまさに自然主義的なのではなかろうか。要は何をしようが事態は決してよくはならないし、むしろじりじりと悪くなっていく。

その後もコミックは売れ、彼は人気コメディショーに出演するようになるが、やはり彼の生活は良くならない。どころか、いよいよ最悪の状況になっていく。依然としてジョイスとはすれ違い気味で、社会貢献活動に目覚めた彼女は家を留守がちになる。いつもジョイスに対してイライラが絶えないハービーだが、意外や彼は猛烈に寂しがる。愛に目覚めてジョイスとの関係は上向きになるのか。ちらりと期待を持たせるが、あろうことか彼女が不在中にハービーはガンであることが発覚。長い闘病生活に入る。

ジョイスは、ハービーに闘病生活をコミックにするように薦め、ハービーがしり込みすると自ら作画家を連れてきて、原作を書き始める。しばし、いがみ合いも忘れ三人の共同作業が続く。そして、ハービーは過酷な化学療法を乗り越えてガンを克服する。

ラストシーンで、町を歩くハービーは、その途中でジアマッティから年をとった本人に代わり、自分の人生について語る。結局その後もジョイスとの関係は好転せず(かといって悪化もしないが)、作画家の娘を引き取り養女にするが、彼女は注意力欠如障害。自ら曰く「大混乱の人生だ」。

しかし、作品を通して自分の人生を振り返るハービー・ピーカー(本人)に、人生を悔やむ気持ちは無い様子。逆に満足感のようなものが滲み出している。結局、人生の成功とかは意外に日常的なところにあるのかも知れないねというらしい。

しがない暮らしをしていた男が、コミックスで当てて大成功というと、いわゆるアメリカン・ドリームだけれども、その言葉から連想される金持ちとか権力とか、そういう物質的な側面が無くても十分に幸せになれるということらしい。

「結局人間は死ぬが、それまでに生きた証を2,3残したいものだ」とは、ハービーの最後の言葉。そこのところで納得できたものは、どんな生活を送ったとしても人生に満足できる。観ると少しだけ肩の力が抜ける映画。★★★★☆



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#0064『301,302』パク・チョルス監督 1995年韓国

<strong>301302</strong>
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監督:パク・チョルス
製作:パク・チョルス
脚本:イ・スォグン
撮影:イ・ウンギル
出演:パン・ウンジン
    ファン・シネ
    パク・ヨンノク


ネタバレ注意!ストーリーを知りたくない方は読まないで下さい。


韓流(もうこの言い方もあんまり聞かない?)というと、二枚目の俳優さんたちが出てきて、あまーいラブストーリーを展開というイメージが(私には)あるのですが、韓国映画には人間のグロテスクな部分をドロドロに描いたエグイ作品もけっこうあるんですよね。これもその一本。この作品を観た時点では、主演女優二人に関する知識が無かったのですが、ファン・シネはダイエットの世界でも有名で、いまだにカリスマ的な人気を保っており、一本のパン・ウンジンは映画監督としても活躍しているようです。この作品DVDを手放してしまって再見できないんですが、もう一度見たいなぁ。

以下は、”カルトでも、インディーズでも、アートでも(C.I.A)"からの転載です。


過食症のソンヒ(301号室)と拒食症のユニ(302号室)。二人ともに心を病んでいる。それぞれつらい過去があるのだが、その経緯についてはパン・ウンジン/ファン・シネ両女優の鬼気迫る演技が見事。

パン・ウンジン演じるソンヒは幸せに結婚するが、次第に夫とすれ違い始める。夫の愛をおいしい食事を作ることでつなぎとめようとするソンヒ。しかし、それすら疎まれたとき、ソンヒは食べてもらえなかった料理をがつがつと食べ始める。過食に陥る瞬間の彼女の演技はあまりに悲しくて息を呑む。

一方、ユニ(ファン・シネ)は、母が再婚した肉屋の義父に犯され続けて心を病んでいくが、拒食に至った経緯は明らかにされていない。が、裸のユニが義父に後ろから抱えられて、無理やりがっがっと包丁で何かを切り刻んでいるシーンが何回も登場する。

・・・・なにを・・・・刻んでるんだろう?

精肉作業を無理やり手伝わされているのかと思ったがいかにも不自然だ。性的に虐待している娘に仕事の手伝いをさせているシーンというのも意味がない。彼女のトラウマを象徴するのは間違いなくこのシーンのようだから、これがユニの拒食と関係していなければならない。

そういえば、、義父の肉屋でふざけて冷凍庫に隠れ、凍死してしまう女の子がいた。この女の子の事故死後の経緯が語られていないが、事故が発覚したような気配もない。そうすると、ユニが刻んでいたのは・・?刻んだあとは・・どうした・・・?

ユニの水しか受け付けないほど深刻な拒食の原因は、なにかとんでもないものを食べてしまったからではないのか?

そう考えて見ると、ユニの経験した地獄はソンヒのそれをはるかに上回り、支配しようとしたソンヒがやがてユニに主導権を奪われていくのは必然だったのではないかと思える。

ユニの最後の陶酔の表情は、地獄のような罪の意識から開放される喜び。この映画の結末にはおぞましいくらいの説得力がある。★★★★☆
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301/302 (Sub Dol)
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#0063『ビッグ・リボウスキ』ジョエル・コーエン監督 1998年アメリカ

ビッグ・リボウスキ
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監督ジョエル・コーエン
製作:イーサン・コーエン
製作総指揮:ティム・ビーヴァン/エリック・フェルナー
脚本:イーサン・コーエン/ジョエル・コーエン
撮影:ロジャー・ディーキンス
音楽:カーター・バーウェル
出演:ジェフ・ブリッジス/ジョン・グッドマン/ジュリアン・ムーア
    スティーヴ・ブシェミ/ピーター・ストーメア/サム・エリオット
    ジョン・タートゥーロ/デヴィッド・ハドルストン/ベン・ギャザラ
    リチャード・ガント/フィリップ・シーモア・ホフマン
    エイミー・マン/デヴィッド・シューリス

コーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』は、なんともいえない不思議な雰囲気のある映画。

むさくるしいオヤジばかり出てくるのが、画的に強烈なインパクトがある。長髪がむさくるしい主人公デュード(ジェフ・ブリッジス)は見事なオヤジっぷりだが、ボウリング仲間のウォルター(ジョン・グッドマン)はもっとすごい。角刈り・四角い顔・ひげ面・サングラスに巨体に出っ張った腹。チョッキに半ズボン・・。この二人のツーショットなんか匂ってくるくらいオヤジ臭い。その他、妙に挙動がなまめかしいダンス好きの大家から男色のボウラージーザスまで、映画中がけったいなオヤジで溢れかえっている。

個人的に映画には美しい女優さんを求める方なので、最初は画面を見ていてむせそうになったが、このオヤジたち、ストーリーが進むにつれて不愉快でなくなってくるところが興味深い。それぞれのオヤジたちがみな一癖も二癖もあってキャラが見事に立っているということもあるのだが、なにより彼らがストーリーの中に見事に納まっていて実におもしろい。

デュード(本名リボウスキ)は、同姓の大金持ちビッグ・リボウスキと間違えられたことがきっかけで、誘拐された夫人の身代金配達係となる。

なんとか身代金を運ぼうとするデュードと、何がなんでも協力しようとするウォルターの会話は絶対にかみ合わない。あれこれやりあっているうちにいつの間にか強引なウォルターに主導権をとられるが、その行動の結果は必ず事態をめちゃくちゃにする。二人のコンビは喧嘩して仲たがいもするのだが、ボウリングの練習だけは休まず一緒にやり、また仲が良くなる。

この二人組みが何かやるたびに状況はどんどん悪くなるのだが、そこにいろいろな人物の思惑がからみ、結局デュードとウォルターはなんの役にも立っていないのにいつの間にか事件は一件落着していく。

コーエン兄弟の作品は他に2本ほどしか見たことがないのだが、極めて濃いキャラが、からみの間を絶妙にはずしていくうまさは神業。ストーリー運びの面白さは抜群。また別の作品が見たくなった。★★★★☆

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#0062『趣味の問題』ベルナール・ラップ監督 2000年フランス

趣味の問題
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監督:ベルナール・ラップ
原作:フィリップ・バラン
脚本:ベルナール・ラップ/ジル・トーラン
撮影:ジェラール・ド・バティスタ
美術:フランソワ・コメ
衣装:マルティーヌ・ラバン
音楽:ジャン=フィリップ・グード
出演:ジャン=ピエール・ロリ/ベルナール・ジロドー
    フロランス・トマサン/シャルル・ベルリング
    アルチュス・ドゥ・パンゲルン/ジャン=ピエール・レオ

ネタバレです。

フランスコニャック国際ミステリー映画祭グランプリ批評家賞(2000年)というのを獲得したらしい。その影響なのか、サスペンスとして売られているようだ。しかし、この映画はサスペンス映画ではない。

鋭い味覚を持つ青年ニコラ(ジャン・ピエール・ロリ)は、バイト先のレストランで化粧品会社の経営者フレデリック(ベルナール・ジロドー)と出会う。初登場シーンのジロドーは、ニコラを見つめる猛禽類のような目がものすごく印象的。ここから二人の運命は破滅に向かって突き進み始める。

フレデリックに気に入られて彼の”味見役”となったニコラ。若者5人で共同生活する貧乏な境遇から一転、豪華なアパートに住み、高価なスーツを着て、常にフレデリックと行動を共にするようになる。

フレデリックは、ニコラに彼と同じ食べ物の好みを持たせようとする。研修と称してニコラを隔離し、数日にわたる絶食の後に嘔吐剤を混ぜた魚介類をたらふく食べさせる。強烈な嘔吐に襲われたニコラは、フレデリックと同じように魚介類が食べられなくなる。

フレデリックはニコラにさらなる”同調”を求める。すべてにおいて自分と同じ感じ方を求めるフレデリック。ニコラもときに反発しながらもフレデリックの魅力に惹かれ、彼の要求に応えようとする。求めるフレデリックにも、応えるニコラにも徐々に狂気がにじみ始める。

こう書くとサスペンスぽいのは確かだが、この作品の本質はサスペンスではない。この映画は純愛物語なのだ。ただし、その愛は極めていびつである。

男同士の愛だからいびつなのではない。フレデリックの毛ほどの妥協もなく”完全なる同調”を求める愛の姿がいびつなのである。

同じ人間ではないのだから”完全なる同調”など絶対にありえない。この世の中に同じ感性を持つ人間は二人いない。フレデリックもそれはわかっていたはずで、だからこそ彼は結婚もせず恋人もおらず仕事だけに心を向けてその才能を発揮してきた。

しかし、フレデリックはニコラと出会ってしまったのだ。一番悲劇的なのは、ニコラがフレデリックの際限のない要求に応えることのできる鋭敏な感性を持っていたことだ。

鋭い剃刀の刃を渡るような、ほんのわずかな”ぶれ”も許されないフレデリックの愛の対象となったニコラ。彼もまたフレデリックを愛し始める。しかし、二人が別の人間である限り、やはりこの愛は成就しえないのだ。彼らが本気で愛し合うほど、わずかな”ぶれ”は必ず起きる。そして、やはりフレデリックにはそれが我慢できない。

この世では絶対に成就し得ない愛を求めたフレデリックと、絶対に不可能なのにそれに応えようとしたニコラ。やつれ果てた二人が再会するシーンは壮絶である。こんな究極のいびつな愛に残された道なんてひとつしかないではないか。バスタブにつかったフレデリックの微笑みはついに求めた愛を手に入れることができる幸せな男の微笑みであったのだ。★★★★☆

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#0061『ディーバ』ジャン・ジャック・ベネックス監督 1981年フランス

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#0060『ガッジョ・ディーロ』トニー・ガトリフ監督 1997年フランス

ガッジョ・ディーロ

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監督:トニー・ガトリフ
製作:ドル・ミトラン
脚本:トニー・ガトリフ
撮影:エリック・ギシャール
美術:ブリジット・ブラサール
音楽:トニー・ガトリフ
出演:ロマン・デュリス
    ローナ・ハートナー
    イシドア・セルバン

亡き父が一目会いたがっていた歌手ノラ・ミカを探し求めて、ジプシーの村にたどり着いたフランス人青年ステファン(ロマン・デュリス)。笑顔が良い。実に屈託なく笑うし、笑い声が人懐こい。その人懐こさが幸いしたのか、よそ者に対して警戒心の強いジプシーの村になんとなく居ついてしまう。村の老人イシドール(イシドール・セルバン)は、ステファンがすっかり気に入ってしまい、出発しようとする彼を追いかけてわざわざ連れ戻してしまうほど。全く言葉の通じないステファン、村で唯一フランス語がわかる変わり者の娘サビーナ(ローナ・ハートナー)が通訳することになった。

ストーリーはこの後、ステファンのノラ・ミカ探しをジプシーたちが手伝ったり、イシドールとの交流があったり、サビーナとの恋愛があったり、イシドールの不法逮捕された息子が戻ってきて大事件を起こしたりいろいろなエピソードが語られる。

そうしたもろもろの出来事を通して22歳のステファンが成長していく姿を描いたとトニー・ガトリフ監督は語っている。

が、個人的には彼の成長物語よりも、ジプシーたちのとっても”濃い"人間関係が印象に残った。差別を受けながら暮らしている彼らは、自分たちの身を守るためなのかもしれないが、誰もが人とのふれあいを必要としているように見える。そして、うれしいことがあっても悲しいことがあっても歌い、踊り、酒を飲む。

ジプシーたちがみんな一緒に喜び、みんな一緒に悲しむ姿をずっと見ていると、なんとなく気持ちが良くなってくるんだな。今の世の中にこんな人間関係はなかなかない。民族差別問題とかジプシーの生活水準の問題とかこうあるべきだとかそういう話も重要ではあるが、ともかくまずこの映画から伝わってくるのは、自分たちの日常には存在し難いコンデンスミルクみたいに濃厚な人々の交わり方のあたたかさ。見ているとうらやましくなってくるのだな。

この映画の出演者は、主演二人以外は全部ロケ地の村の本物のジプシーたち。老人イシドールは一度見たら絶対忘れられない強烈なキャラクターだが、これも素人さんの素だというから驚き。もっと驚くのは、その中で二人だけのプロ役者ロマン・デュリスとローナ・ハートナーがまったく違和感なく溶け込んでいることだ。

プロの役者だから当然という見方もあるだろうが、あまりに自然な溶け込み方を見ると、全員で泣き笑い、歌い踊るジプシーたちの人間関係が実は人にとって一番自然な姿なんじゃないかと思えてきたりもする。

ロマン・デュリスもローナ・ハートナーもすごくいい顔で笑う。ラストシーンのローナの笑顔なんか、見たら絶対惚れるよ。いや、惚れるって。この映画は出会えて良かった。★★★★★

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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

#0059『魔人ドラキュラ』トッド・ブラウニング監督 1931年アメリカ

Bela Lugosi
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監督:トッド・ブラウニング
製作:カール・レムリ・Jr
原作:ブラム・ストーカー
脚本:ギャレット・フォート
撮影:カール・フロイント
出演:ベラ・ルゴシ/ヘレン・チャンドラー
    デヴィッド・マナーズ/エドワード・ヴァン・スローン
    ドワイト・フライ

<作品関連情報>
    ⇒IMDb(英語)

以前記事をアップした『吸血鬼ノスフェラトゥ』と同じブラム・ストーカー原作の映画化。名優ベラ・ルゴシのドラキュラ伯爵がヴァンパイアのイメージを決定付けました。

モンスター映画はなにが怖いのだろうと改めて考えてみました。映画自体の世界観やそれを体現する美術や音楽は別とするとこんな感じでしょうか。

(1)モンスターそのものの怖さ
   ・モンスターの造形(姿形と性格)のおどろおどろしさ、生態、誕生の背景など
(2)モンスターの行動の怖さ
   ・人を襲う、ものを破壊するなどの方法と残酷さなど
(3)モンスターの行動が人間社会に与える影響の怖さ
   ・社会的不安、パニック、疑心暗鬼など

この視点で、『吸血鬼ノスフェラトゥ』と『魔人ドラキュラ』を見てみると、同じ原作ながら映画としての味付けが異なっているようです。

両作品とも(1)のモンスターそのものには当然工夫を凝らしており、マックス・シュレックが演じたノスフェラトゥもベラ・ルゴシのドラキュラ伯爵も甲乙つけ難し。ヴァンパイアの造形としては、長くベラ・ルゴシの演じた貴族的な容姿が定着したわけですが、ノスフェラトゥの例の姿も一度見たら忘れられません。

しかし、(2)と(3)については両作品でウェイトが違い、『吸血鬼ノスフェラトゥ』は(3)、『魔人ドラキュラ』は(2)を中心に描かれているようですね。ノスフェラトゥが直接人を襲うシーンはほとんどなく、人を襲う怪物の怖さというよりも、ノスフェラトゥが現れたことにより広がる社会不安のようなものが不気味に伝わってくる映画でした。彼が上陸したブレーメンの町では、ペストの蔓延(吸血鬼はペストの病原だと考えられていた)と吸血の被害で街が壊滅するほどの死者を出しますが、これも個々にノスフェラトゥが人を襲う直接描写はなく、行列になって棺桶が進んでいくショットで町全体の不安感を描写しています。こういう不安感が現実社会で蔓延していた時代の不安とシンクロしたところが表現主義の名作といわれる所以でもあります。

一方の『魔人ドラキュラ』の重点はまさに(2)の主人公たちを襲うドラキュラ伯爵の怖さ。貴族然とした身なりのよさと慇懃で詩を吟ずるようなしゃべり方。その高貴な風貌とは裏腹に、獣に姿を変え、人の心を操り、どこにでも侵入し、生血をすすることで人間を僕としてしまう。いくら警戒しても狙った獲物の枕元に忍び込んでくるドラキュラを防ぐ手立てはない。たびたび登場する目元に照明を当てたドラキュラ伯爵のアップが非常に良く効いていてます。この時代の映像の限界か、直接吸血鬼が獲物を噛み吸血するシーンはありませんが、それでも度々ヒロインのミーナを襲うシーンは十分の怖さを感じさせてくれます。

また、本作ではモンスターの悪逆非道に焦点を立てていることから、『吸血鬼ノスフェラトゥ』にはなかった、対抗役の重要なキャラクターが登場します。ドラキュラの永遠の宿敵であり、ヴァンパイア・ハンターとして有名なヴァン・ヘルシング教授。最近では、インディー・ジョーンズのようなアクション派ヘルシングもありましたが、ここでは当然白髪の老教授。ヘルシング役者として有名なピーター・カッシングはまだ登場しませんが、演じたエドワード・ヴァン・スローンもなかなかの趣。ビン底眼鏡に訛った英語がドンくさい感じですが、実は非常に頭脳明晰。次々ドラキュラ伯爵を追い詰めていく展開は痛快。

モンスター映画は四半世紀前から作られて、ドラキュラもその後どんどん新作が発表されていきます。しかし、ドラキュラの造形((1)の部分)はすでに世の中的に定着しているわけですから、(2)で勝負する限りは、いかに人を襲うかそのショッキング度合いを競うしかないわけですよね。実際、新作が出来るたびに、この映画のドラキュラ伯爵には無かった牙が生え、描写されなかった吸血シーンがスクリーンにのるようになり、鮮血がほとばしり、首は飛ぶわ、何するわ・・・。

結局シリーズ化されるといずれ完全に行き詰るというのはモンスター映画の宿命ではないかと思うわけですが、それはまた後々のことで、元祖のこの作品は面白かった。あの『フリークス』を撮ったトッド・ブラウニング監督さすがの一本でした。★★★★☆

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#0058『大脱走』ジョン・スタージェス監督 1963年アメリカ

大脱走
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監督・製作:ジョン・スタージェス
原作:ポール・ブリックヒル
脚本:ジェームズ・クラヴェル/W・R・バーネット
撮影:ダニエル・ファップ
編集:フェリス・ウェブスター
音楽:エルマー・バーンスタイン    
出演:スティーヴ・マックィーン/ジェームズ・ガーナー
    リチャード・アッテンボロー/ジェームズ・コバーン
    チャールズ・ブロンソン/デヴィッド・マッカラム
    ハンネス・メッセマー/ドナルド・プレザンス
    トム・アダムス/ジェームズ・ドナルド
    ジョン・レイトン/ゴードン・ジャクソン
    ナイジェル・ストック/アンガス・レニー
    ロバート・グラフ/ジャド・テイラー

詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレですよ

もう、『大脱走』については、いまさら何にも言うことはないでしょうねぇ。★★★★★
でも、ちょっとだけいいですか・笑

エルマー・バーンスタインのテーマ曲が響いてくるだけで大興奮でしょう。脱出不可能なドイツ軍の刑務所から、なんと250人を同時脱出させようという大プロジェクト。

こういう映画は、前半で着々と準備が行われて後半で目的達成に向けて一気に集中というのがパターンですね。同じくスタージェス監督の『荒野の七人』でもそうでしたが、前半の準備段階が意外と面白い。というか、前半の準備プロセスが丹念に練りこまれているほど、後半のアクションが生きてくるということになります。クルーゾー監督の『恐怖の報酬』などもちょっと違いますが同じようなタイプと言って良いかもしれませんね。

さて、『大脱走』の前半部分は、丹念どころではありません。映画が始まってからトンネルを抜けて脱走するシーンまでなんと1時間50分以上。映画一本分の時間をかけて脱走準備を描きこみます。

トンネルキング、偽造屋、調達屋などその道のプロフェッショナルの活躍や、一糸乱れぬ連携プレーで敵の目を欺く工夫がサスペンスを引き出し、そこにマックィーン扮する脱走常習犯ヒルツのヒーロー的キャラクタが加わり、前半だけでも十分そこらの映画をしのぐ面白さを味わうことができます。

しかし、この”大脱走計画”は”大失敗”ですから後半は大変ですね。本来前半で準備に準備を重ねたプロジェクトが成功に向かって走り出すところ、この映画の場合はトンネルが短かった時点ですでに失敗決定。あとは、敗戦処理です。なので、あっちでもこっちでも志半ばで倒れていく仲間達の姿を目撃することになります。

そもそも、捕虜が脱走するのは敵軍の後方かく乱というひとつの任務ということからすると、多くの仲間達が命を賭けてその使命を果たしたということにはなります。最後に司令官が”この脱走に価値はあったか”と聞かれて、”考え方次第だ”と答えるのがむなしくて悲しい。

しかし、捕らえられ戻ってきたヒルツ(マックイーン)がわずかな会話で仲間の死を悟った後、独房で壁相手にキャッチボールをはじめるラストシーン。むなしさを乗り越えてすでに次への挑戦の意志を固めている、不屈の闘志を余韻とした幕切れはさすが名作。見事なラストシーンを見せてくれました。やっぱり何回観ても素晴らしい名作であります。

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大脱走
大脱走ポール・ブリックヒル ジョン・スタージェス スティーブ・マックイーン

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テーマ : クラシック映画
ジャンル : 映画

まさに“不都合な真実”!アル・ゴア氏長男、大麻所持で逮捕

【まさに“不都合な真実”!アル・ゴア氏長男、大麻所持で逮捕(eiga.com 7/6)】よりにほんブログ村 映画ブログへ

>なお、(麻薬所持で)逮捕されるまで同容疑者が快適に運転していた車は、地球にやさしいハイブリッドカー、トヨタのプリウスだった。

大笑いしてしまいました。

<関連記事>
『不都合な真実』公式サイト ⇒ こちら

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#0057『真昼の決闘』フレッド・ジンネマン監督 1952年アメリカ

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#0056『見知らぬ乗客』アルフレッド・ヒッチコック監督 1951年アメリカ 

見知らぬ乗客
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監督: アルフレッド・ヒッチコック
原作: パトリシア・ハイスミス
脚本: レイモンド・チャンドラー/チェンツイ・オルモンド
撮影: ロバート・バークス
音楽: ディミトリ・ティオムキン
出演: ファーリー・グレンジャー/ロバート・ウォーカー
    ルース・ローマン/レオ・G・キャロル
    パトリシア・ヒッチコック/ローラ・エリオット
    マリオン・ローン /ジョナサン・ヘイル

”オールド・ムービー・パラダイス!”からの転載記事です。

ニューヨークへ向かう列車の中で出会ったガイ・ヘインズとブルーノ・アントニー。テニス・プレイヤーのガイは身持ちの悪い妻と別れて上院議員の娘アンと再婚しようとしているがうまくいかない。そんなガイのゴシップを知っていたブルーノは列車の中でガイに交換殺人を提案する。冗談だと思い軽くあしらって列車を降りたガイだが、ブルーノは本当にガイの妻を殺害し、ガイに約束の履行を要求する・・・。

1946年の”汚名”以降、4作品(”バラダイン夫人”、”ロープ”、”山羊座のもとで”、”舞台恐怖症”で興行的に失敗したヒッチコックの起死回生の一作。かなり周到に製作されたようで、出だしとラストシーンが異なる二つのバージョンを用意してアメリカとイギリスで公開しています。TUTAYAでレンタルしてきたDVDには両バージョンとも収録されており、アメリカ版のみに収録された有名な「聖職者のオチ」も見ることができました。

一方的に交換殺人を実行する狂った男と何とか逃れたい主人公。よく出来たストーリーの作品ですが、原作はパトリシア・ハイスミス。脚本はレイモンド・チャンドラー(”三つ数えろ”)とチェンツイ・オルモンドの二人がクレジットされていますが、実際はチャンドラーとヒッチコックの協働がうまくいかず途中からオルモンドに交代したようです。実は、最初ヒッチコックは脚本をダシール・ハメット(”マルタの鷹”)に依頼しようとしたらしいのですが、ハメットの秘書のスケジュールミスにより実現しなかったというエピソードが残っています。ミステリファンには実に豪華なシナリオ陣でため息が出るばかりです。

なんといっても不気味でかつ印象的なのは、狂人ブルーノを演じたロバート・ウォーカーの怪演。ガイの妻を殺害した後、約束の履行を迫って徐々にガイの人間関係の中に入り込んでくる様が、不気味な挙動を通して実に恐ろしく描かれています。有名なテニス観客席で一人だけボールを追わずじっとガイを見つめているブルーノの姿。久しぶりに見ましたがやっぱり怖いです。(下記リンクの予告編で見ることができます)

狂人ブルーノの目元が妙に優しげというか、涼しげというか、そこが異常な行動とのアンバランスで不気味さを増しているように思えるのですが、”澄んだ瞳の狂人”って他のヒッチコック作品にもいたような気がして思い出せないんですよね。”白い恐怖”のグレゴリー・ペック? うーん・・。ちょっと今まで見てきたヒッチコック映画で思い当たるものを見返してみようかと思います。

このブルーノ役のロバート・ウォーカーが妙に気になって、調べてみたのですがジェニファー・ジョーンズ(終着駅、慕情など)の元夫だったのですね。ジェニファーが有名になるにつれて夫婦仲はうまくいかなくなり離婚。彼女との間にもうけた二人の息子も俳優になったものの大成はしなかったようです。ロバート・ウォーカー自身もかなり情緒不安定だったようで、本作が撮られたまさに1951年に睡眠薬の過剰摂取により急逝しています。

”疑惑の影(1942)”
のジョセフ・コットン、”汚名(1946)”のクロード・レインズ、そして”見知らぬ乗客”のロバート・ウォーカーの三人がヒッチコック映画の悪役ベスト3とトリュフォーは評価していますが、その中でも異常さにおいてはロバート・ウォーカーがダントツ。名優による上質のサイコ・サスペンスを十分愉しむことができました。★★★★★

予告編はこちら

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#0055『フランケンシュタイン』ジェームズ・ホエール監督 1931年アメリカ

フランケンシュタイン
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監督:ジェームズ・ホエール
製作:カール・レムリ・Jr
原作:メアリー・シェリー
脚本:ギャレット・フォート/フランシス・エドワード・ファラゴー/ロバート・フローリー
撮影:アーサー・エディソン
出演:ボリス・カーロフ/コリン・クライヴ
    メエ・クラーク/ジョン・ボールズ
    エドワード・ヴァン・スローン/ドワイト・フライ
    フレデリック・カー/ライオネル・ベルモア
    フランシス・フォード

ネタバレですよ

大学から姿を消し、死体をつなぎ合わせた怪物に命を与える研究に没頭するフランケンシュタイン博士(コリン・クライブ)。あとは脳を手に入れるばかりとなったが、間抜けな助手フリッツ(ドワイト・フライ)は手違いで凶悪な犯罪者の脳を持ち帰る。完成した怪物は、雷の電気を応用した蘇生装置により命を吹き込まれる。しかし、怪物はフリッツとフランケンシュタインの恩師ワルドマン博士を殺害して逃亡。

フランケンシュタインとエリザベスの結婚式の日、森をさまよう怪物は小さな女の子と知り合うがこれを殺してしまい、逃亡しつつ披露宴最中のフランケンシュタイン家に迷い込む。エリザベスも怪物に襲われ、市長は討伐隊を結成し怪物を追う。山中で怪物と遭遇したフランケンシュタインは、怪物により風車小屋に連れ去られ、格闘の末小屋上部から転落。怒った市民たちは風車小屋に火を放ち、怪物は炎の中で息絶える。

ということで、メアリー・シェリーの原作を大幅に省略し、主に人造人間製作というショッキングさと怪物退治に重点を置いた作品となりました。最期の炎に包まれる怪物の姿に、若干の哀愁は漂うものの、原作が好きな人にとっては少し物足りないはず。

映画では怪物は生まれる前から悪と定められています。フリッツが盗んだ凶悪犯罪者の脳は、「普通のものとは物理的に異なっている(前頭葉の皺がすくないとか・・・)」とされていますので、怪物の悪性は物理的に決まっているわけです。原作の怪物は、人間に恐れられ、世間に居場所のない自分に悩みぬいた挙句、人間からの過酷な仕打ちを恨み残虐な怪物となります。悪は環境によって悪となるという社会真理を漂わせる原作と比較して、怪物の素性というところからしてずいぶんと深みがありません。

さらに、凶悪犯罪者の脳を持つはずの怪物は、結局言葉もしゃべれず、理論的な判断力も持ち合わせなかったようで、明らかな悪意に基づく行為はほとんどしていないと言えます。助手フリッツを殺したのはたいまつやむちで虐待された恐れから。一緒に花を水に浮かべて遊んだ女の子は、あまりにもかわいかったので、かわいい花と同じように水に浮かぶと思って湖に投げ込んでしまった。これも、原作の怪物が独学でフランケンシュタインを論破するほどの知性を手に入れ、周到にフランケンシュタインに復讐していったのとは対照的でした。

また、フランケンシュタインの方も、死体蘇生に取り付かれるようになった背景などは一切省かれています。自らの手で生み出した命である怪物を忌み嫌い、一片の愛情を注ぐこともなく迫害するフランケンシュタインは、決して許されない罪を犯していると言えますが、そのことに対する彼の葛藤や報いなども描かれませんでした。

そういうことで、原作と比較してしまうといろいろと文句を言いたくなってしまう作品ですが、そもそもそんなことは野暮なことかもしれません。この映画の最大の功績は怪物の造形を世の中に定着させたことにあります。「フランケンシュタイン」は、それまでも舞台で演じられていましたが、怪物には決まった姿形は無かったようです。ボリス・カーロフの演じる張り出した額に生気のない目、つぎはぎの顔に首のボルト。黒いシャツにボタンをしめた上着姿。一度見てしまったら、これ以外の怪物像は思い浮かばなくなるくらい。芸術!。表現主義的な暗い不気味な世界観の中でその怪物が咆え、暴れ、人を襲うのですから、それだけで当時の観客を恐怖させるには十分だったことだろうと思います。純粋に視覚的ホラー映画として眺めるとその良し悪し判断もずいぶん変わってきますね。(ちなみに、1994年のケネス・ブラナー監督・ロバート・デ・ニーロ主演の『フランケンシュタイン』は、かなり原作に忠実なストーリー)。

そもそも、怪物役は『魔人ドラキュラ』で成功したベラ・ルゴシにオファーされましたが、台詞も無く醜い容貌のキャラクターを嫌ったルゴシがそれを断り、ボリス・カーロフが演ずることになりました。が、フランケンシュタインシリーズのヒットでカーロフはルゴシよりもモンスター役者として格上の評価を得たとのこと。人生どう転ぶか分りません。★★★☆☆

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#0054『暗黒外の弾痕』フリッツ・ラング監督 1937年アメリカ

暗黒街の弾痕

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監督:フリッツ・ラング
製作:ウォルター・ウェンジャー
原作・脚本:ジーン・タウン/グレアム・ベイカー
撮影:レオン・シャムロイ
音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:ヘンリー・フォンダ/シルヴィア・シドニー
   ウィリアム・ガーガン/バートン・マクレーン
   ジーン・ディクソン/ジェローム・コーワン
   マーガレット・ハミルトン/ウォード・ボンド
   グイン・ウィリアムズ/ジャック・カーソン

詳しい作品情報はこちら
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレ注意!ラストまで語ってますので、知りたくない人は読まないでください。

フリッツ・ラングがナチスの台頭を嫌って渡米したのは1934年。『激怒』に続くハリウッド二本目の作品がこの『暗黒外の弾痕』。戦前戦後の暗い世相をヨーロッパ出身の監督がハリウッドに持ち込んだことがフィルム・ノワールというジャンルが生まれたきっかけと言われていますが、フリッツ・ラングはまさにその中心人物。それなのに、これまであんまり面白い作品観てなかったんですよ!

これまでこの”オールド・ムービー・パラダイス!”では、『復讐は俺に任せろ』('53)『仕組まれた罠』('54)という二本のラング作品について感想をアップしましたが、どちらも★3つ。可もなく不可もなし。『仕組まれた罠』では、グロリア・グレアムという今まで知らなかった魅力的な女優を発見し、ブロデリック・クロフォードの駄目になっていく人間の演技も良かったのですが、映画全体としてはこじんまりとした感じ。『復讐は俺に任せろ』も同様でした。なんかこう、キューってくる感動とか、おお!という驚きとか、感情の振幅を広げてくれないんですよね。整ってるけど。さて、この作品はどうでしょう。

強盗常習犯で服役中のエディ(暗いぞ!ヘンリー・フォンダ)は、晴れて釈放となり弁護士事務所で働く婚約者ジョー(シルヴィア・シドニー)と結婚。意気揚々と新婚旅行に向かうが、前科者であるという理由で旅先の宿から追い出されてしまう。その後、彼は運送屋でトラック運転手として働き始めるが、二人で新居を物色していて仕事が遅れ、一方的に解雇される。何度も謝罪するが許されず、逆上した彼は上司を殴り倒して出ていく。そうと知らないジョーは、まだ前金しか払っていない新居に移り住み、いそいそと新婚生活の準備を始める。週末までに残金を払わなければいけないエディは、またしても悪の道に誘惑されはじめる。やがて起きた凶悪な銀行強盗、ジョーのもとに逃れてきたエディは、犯人は自分ではないと主張する。ジョーは、無実ならば自首するべきだと説得し、彼は裁判を受けるのだが、ここでも前科のあることが災いし死刑を宣告されてしまう。。。

物語後半は刑務所を脱走したエディとジョーの逃避行になるのですが、二人の姿に目頭が熱くなるんだなぁ。前科者エディに対する世間の目はどこまでも冷たくて、疑心暗鬼から助かるチャンスもフイにし、逃避行を続けるうちにやってもいない罪まで彼らのせいにされ、もうどこにもエディの行くべき道はない。彼らに押し入られたガソリンスタンドの店員が盗られてもいない現金を被害申告するときのうすら笑い。エディに対する世間の冷たさが凝縮されています。ワン・ショットを実にたくみに語らせます。ヘンリー・フォンダの異様に暗い表情(目線が特に暗い)、登場シーンからいきなり暗いオーラを放っていましたが、後半になるとその異常なくらいの暗さがまさにぴったりのストーリー展開になってきます。

そして、ジョー。シルヴィア・シドニー。一度は彼女のせいでどん底に落ちてしまったエディを二度と見捨てないと誓った彼女は、とことん彼と一緒にいようとします。身重なのに、車の中には雨風が吹き込む・・・泣。どことも知れない朽ち果てた炭焼き小屋で子どもを生み、ボロ毛布に包まって・・・。エディが彼女にできることは野に咲く花を摘んで小さな花束を作ることくらいしかない。それでも、ジョーはエディに微笑みかけます。生まれたばかりの赤ん坊にも微笑みかけます。なんてやさしくて、幸せそうで、いい笑顔なんだ・・・大泣。幸せだった頃の屈託のない笑顔も良いが、後半の彼女の笑顔は女神の笑顔ですな。もう人のものではない。

シルヴィア・シドニーはヒッチコックの『サボタージュ』(前年の'36)で観かけて以来。その時は「え?子ども?」って感じでユニークな(変な)女優という印象だったのですが、この作品では、無邪気で世間知らずなお嬢さんから一人の男をとことん愛し抜く女神のような女への変貌を見事に演じています。ファンになってしまいましたあ。こっち向いて笑ってほしい!(ちなみに、前半の舌足らずなしゃべり方もマニアックに良いが・・。)

映画の後半になると、もう二人の運命は容易に想像することが出来ます。この流れは『俺たちに明日はない』につながっていくんだろうなぁ・・・と思っていたら、このストーリー自体がボニー&クライドの事件を下敷きにしてるんですか?ほんとに?うーん、さもありなん。うまく逃げおおせたかに見えた二人は、ジョーの何気ない行動(ああ、またしても運命が・・・)が元で一気に破滅へと向かいます。この時のタバコ屋の看板の見せ方が面白い。バリケードを突破して、二人とも警官にマシンガンで撃たれているのに、お互い相手を心配させまいと撃たれたことを言わない・・・・。ここに来て、ついに涙あふれましたよ。このラストシーンは、『俺たちに明日はない』のショッキングなラストよりもジーンと内側から響いてきますね。神父の声もまた良い。

フィルム・ノワールは、1941年の『マルタの鷹』が始まりと言われているので、37年のこの作品は含めないのかもしれませんが、まあ、そんな細かい話はどうでも良い。刑務所の霧とサーチライトのイメージやヘンリー・フォンダの暗さとどんどん追い詰められていく閉塞感、ラストシーンのむなしさなどは間違いなくノワールの香り。その後の作品に大きく影響していることはまちがいないでしょう。しかも、これまで観てきた中でも1・2を争う素晴らしさでありました。

前回、『消された証人』がコケたおかげで思わず良い作品にめぐり合って良かった。ありがとうジンジャー・ロジャース!大満足しましたので1940・50年代フィルム・ノワール特集はいったん終了にしたいと思います。まだまだ未見の傑作はたくさんあるのですが(特に40年代のラング作品を一つもラインナップしていないのはあまりにも間抜け・・・)、それはまた今後のお楽しみということにいたしましょう。★★★★★

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『4か月、3週間と2日』:カンヌ受賞によりよみがえる記憶

【ルーマニア:カンヌ受賞によりよみがえる記憶(JanJan 7/1)】よりにほんブログ村 映画ブログへ

先日のカンヌ国際映画祭は、河瀬直美監督のグランプリ受賞のニュースが大々的に報じられました。日本ではその陰に隠れてしまったようですが、肝心のパルムドールは、ルーマニアのムンジウ監督による『4か月、3週間と2日』。違法中絶手術をテーマにした映画ということは聞いていましたが、その背景に通じる記事を見つけましたので記事アップします。

ルーマニアでは、独裁者チャウシェスクが人口増加路線を敷き、1966年に避妊具の販売を禁止します。45歳以上か4人以上の子供がいる場合のみ中絶が認められていました、よく1967年にはそれも含めて全面禁止に。違反した場合、当の女性は6カ月から2年の懲役、中絶手術を行った医者は1年から3年の懲役刑に処せられたそうです。困った女性たちがとったもぐりの中絶手段は知識がなかったこともあって危険が大きく、1989年に禁止法が廃止されるまでに9000人もの女性がもぐり手術で亡くなったと記事にあります。

ちなみに、その他の多くの国々でも1960年代までは中絶禁止の立場をとっており、1970年代に入ってから次々に中絶解禁されていきました。映画界に関係するところでは、1971年にフランスの堕胎罪を告発するため、カトリーヌ・ドヌーヴやジャンヌ・モロー、マルグリッド・デュラスなどが自らの中絶体験を告白し、中絶の自由を求めた「343人の宣言」などがありました。

『4か月、3週間と2日』は、そのような歴史体験をもつルーマニアで大きな話題になっているものの、まだ公開はされていないそうです。日本でもぜひ公開して欲しいところです。

<関連記事>
カンヌ映画祭閉幕、パルムドールはルーマニアの新鋭ムンジウ監督へ!(eiga.com)

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#0053『私は告白する』アルフレッド・ヒッチコック監督 1953年アメリカ

私は告白する
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監督: アルフレッド・ヒッチコック
製作: バーバラ・ケオン
原作: ポール・アンセルメ
脚本: ウィリアム・アーチボルド/ジョージ・タボリ
撮影: ロバート・バークス
音楽: ディミトリ・ティオムキン/レイ・ハインドーフ
出演: モンゴメリー・クリフト/アン・バクスター
    カール・マルデン/O・E・ハッセ
    ドリー・ハス/ブライアン・エイハーン
    チャールズ・アンドレ

※オールド・ムービー・パラダイスからの転載記事です

【ネタバレ気味です。ご注意!】

教会の使用人ケラーは、金銭トラブルからビレットを殺害。恩人であるローガン神父にその顛末を懺悔します。ケラーが僧衣をまとって殺人を行ったことから警察の捜査はローガンの身辺に及びますが、実はローガン自身レビットとは因縁浅からぬ間柄。アリバイを証明することができないために殺人容疑者として裁かれることになるローガンですが、カトリックの戒律により懺悔で聞いた話は絶対に他言できません。真犯人を知っていながらそれを告げることができないまま、裁判は進み・・・。

く・・・暗い。ケベック州の重苦しい町並みに重厚な教会の建物。そして何よりモンゴメリー・クリフトの演技。デビュー作の”赤い河”ではジョン・ウェイン相手に火の出るような殴り合いを見せてくれたモンゴメリー・クリフトですが、本作ではとにかく直立不動。歩いても話してもまっ四角という感じで終始一貫表情すら変わりません。カトリックの神父という役柄もあるのでしょうが、ヒッチコック映画の中でも異例の暗さじゃないかと思います。しかもヒッチコックらしいユーモアもない(冒頭の道路標識くらいかな)のでかなり重苦しい雰囲気。

その、モンゴメリー・クリフト扮するローガン神父ですが、殺人犯の濡れ衣を着せられるという状況にもかかわらず、とにかくしゃべりません。「沈黙により深まるサスペンス」というんでしょうか。見ているこちらは、果たして彼は真相をしゃべるのか、もししゃべらないのならどうやってこの危機を脱するのか、その一点に意識が集中します。映画の中に他にアソビがない分集中も高まります。ラストは書けませんが、「そうきたか」と言う感じでふぅっとためていた吐息が漏れてしまいました。

今まで観てきたヒッチコック作品では、巻き込まれた主人公は、とにかくそれから逃げよう、もしくは反撃しようとするわけですが、ローガン神父の場合巻き込まれた事件そのものにかなり深く関わっています。しかも、それは同時に大切な人を守ることにもなっているわけで、こうなってくると戒律が理由で黙っているのか、大切な人を守るために黙っているのか、それとも罪の意識からなのか、いくつもの見方が頭をよぎります。

この映画、賛否両論かなり幅のある作品のようで、モンゴメリー・クリフトの硬い演技に不満を唱えるレビューもかなりあるようです。が、このまったく愛想のない神父が頑なに口を噤むからこそ、さまざまな複線が生き想像が膨らむわけで、そういう意味ではモンゴメリー・クリフトは鬼気迫る名演・・・・なのかもしれません。

彼については、同性愛とかアルコール中毒であったとか、後の事故と顔面麻痺の件などどうもネガティブな話題が頭に入っているので、ちょっと割引き気味に観てしまうのですが、どちらにしてもこの映画はモンゴメリー・クリフトの映画であることは間違いなさそうです。

相手役のアン・バクスターには今ひとつ入り込めませんでした。”見知らぬ乗客”のルース・ローマンを見たときも感じたのですが、なんか役柄にそぐわない違和感を感じます。いい女優さんだと思うんですけどね。グレイス・ケリーやティッピ・ヘドレン、エヴァ・マリー・セイントなどのような作品を引っ張る存在感が感じられません。

ルース・ローマンとアン・バクスターに共通するのは・・・製作会社から押し付けられた女優さんということ。ヒッチコック監督やる気なくしちゃうんでしょうか(笑)。もともとは、ブロンドのスウェーデン女優を使いたかったようですが、イングリッド・バーグマンのロッセリーニ事件があったために製作会社からキャンセルされてしまったそうです。アン・バクスターをブロンドにしちゃったのはその腹いせですかね(笑)★★★★☆

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『007』次回作の監督決定、しかしダニエル・クレイグは次回限り?

記事(1)【マーク・フォースター監督の「ボンド22」ロケ地はスイス・アルプス?(Yahoo!映画ニュース 6/29)】より
記事(2)【ボンドは次で終わり? ダニエル・クレイグ、ボンド役を離れる可能性示唆(Yahoo!映画ニュース 7/2)】よりにほんブログ村 映画ブログへ

次回、『007』関係のニュースが二つ。
プロジェクトネーム『BOND 22』と呼ばれている次回作は、『007/カジノ・ロワイヤル』で6代目ジェームズ・ボンドとなったダニエル・クレイグの主演で製作される予定。

監督は、『主人公は僕だった』が最近話題になったマーク・フォースター。彼は『ハリー・ポッター アズカバンの囚人』のオファーを断ってジョニー・デップ主演のドラマ『ネバーランド』を監督した経歴もあり、ドラマ監督のイメージが強いのですが、記事(1)中には、BOND 22のプロデューサー陣は、アクション監督ではなくドラマ系の監督を求めていたと言うようなことも書かれています。

スイス育ちのマーク・フォースター監督は、ロケ地としてスイス・アルプスを検討中で、そのことは主演のダニエル・クレイグとも話し合っているそうですが、当のダニエル・クレイグはボンド役に執着していない旨を公表したそうです(記事(2))。

これまでも、様々な役柄に挑戦してきているダニエル・クレイグは、スパイ映画ばかりに出演することに危惧があるらしく、次回作でボンド役は終わりにするのではないかということです。信念の人のようです(もったいない気もするが・・)。

<関連記事>
『007』ファンサイト CommanderBond.net

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#0052『断崖』アルフレッド・ヒッチコック監督 1941年アメリカ

断崖
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監督: アルフレッド・ヒッチコック
製作: デヴィッド・O・セルズニック
原作: フランシス・アイルズ
脚本: サムソン・ラファエルソン/アルマ・レヴィル/ジョーン・ハリソン
撮影: ハリー・ストラドリングr.
音楽: フランツ・ワックスマン
 
出演: ジョーン・フォンテイン/ケーリー・グラント
    ナイジェル・ブルース/セドリック・ハードウィック
    レオ・G・キャロル

※オールド・ムービー・パラダイス!よりの転載記事です。

列車の中で知り合ったジョン(ケーリー・グラント)と結婚したリナ(ジョーン・フォンテイン)は、早々にジョンのとんでもない浪費癖に気がつく。妻にはでまかせの嘘をつき続けながらギャンブル三昧のジョン。ジョンが親戚の好意で職を得た不動産会社の金を横領したことを知ったリナは次第に疑心暗鬼に陥っていくが・・・

主人公リナ(ジョーン・フォンティン)の疑心暗鬼ぶりとジョン(ケイリー・グラント)のダメ男ぶり。ジョーン・フォンティンは”レベッカ”のときもそう感じたのですが、主演女優としては微妙に影が薄いと思えてしまうのです。強烈な印象を残すことが多いこの時期のハリウッド女優(しかもオスカー女優)の中で、どんな顔立ちだったかなかなか思い出せない。しかし、この作品では常識欠如男ケーリー・グラントを疑い、身の危険を感じながらも、結局はひきずられてしまう主体性のなさがリナの大きな特徴でもあり、私の中ではジョーン・フォンテインのイメージぴったりはまっていると言えます。

一方のケーリー・グラントはヒッチコック映画の看板男優。ハリウッドにおいて1940年時点ですでに超大物。契約していたパラマウントから独立して自由に作品を選べる立場になっていました。で、このジョンの役ですがキリッと引き締まった表情と身なりの良さはいつも通りながら、金銭感覚のかけらもないダメ男。うそをつく、金をせびる、言い訳をする、挙句に横領と二枚目イメージから程遠い。見た目が完璧な二枚目なだけにそのギャップでとんでもないダメ男に見えます。。私生活まですべてを計算して俳優のブランドイメージをコントロールしていた当時のハリウッドで、良くこの役を引き受けたと感心させられます。

物語的には、ジョンの嘘がだんだんエスカレートして、リナの命の危険を感じさせるところまで深刻化していく件が、心理劇として非常に楽しめます。その行き着く先として例のラストシーンがあるのですが、この作品をどう捉えるかは、このあいまいなラストシーンをどう解釈するかで大きく変わりますね。天下の二枚目が汚れ役をやるということが狙いの一つだったとすると、若干シナリオに徹底しきれないところも感じられます。当時のもろもろの事情に負けたのか、キレという意味ではヒッチコックらしさがありません。終盤までの心理劇が秀逸で自分好みなだけに、個人的にはラストシーンが残念でした。★★★☆☆

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#0051 エッサネイ時代のチャップリン短編映画-3(1915年~1918年)

改心
”チャップリンの改心”

1915年後半から1916年までのエッサネイ社作品。チャップリンの芸では『清掃係』で見せる、恋に破れたチャップリンの放心の表情や、『改心』の泣き芸が印象に残ります。作品の発表間隔も1ヶ月~2ヶ月近くとなり、ストーリーも良く練りこまれた傑作が多く。ここでの実績を踏まえていよいよ空前のサラリーでミューチュアル社に移るチャップリンの実力を十分にうかがい知ることが出来ます。にほんブログ村 映画ブログへ

『チャップリンの清掃係』THE BANK 1915年8月9日 チャールズ・チャップリン監督
銀行の清掃係のチャップリン。今日は銀行位置のエリート、出納係のチャールズの誕生日。秘書のエドナもチャールズに首っ丈で、ネクタイに手紙をつけてデスクの上に準備万端。それを見つけたチャップリンは「チャーリーへ」という手紙を自分宛と勘違い。返事の手紙と花束をエドナのデスクに置きます。しかし、それが清掃係のチャップリンからだと知ったエドナは花束と手紙をゴミ箱へ。影から見ていたチャーリーは、すっかり落ち込んで捨てられた花束を拾ってどうしようか思案するうちに寝込んでしまう。夢の中で、チャップリンは銀行強盗団を撃退した大ヒーローになり、エドナの心もしっかりつかむが、言いところで目が覚めてモップに抱きついているところで幕。
この頃のチャップリン作品には良くある内容のドタバタ劇が中盤まで続き、特に見るべきものもないかと思ったのですが、捨てられた花を見つけたチャーリーの表情が哀しくてあわれで最高。これも、後のチャーリー像につながる表情ですね。特に泣きも怒りもしないのですが、見ているほうにはチャップリンの悲しみが痛いほど伝わってきます。この表情と夢オチでチャップリン映画らしい哀愁と笑いに満ちた秀作となりました。

『チャップリンの船乗り生活』SHANGHAIED 1915年10月4日 チャールズ・チャップリン監督
自分の船を沈めて保険金を騙し取ろうとする悪徳船主とその手下の船長。チャップリンはその娘(エドナ・パーヴィアンス)と恋仲。沈める船の船員探しに協力したチャップリンは自分も騙されて船員としてこき使われることになるが、チャップリンとの仲を父親に反対されたエドナも密かに船に忍び込んでいた。作品全体としては平均的な内容だが、船上でチャップリンと船員たちが繰り広げる大騒ぎ、特にクレーンを使ったドタバタはストレートに笑えます。タイミングといいアクションといいすでに神業の域に近づいている(まだまだ、パワーアップしていくはずだが)。最後は、船長が船にダイナマイトを仕掛けて逃げようとするが、チャップリンの活躍で船もエドナも救われ、エドナとチャップリンのハッピーエンド。ちなみに、このDVD-BOXの他の作品と比べてフィルム状態が非常に悪い。件のクレーンシーンが暗くて見にくいのが残念。

『チャップリンの寄席見物』A NIGHT IN THE SHOW 1915円11月20日 チャールズ・チャップリン監督
チャップリンが映画界に入る前に活躍していた、イギリスの喜劇団カノー一座の出し物を映画化した作品。コメディ見物に来た金持ちの酔っ払いと労働者風の男の二役を演じています。同じようなドタバタを演じているものの、金持ちと貧乏人の演じ分けがうまい。常連のエドナ・パーヴィアンスもチャップリンに流し目を送る美女の役で登場。パイ投げ合戦を見ていると、ドリフを思い出すなぁ。

『チャップリンの改心』POLICE 1916年5月27日 チャールズ・チャップリン監督
本当は、『寄席見物』とこの作品の間に、『チャップリンのカルメン』という、セシル・B・デミルなどが競作した作品をパロッた作品があるのですが、DVD-BOXには収録なし。

刑務所から出てきたチャップリン。やってきた偽牧師に虎の子の1ドルをすられてしまいます。安宿に泊まる金もないチャップリンは、偶然であったムショ仲間と意気投合し、不審を感じてつけて来た警官を殴り倒してエドナの家に泥棒に入ります。室内を物色するうちに、エドナが二人に気づき警察署に通報。時間稼ぎのために泥棒に食事を振舞います。相棒がエドナに暴力を振るおうとしたため、チャップリンはエドナを守って相棒と大立ち回り。警官も到着し、相棒は窓から逃亡。チャップリンは捕まりますが、エドナが彼を夫だとかばい事なきを得ます。エドナはチャップリンに1ドルを贈り、チャップリンは感謝の心でまっすぐに伸びる一本道を歩いていき・・・と思ったら、冒頭で殴り倒した警官が向こうから追ってきてチャップリンはユーターン。警官に負われつつ幕。

牧師が実はすりであったりという皮肉な設定も話題になった作品。エドナの家に忍び込もうとする二人を壁に映る影で演出したり、エドナの指輪を狙う相棒のたくらみを顔のクローズアップと指輪のアップでつないで表現したり、映像面で面白い工夫が多々観られます。物陰から二人を伺う警官の登場を、胸につけた星型のバッジから出現させるというのもありました。
冒頭、偽牧師に説教されて、チャップリンが目を潤ませ泣くのですが、本格的な泣き芸は初めて観るのではないかと思います。『キッド』の見事な泣きに通じるものを感じました。秀作。

『三つどもえ事件』TRIPLE TROUBLE 1918年8月11日 チャールズ・チャップリン監督
エッサネイ社による最後の作品は、チャップリンがとっくにやめてしまった後の作品。1918年のこの頃チャップリンはファースト・ナショナル社で『公債』(The Bond)を公開しています。権利関係はわかりませんが、チャップリンが残した未使用フィルムをつなぎ合わせて一本の映画を作ったという珍しい作品。今回ご紹介した『チャップリンの改心』のフィルムが多く使われています。ちなみにチャップリンはこの作品を認めておらず、正式なチャップリン作品には数えられないそうです。

遠隔爆破装置を発明した発明家宅の掃除係がチャップリン。発明を狙う亡国外交官に雇われた泥棒(『改心』の相棒と同じ人物)や、発明家宅警護の警官団が大騒ぎを起こす。内容的には特にとっぴつすべきものはないようです。

(参考文献:「チャップリンのために」 大野裕之編集 とっても便利出版部発行より)

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チャールズ・チャップリン

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テーマ : ■■□ サイレント映画 □■■
ジャンル : 映画

映画界初の「早割」実施

【映画界初の「早割」実施…柳楽優弥&石原さとみ主演「包帯クラブ」(Yahoo!映画ニュー 6/30)】よりにほんブログ村 映画ブログへ

映画の通常入場料は1800円。前売り券が1300円ですけど、それでもほとんど世界一入場料は高いんだそうです。

昨今、作品内容はともかくビジネスとしては好調のようなので、入場料はなるべく安くして観客を増やす努力をして欲しいところ。なので、今回の『早割り』は歓迎できます。

しかし、仕事と家庭サービスに忙しいオヤジにとっては事前に映画を見にいく予定など立てられるわけもなく、早割りの恩恵にあずかるのも難しそう。

ふと、その他の国の映画館入場料はいかほどかと思って調べてみると、こういうすばらしいサイトがありました ⇒ 魅惑の名画座
どこも正規料金で1000円程度のようですね。インドの70円は凄い。

あまり映画館に出かけない(出かけられない)ので、文句言えた立場でもありませんが、もっと安く見れる環境があると助かりますな(子供二人連れて映画観て、ご飯食べると10000円かかるんだぜ!)。

<関連記事>
ローソン・チケット・ドットコム『包帯クラブ』

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