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#0086『サンセット大通り』ビリー・ワイルダー監督 1950年アメリカ

サンセット大通り
”SUNSET BOULEVARD”
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監督:ビリー・ワイルダー
製作:チャールズ・ブラケット
脚本:ビリー・ワイルダー/チャールズ・ブラケット/D・M・マーシュマン・Jr
撮影:ジョン・サイツ
特殊効果:ゴードン・ジェニングス
音楽:フランツ・ワックスマン
出演:グロリア・スワンソン/ウィリアム・ホールデン
   エリッヒ・フォン・シュトロハイム/ナンシー・オルソン
   フレッド・クラーク/ジャック・ウェッブ
   ヘッダ・ホッパー/バスター・キートン
   セシル・B・デミル

詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレしてます

最初からショッキングなシーンで始まりますねぇ。死んだ男のナレーションでストーリーが語られるというのも面白い。ラストに向けての狂気の盛り上がりもさすが。シナリオの面白さは天下一品であります。

売れない脚本家ギリス(ウィリアム・ホールデン)が、借金取りに追われて逃げ込んだ大豪邸に暮らしているのは、サイレント時代の大女優ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンスン)と執事マックス(フリッツ・フォン・シュトロハイム)。ノーマは、すでに世間から忘れ去られた存在ですが、今だに自分はスターだと信じ込んでいます。彼女のために復帰作のシナリオを書きはじめることになったギリス。ノーマは半ば無理やりギリスを邸宅に住まわせて仕事をさせます。徐々に彼女はギリスを愛しはじめ、仕事だけではなくギリスの私生活にまで干渉をはじめ、二人の関係は悲劇に向かいます。

売れなくなった大女優の妄想というと、ベティ・デイビスの怪演がすさまじかった『何がジェーンに起こったか?』を思い出しますが、本作のグロリア・スワンスンも負けていませんね。スワンスン自身トーキー化の波にうまく乗り切れなかったらしく16年ぶりの映画出演。実像と役柄がオーバーラップするため、ノーマがチャップリンの真似などをする場面などおかしいけど笑えない。リアリティというんですかね、観るにも心構えが要ります。

他にも、彼女のカード仲間がみんなサイレント時代の老俳優たちだったり(バスター・キートンが出てますよ)、ノーマとギリスがホームシアターで観る映画が、グロリア・スワンスン全盛のころの映画『Queen Kelly』だったり(監督は共演のシュトロハイム)。ワイルダー監督は、ちょっと残酷なほどに”過去の栄光”を盛り込んでいきます。

妄想に取り付かれた人間が破滅を迎える物語では、主人公がはっきりと狂気に陥る瞬間の描写に興味があります。『何がジェーンに起こったか?』では、ピアノマンを雇って少女時代の大ヒット曲を歌い踊る醜くすぎるジェーンの姿が、完全な狂気を見せた瞬間でした。恍惚とした彼女の表情と、ピアノマンの狂人を見る冷たい目のコントラストが本当に怖かったですよ。まだ観ていない人はぜひ一度。去年公開された『蝋人形の館』にもこのシーンが登場したらしいので、それで見た方もいらっしゃると思いますが。

本作の場合、ノーマが完全に狂気を見せるのは映画もほとんどラスト近くですかね。取り囲む警察にも気づかず映画出演のためのメークに執着する姿が痛々しい。もっと早い段階かなと思っていたのですが、ノーマに仕えるマックスの献身的奉仕のため、彼女が完全に狂ってしまっているのか、単に思い込みとプライドが激しいだけなのかわからないんですよね。何回か見直せば、「ああここだな」というポイントが見つけられるかもしれませんが。

すでに狂ってしまっている彼女にマックスが一縷の望みを与えてしまうため、ノーマは完全な狂気に逃げ込むこともできず、中途半端に狂気と正気の間を漂っているのかもしれません。そう考えるとマックスのノーマに対する愛情こそが最も残酷。ノーマの狂気とマックスの狂気とが悲しく交差して、『何がジェーンに起こったか?』よりも複雑な悲劇を描き出しています。シュトロハイムの演技に脱帽。

★★★★★

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#0085『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』 野口博志監督 1960年日本

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監督:野口博志/企画:浅田健三
原作:城戸礼/脚本:山崎巌
撮影:永塚一栄/美術:大鶴泰弘
音楽:山本直純
出演:赤木圭一郎/浅丘ルリ子/
   宍戸錠/香月美奈子
   沢本忠雄/二本柳寛/
   西村晃/藤村有弘/
   菅井一郎

時間が出来たときに、プログラムを確認せずフィルムセンターに行くというのが結構面白くて今回が3回目(2006年9月現在)。かかっていたのは、日活第三の男、赤木圭一郎の拳銃無頼帖シリーズ”抜き射ちの竜”。

抗争中の暴力団組長宮地と”抜き射ちの竜”こと剣崎竜二(赤木圭一郎)が、拳銃を握って夜の資材置き場で向き合っている。じりじりと距離を詰める。苦しそうな息遣いが聞こえるが理由はわからない。死角から狙う宮地組幹部を間一髪の早撃ちで撃ち倒し、振り向くや否や組長宮地も射殺する。幹部の手から落ちたライフルが地面で暴発する。敵を倒した竜二もその場に倒れて苦しみだす。ここで竜二が麻薬に犯されていることがわかる。

この冒頭のシーンがかなり良くて、余裕の宮地組長と苦しげな竜二の表情のカットバックと背景の資材置き場の風情がばっちり記憶に残る。”へえ、ヨーロッパ映画にも全然負けてないじゃない”と思わず感心してしまう。

竜二はこの後、中国人ギャング団のボス楊(西村晃)に拾われ、その恩を返すために雇われる。赤木圭一郎と楊の片腕”コルトの銀”こと宍戸錠が微妙なライバル関係を保ちながら、最終的に楊の組織と対立していく様子が描かれ、そこにヒロイン浅丘ルリ子が絡んでくる。

が、はっきり言ってストーリーは他愛ないし、台詞が棒読みだったり演技もわざとらしかったり。今の時代から見て映画全体の完成度はそんなに高くないと思う。

それでも、登場人物の魅力(というかかっこよさ)がそんな未熟な部分をカバーして余りある。特に、宍戸錠が演じる”コルトの銀”はすこぶるかっこいい。クールな殺し屋でありながら男気があり自分の流儀は曲げない。顔全体がつりあがるような独特の笑い方をするが、ソフト帽にロングコートという姿とその笑い顔がめちゃくちゃ良く似合う。

赤木圭一郎に殴られても、笑顔を絶やさず、

「俺の顔に色をつけた奴はこれまでに3人いる。前の二人は墓の下におねんねしているぜ」

なんて台詞をなんのてらいもなく吐くあたりでは、なんか見ていてゾクゾクするものを感じてしまう。そう思ったのは自分だけではないらしく、隣に座っていたおじさんが小さく手をたたいていたのには思わず笑ってしまった。

こういう絵に描いたようなキャラクターを、役者が臆面もなく演じる単純明快さが日活ヒーローアクションの魅力なのだろう。宍戸錠は今回の作品ですっかりお気に入りになってしまった。当時夢中になって石原裕次郎や小林旭、宍戸錠などを追いかけていた観客の気持ちに近づけたかもしれない。

宍戸錠の話しばかりになってしまったが、”第三の男”赤木圭一郎も当然のごとくカッコいい。ちなみに、この作品の公開は1960年の2月14日。ちょうど一年後の1961年2月14日に赤木圭一郎はゴーカートの事故で亡くなってしまった。生きていればもっともっといい作品を残しただろうに、惜しいことをしたものである。★★★★☆

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#0084『帰らざる波止場』江崎実生監督 1966年日本

帰らざる波止場
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監督:江崎実生/企画:児井英生
脚本:山田信夫/撮影:横山実
美術:千葉和彦/編集:鈴木晄
音楽:伊部晴美/技斗:渡井喜久雄
助監督:曽我仁彦
出演:石原裕次郎/浅丘ルリ子
    志村喬/郷えい治
    金子信雄/深江章喜
    杉江弘/武智豊子
    杉山俊夫/榎木兵衛

   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema

「えらくかっこいい映画だな」と観終ったときに思わず口走ったわけですが、改めて考えてみるとかっこいい映画ってどんな映画だろうね?とちょっと考えてしまいました。整理してみるとこんな感じかな。私の場合ね。

1.魅力的な役者が活躍する
 文字通り、かっこいい美男美女ということもあるけど、映画俳優を”かっこいい”という時には当然演技のスタイルなんかが重要なわけです。拳銃無頼帖の宍戸錠などは男前というよりも、そのニヒルな演技というか笑い顔(笑顔ではない!)一発にしびれてしまうこともあるわけです。石原裕次郎の場合は、いろんな過去を引きずって苦悩しながらも自分の筋目をきちんと通す、そういう男を演ずると抜群の魅力を発揮しますね。それと、今回は志村喬ですねぇ。老刑事ですがね、目的のためには手段を選ばない汚いやり口と執念深さ。それをいかにも人のよさそうな老人的笑顔でやるわけですから、迫力ありますねぇ、こわいですねぇ。こういうのも魅力的だと思います。ま、なんにしてもやはり第一に役者に魅力がないとだめなようです。

2.ストーリーが自己投影できて魅力的
 横浜を舞台に自らの手で殺してしまった恋人の復讐を誓う元ジャズ・ピアニスト裕次郎と、彼と出会って恋に落ちてしまう財閥の未亡人浅丘ルリ・・・。そんなストーリーに”自己投影できる”なんて言っちゃうとぶん殴られそうですが、それでもやはり同じく人間、同じく現代、主人公もやはり悩んだり泣いたり笑ったりしているわけで、そういう意味では無意識のうちに自己投影しながら映画を観てますね。SFとかホラーとか時代劇などはやはり見方が違うかな。たとえば、SF超大作みたいなものを観ても”すごいね”とは思っても”かっこいいな”とはなかなか思わないわけです。

3.舞台となる土地の魅力がドラマをひきたてる
 裕次郎とルリ子が恋に落ちる町なら横浜か神戸か函館か。。。水戸や高崎じゃないよね(該当地の方すみません。決して悪意はないんですよ・・)。ちなみに私が住んでいる川越でもないでしょうな。しかし、そこに復讐が絡んでくるとやっぱり横浜しかないでしょ。国際犯罪都市!みたいな感じもするじゃないですか。

かくしてこの作品、昔の横浜が舞台ですが、波止場に船が着く場面から始まって船出とともに終わるところまで、いきなり素敵です。そして、裕次郎とルリ子が出会う場末の安ホテルの風情とか、中華街のざわついた食堂や波止場のイタリアレストランとか。素晴らしく雰囲気があってかっこいいですよ。

4.映像にこだわりがあって世界観がばっちり伝わってくる
そのイタリアレストランですがね。開け放たれた窓を海風が抜けてカーテンがふわぁっとはためくんですよ。旧知のイタリア人マスター(この人片腕なんですね)にせがまれて、裕次郎が店のグランドピアノを弾きながら歌いますね。グランドピアノの上には当然ダブルのウィスキーグラスが置いてあります。たまたま居合わせた外人客も裕次郎の歌声に聞きほれている。そして浅丘ルリ子が微笑みながら見つめてるわけです。ほらー、かっこいいでしょ。こんな映像をワイドスクリーンでバーンと見せられたら”かっこいい”としか言えませんよね。

江崎監督は絵作りにかなりこだわりのある人のようで、特に日活スコープ(ワイド)の幅の広さを使うのがすごくうまい。たとえば、裕次郎とルリ子のツーショットがあるでしょ。画面の中央にはおかず右端に二人を置く。左はずーっと屋外レストランの奥行きを見せてるわけです。テーブルと椅子が奥まで並んでてね。すごく良い。画面全部を使って主役二人を引き立ててる感じ。二人が投宿しているホテルのシーンもそうです、二階の廊下が外廊下になっていて、ロビーから手すりと廊下が見える。スクリーンの端から端まで外廊下が伸びているわけです。その廊下を裕次郎がうつむきかげんに歩いていくとね、反対の端に浅丘ルリ子が立っていたりするわけですね。ぞくぞくきますね。

他にも”かっこいい”と思う要素はいろいろあると思いますが、パット思い浮かぶのはこんな感じかな。人によっても違うとは思いますけどね。

で、結論は、この映画どこからみてもかっこいい!★★★★★

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☆DVDが発売されていないんですよ。こんなにいい映画なのに・・。

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#0083『ガラスの墓標』ピエール・コラルニック監督 1970年フランス

ガラスの墓標
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監督:ピエール・コラルニック
原作:F・S・ジルベール
脚本:フランツ・アンドレ・ブルジョ
撮影:ウィリー・クラン
音楽:セルジュ・ゲンズブール
出演:セルジュ・ゲンズブール/ジェーン・バーキン
    パウル・ニコラス/クルト・ユルゲンス
    ガブリエル・フェルゼッティ

   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレです

セルジュ・ゲンズブールを一度観てみたかった。この作品を観た動機。

原題は「Cannabis」。フランス語で大麻のことらしい。ただし、麻薬の映画ではなく”愛とアクションの映画である”と最初に断り書きが入る 。

1970年の作品なので、ゲンズブールとバーキンが出会った二年後。一番いい頃でしょうか。ゲンズブール42歳、バーキン22歳のとき。

そのゲンズブールは、なんかヨレヨレで眠そうで無精ひげである。どの写真を見てもそうだが、この作品の役柄もそのまんまだった。毛皮のコートが怪しげだ。彼の音楽も特に意識して聞いたことはなく、スチル写真とバイオグラフィ以外でははじめて接するゲンズブールだが、彼の魅力を少しでも理解することができるだろうか。

この映画は三角関係の物語。若い男と中年の男、そして女が一人。三角関係の中心にいるのは若い男でも女でもなく、中年男のゲンズブールである。

彼が演じるのは、ロシア人の殺し屋セルジュ。デトロイトの組織で若いポール(ポール・ニコラス)と組んで仕事をしている。冒頭は、二人が殺し現場の後始末をしているシーン。あたりに転がる女の死体にシュールさが際立っている。転がっている若い女の死体をソファに座らせるようポールに指示するセルジュ。これはやさしさか?

ゲンズブールは、取引関係にあるフランスマフィアの手助けをするためにパリに送り込まれるが、空港についたとたんに敵対組織に拉致され重傷を負う。なんとか敵から逃れてパリ郊外にたどり着き、意識朦朧とするセルジュを大使令嬢のジェーン(ジェーン・バーキン)が助ける。二人は、いきさつをほとんど省いていきなり恋仲になる。が、そんないきさつはこの際どうでもよい。彼女の家で愛し合うセルジュとジェーンの姿が艶っぽくて良い。それで十分である。

ポールはセルジュの負傷を聞きつけてパリにやってくる。着いてみると、兄貴分のセルジュはジェーンにべったりである。二人はホモセクシュアルな関係ではなさそうだが、幼いところのあるポールはいたたまれない嫉妬心にさいなまれる。うまく自己表現ができず、床をぐるぐる転げ回ったりして嫉妬心をあらわにする。バーキンに対しても露骨に邪険な態度に出る。

しかし、ワンシーンだけ、麻薬窟に潜入したセルジュの身を案ずるジェーンをポールがいたわルシーンがある。心配そうなジェーンの後ろに立つポールが彼女に深呼吸をさせる。不安定なポールの心理を知っているだけに、肩越しに並ぶジェーンとポールの顔が妙にスリリングで印象的な場面だ。同じ中年男を慕う若い男女のツーショットは同時に、二人から慕われるセルジュの存在を強く意識させる。

ゲンズブールは作中で自分について「世の中のすべてに退屈している」と言っている。また、ポールは、セルジュのことを「何にも興味を示さず夢を見るように生きてきた。」人間だと言う。劇中のセルジュだけではなく本物のゲンズブールのことも言っているのだろうか。

この虚無的かつ刹那的な感じがゲンズブールの魅力なのだろうか?

バーキンは振り向いてニッコリ笑う風情がなんともいえず魅力的。この映画の中ではひたすらゲンズブールに対して従順である。 ゲンズブールを心配し、気遣い言われるとおりにして、抱かれる。やきもちポールに怒鳴られたりののしられても言い返すでもない。これはひょっとして無償の愛というやつか。

やさしさを秘めつつ虚無的に生きる男。ゲンズブールの魅力はそういうことか?

いやいや、これはこの映画の主人公”セルジュ”の魅力であってゲンズブールの魅力は違うところにあるらしい。

この映画、役はほぼ実名だし、わざわざ冒頭で愛の映画だと断ってるし、ゲンズブールとバーキンの熱愛ぶりも実生活そのままだろう。二人の仲に嫉妬する若者ポールをわざわざ配して、ラストシーンではセルジュをなくしたバーキンに号泣させて見せる。「どうだ、まいったか!」と言わんばかりに二人の愛を見せつけているのだ。臆面もなくおおっぴらにそんなことを映画にできてしまうその傲慢さがゲンズブールの本当の魅力なのかもしれないな。などと、ふと思った次第。

ゲンズブールの魅力なんて、たかだか映画ひとつ観ただけでつかみきれるようなしろものではないようだ(音楽聞かないと、音楽!)。が、”チョイ悪”とか言ってるようでは永遠に達することのできない中年の魅力の境地は確かに存在するらしい。★★★★☆

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#0082『アラバマ物語』ロバート・マリガン監督 1962年アメリカ

アラバマ物語
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監督: ロバート・マリガン
製作: アラン・J・パクラ
原作: ハーパー・リー
脚本: ホートン・フート
撮影: ラッセル・ハーラン
音楽: エルマー・バーンスタイン
出演:グレゴリー・ペック/メアリー・バダム
    フィリップ・アルフォード/ジョン・メグナ
    ブロック・ピータース/ロバート・デュヴァル

田舎町に住むスカウトとジェムの兄妹。父のアティカス(グレゴリー・ペック)は正義感強い弁護士。ある日判事からレイプ容疑の黒人青年を弁護するよう依頼される。人種差別の激しい時代、町の住人は彼ら家族に対する敵意をあらわにする。住人の襲撃にも一歩も引かないアティカス。そして裁判が始まる。

黒人差別を扱った社会派ドラマ。6歳の女の子スカウトの視点で描かれています。

オープニングのタイトルバックが凝ってますね。古い映画のタイトルバックは大体飾り文字のタイトルとスタッフ/キャストに音楽と相場が決まっているものですが、子供の鼻歌をバックに人形や時計の入ったおもちゃ箱、ビー玉をクローズアップで追うショット、題名にもなっているものまね鳥の絵などこれだけで一つの短編作品のような美しさ。ストーリーの暗示とともに「子供の頃のよき思い出」へのイントロとして実に見事です。

そして、美しいイントロに導かれて始まる物語、前半はとなりに住む怪人ブーを巡る子供たちのちょっとした冒険。夏休みだけこの街に帰ってくる少年を含めて、3人がそれぞれちょっと生意気で好奇心旺盛でとても子供らしく微笑ましい。また、子供たちから観た平和で古めかしい田舎町の様子がよく描かれていると思います。後半は法廷劇からサスペンス絡みのクライマックスへと前半とは違った趣でストーリーは進みます。

グレゴリー・ペックは実に居住まい正しい正義の弁護士役ですが、物語全体が成長したスカウトの子供時代の回想という形になっているため、あくまでも正義を貫く父の姿もいやみにならずうまく映像になじんできます。グレゴリー・ペックが正義の味方を演じるとあまりにはまりすぎて遊びがなくなりつまらなく感じるのですが(個人的にですよ)、この作品ではそのあたりを考慮したものかどうか、結果的には実にうまくグレゴリー・ペックの特徴を生かした構成になっていると思いました。ロバート・マリガン監督やりますねぇ。

恐ろしい噂のみで姿を見せないブーは、白人世界にはびこる黒人蔑視の偏見の象徴なのでしょう。クライマックスでその正体をあらわすわけですが、正体が現れてみると恐れていた怪人とはまったく違い、噂が何の実態もない思い込みだということがわかります。ラストシーンでスカウトとブーが手をつないで家に帰るシーンが、いかに偏見というものがつまらないものかをすっきりと見せており、メッセージ性という意味でも非常に感心させられました。

グレゴリー・ペックの正義の弁護士は私的には鬼門の役柄だったのですが、全体構成の妙でいやみなく観ることが出来ました。彼が年をとったということもあるのかもしれません。押さえが利いたよい演技だったと思います。

全体には地味な映画で、前半は子供たちのドラマの位置づけがわからず少し退屈になりましたが、中盤からラストにかけては満足して観ることが出来ました。ラストシーンはカメラがすーっと上に引いていき、古き良き少女時代の物語の気持ちの良いエンディング。イントロとエンディングが見事。(ブー役のロバート・デュバルにちょっと驚いた・笑)★★★★☆

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#0081『恐怖の報酬』アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督 1953年フランス

恐怖の報酬
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監督: アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
原作: ジョルジュ・アルノー
脚本: アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
撮影: アルマン・ティラール
音楽: ジョルジュ・オーリック

出演: イヴ・モンタン/ シャルル・ヴァネル/ペーター・ヴァン・アイク/フォルコ・ルリ/ヴェラ・クルーゾー

詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)



ネタバレ気味です。

2時間半に及ぶ長時間作品にもかかわらず、緊張の連続であっというまに時間が過ぎてしまった。 こういう”体感型サスペンス”(変な言い方だけど)映画もフランス人がつくるとずいぶん趣が違うもんだなぁと感心した。

前半のつくりがとっても重要ですね。

舞台は、メキシコに近いうらぶれた町。 主人公のマリオ(イブ・モンタン)たちはこの町に流れ着いたよそ者。金も希望もない。 町を出たいが、そのためには稼がなければならない。 しかし、町に仕事はない。

「入る事は簡単だが、出ることはできない監獄のような町」

とマリオが言うとおり。まさに吹き溜まりである。 出て行きたくてもなすすべもない男たちは酒場にたむろし、亭主ともめたり、痰を吐き散らしたり、犬に石を投げつけたりする。 中米あたりの酷い暑さと男たちのイライラがスクリーンに充満してむせ返りそうな気分になる。

オープニングのひもに結び付けられた虫のショットは、この町にからめとられてあがく男たちの暗示であったかと妙に納得したりする。 この町の閉塞感がひとつの大事な要素であることは間違いない。

そういう町にジョー(シャルル・ヴァネル)という男が現れる。実はタクシー代も払えないくらい素寒貧で、早い話が他の煮詰まった男たちとなんら変わりはない。だが、どこか大物の風情で、同じパリ出身ということもあり、あっという間にマリオと意気投合する。

それまで、炊事に洗濯にと甲斐甲斐しくマリオの世話をしていたルイージ( フォルコ・ルリ)は、当然のごとく面白くない。ジョーのことが気に入らない。このあたり、男同士の三角関係が微妙である。

ルイージとジョーは酒場でついに正面から対決するが、ジョーの貫禄勝ち。ここで、マリオとジョー、ルイージを中心 とする人間関係が定義される。大物のジョー、崇拝者のマリオ。ジョーに屈したルイージ。この人間関係が二つ目の重要要素か。

前半の1時間にわたる丁寧な作りこみで、町の閉塞感と人間関係が鮮明になり、同じくテーマがはっきりしてくる。すなわち、このどん詰まりの町から脱出できるかどうか。 つまり、抜き差しならないほど行き詰ってしまった人生から、果たして脱出することは可能なのかということである。

で、その脱出のためのツールとして後半提供されるのがボロトラックによるニトロ運搬。できすぎでしょう。

どん詰まりから脱出するための危険極まりない賭け。当然、マリオたちは命を賭ける。その賭け方はそもそも半端じゃない。しかもその上、いかにも頼りになりそうだったジョーが実は腰抜けだったため、マリオのテンパリ方は尋常じゃない。あとはもう、、、サスペンスの洪水。お見事。

石油の沼でのマリオの鬼気迫る顔とか、立小便仲間に入れてもらえないジョーの哀れさとか、忘れられないなあ。マリオ、ジョー、ルイージそれぞれがたどる運命はいかにもフランス映画っぽくて、やっぱりこういうのがフランス流の決着のつけ方なのだなぁと妙に納得してしまった。

★★★★★

恐怖の報酬
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