スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

#0104『アスファルト・ジャングル』ジョン・ヒューストン監督 1950年アメリカ

アスファルト・ジャングル
”THE ASPHALT JUNGLE” にほんブログ村 映画ブログへ

2006年の最後に書いたレビュー記事ですね。一年前はフィルム・ノワールに凝っていて30本ほど観ました。この『アスファルト・ジャングル』はその中でも特に印象深く、個人的にベスト3に入る作品です。フィルム・ノワールって、狂気だ・閉塞感だ・影だなんだと言われていますが、やっぱり突き詰めると”人間の業”なんですよね。だから、一人一人の人間をきっちりと描きこんだノワール作品は面白い。『アスファルト・ジャングル』は、そのあたりで、ジョン・ヒューストンの名監督ぶりが発揮されていると思います。

以下、転載文。


ネタバレですよ

7 年の刑期を終えて出所した希代の知能犯ドック(サム・ジャッフェ)。早々宝石店から100万ドルを強奪する計画を携えて悪徳弁護士エメリッヒ(ルイス・カルハーン)のもとを訪れます。エメリッヒの協力で金庫破りの名人ルイ(アンソニー・カルーソ)、カフェの店主ガス、強盗常習犯ディクス(スターリング・ヘイドン)と共に深夜宝石店に押し入り、宝石を手にすることに成功しますが、予定外に警報が鳴ったことから次々に計画に狂いが生じていきます。

良い映画は開巻の一瞬からひきつけるものがありますが、この作品もしかり。画面いっぱいに映る石畳を歩くディクスとゆっくり走ってくるパトカーの映像がぞくぞくするほどかっこいい。この場面から、パトカーをやり過ごしたディクスがガスの経営するカフェに入って犯行に使った拳銃を預けるところまで、これぞフィルム・ノワールというような犯罪映画のにおいがぷんぷんとする素晴らしいオープニング。

この映画は、登場人物の描写がみんな実に生々しくて良いのです。子煩悩な金庫破りルイ。破産した父親の牧場を買い戻すために競馬と強盗で金をつくろうとするディクス。クールな知能犯でありながら若い女に目がないドック。情婦に入れ込んで泥沼にはまるエメリッヒなど主役級はの人物設定はどれもひと癖もふた癖もあります。

そればかりではなく、準主役級でも、ディクスの女友達ドール(ジーン・ヘイゲン、『雨に唄えば』のリナ・ラモントですね)など秀逸で、警察に店に踏み込まれてなんとかディクスのアパートに逃れ、泣き笑いしながらつけまつげをはがすシーンなんぞは、ただ美人とかそうじゃないとかだけではなくて、まさに”人間”を感じさせる。おまけと言うのか、なんと言うのかちょい役のマリリン・モンローも、後の主役作品に劣らないくらいの印象が残ります。

それぞれの登場人物の”人間の裏側”まで丁寧に描いているため、ジョン・ヒューストン独特のアンハッピー・エンディングこの上なく冴え渡ります。犯行後、警察に追われて一人また一人と倒れていく様は、思わず深く嘆息するような無常観がジーンと染み込んできました。

しかし、フィルム・ノワールは白黒映画の一つの極致だと改めて痛感しました。夜の闇に浮かび上がる人間のシルエットなどため息が出ます。一つ一つ記憶に残る場面をメモしていきたいと思っていますが、この作品では上で書いた冒頭のシーンと、金庫を破るルイとディクスとドックを縦に並べて見せるシーン、ジュークボックス似合わせて踊る少女が窓に寄り、次に離れた時に、そこにカフェを覗き込んでいる警官の姿が写るシーンなどが印象的でした。★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督:ジョン・ヒューストン
原作:W・R・バーネット
脚本:ジョン・ヒューストン/ベン・マドー
撮影:ハロルド・ロッソン
音楽:ミクロス・ローザ
出演:サム・ジャッフェ
   スターリング・ヘイドン
   ルイス・カルハーン
   マリリン・モンロー
   ジーン・ヘイゲン
   ジェームズ・ホイットモア
   アンソニー・カルーソ
   ブラッド・デクスター

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

ブログパーツ
アスファルト・ジャングルアスファルト・ジャングル
(2007/10/12)
サム・ジャッフェ、マリリン・モンロー 他

商品詳細を見る
スポンサーサイト

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

#0103『どろろ』塩田明彦監督 2007年日本

dororo.jpg

”どろろ” にほんブログ村 映画ブログへ


案の定『ロスト・ハイウェイ』の記事はさっぱり書けず、気分転換のつもりでこれを見始めたら、意外と面白かったので記事にすることにしました。

手塚治虫原作の漫画『どろろ』は、私が7歳か8歳の頃に漫画雑誌に連載されており、年齢的にはもう少し上の子どもたちが読んでいましたね。ストーリーなどはあまり覚えていません。しかし、もちろん、絵や登場人物像などはリアルタイムで見た覚えがあり、特に百鬼丸の両手に剣を仕込んだ姿はインパクトがありました。また、妖怪を倒し、両目を取り戻した時に、目玉が飛び出してきた絵が記憶に焼きついています。

さて映画版ですが、そのようなことで詳しく原作を知っているわけではないので、原作との違いでよく指摘される舞台設定の相違やどろろの人物像はほとんど気になりませんでした。百鬼丸の再生能力など都合の良い部分も鼻につくことなく、案外全体的には好印象でした。

原作に忠実とは言えない作品ですが、観客は原作を知らない若い人たちの方が圧倒的に多いでしょうし、手塚原作を下敷き程度に使った作品という理解でよいのかもしれません。

そもそも、最近の邦画はあまり見ないのです。なんか、どいつもこいつもメッセージを強調したがっているように見えて面白くないんですよね。どうでも良いようなメッセージを盛り込んで逆につまらなくしてるような。でなきゃ無理やり泣かせにくるし。何がしかのメッセージに共感するとか、何がしかに感動して泣くとか、それが映画の最も大切な機能かと言えば、まったくそんなことはない。

この作品でも、"憎んでも憎みきれない親子の情”とかなんとか、そんなもんがドドっと出てくるのかなと気が気でなく、ラストも、ありがちな予定調和的改心劇だったのですが、致命的にならない程度で収まった感じ。それよりも、妻夫木クンが結構百鬼丸として禍々しい感じでかっこよく(声帯を取り戻したあたりからはいまいちだけど)、原作とは全然ちがうどろろの柴咲コウもかわいかった(眉毛が変とかいうなっ!)ので、この二人に目が行ってニコニコしてたということです。

いろいろ作品レビューを見ると、全体的に評価は高くないようで、よくコメントされるのがCGがチャチだという話。個人的に観ていてあんまり気にならなかったので意外だったのですが、考えてみると私が普段見る映画は、CGなんてろくに無いような原始的特撮がほとんどですから、それと比べると違和感などあろうはずがないのです。

確かに、今年最高のCG作品の部類に入るだろう『トランスフォーマー』なんかと比べれば、月とスッポンながら作品の面白さも月とスッポンかといえば、実はそうでもない。個人的には、こちらの方が面白かったと思います。逆に言うと、70年以上も前に作られた『キングコング』の特撮は、『どろろ』のCGなんかと比べたら幼稚園のお遊戯程度のものだけれども、映画としては遙かに面白かった。

それで改めて思ったのは、最近の映画を見慣れている人はCGに対して目が肥えてるんだなあということ。見せれば見せるほど、見た方のレベルが上がって要求レベルも高くなり、それに応えるためにはさらにコストがかかる・・CGって大変だ。

興行的にはヒットしたらしく、続編も計画中ということですが、続編になると妻夫木@百鬼丸と柴咲@どろろをカラマせないといけなくなるんじゃないかと・・・それだけが心配。★★★☆☆

<スタッフ&キャスト>
監督:塩田明彦
アクション監督:チン・シウトン
アクション指導:下村勇二
プロデューサー:平野隆
原作:手塚治虫
脚本:NAKA雅MURA/塩田明彦
撮影:柴主高秀
美術監督:丸尾知行
編集:深野俊英
音楽:安川午朗
福岡ユタカ
音楽プロデューサー:桑波田景信
VFXディレクター:鹿住朗生
VFXプロデューサー:浅野秀二
コンセプトデザイン:正子公也
スクリプター:杉山昌子
衣裳デザイン:黒澤和子
共同プロデューサー:下田淳行
照明:豊見山明長
特殊造型:百武朋
録音:井家眞紀夫
助監督:李相國

出演:妻夫木聡/柴咲コウ/瑛太
杉本哲太/土屋アンナ/麻生久美子
菅田俊/劇団ひとり/きたろう
寺門ジモン/山谷初男/でんでん
春木みさよ/インスタントジョンソン
中村嘉葎雄/原田芳雄
原田美枝子/中井貴一

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

ブログパーツ
どろろ(通常版)どろろ(通常版)
(2007/07/13)
柴咲コウ、瑛太 他

商品詳細を見る

テーマ : 日本映画
ジャンル : 映画

映画史上最もセクシーな俳優は誰?

【アンジェリーナ・ジョリー、映画史上最もセクシーな俳優のナンバーワンに】(シネマトゥデイ2007/12/20より)よりにほんブログ村 映画ブログへ

最近、アンジェリーナ・ジョリーの話題がやたら目につきますが、イギリスの映画雑誌”エンパイヤ”でセクシー俳優No.1に選ばれたそうです。

”映画史上”最もセクシーな”俳優”

ですから、男優女優問わず、映画誕生から100年ちょっとの間にスクリーンに登場した人間で最もセクシーということですね。

そう考えると凄いが、個人的には賛否保留ですな。単なる好みですけど。

ちなみにベスト10は、
1.アンジェリーナ・ジョリー
2.ナタリー・ポートマン
3.ダニエル・クレイグ
4.ジェシカ・アルバ
5.ジョニー・デップ
6.エヴァ・グリーン
7.ブラッド・ピット
8.スカーレット・ヨハンソン
9.キーラ・ナイトレイ
10.ジェラルド・バトラー

最近の人ばっかりじゃないの。。。わが心の名優たちはというと

14.マリリンモンロー
19.ポール・ニューマン
30.マーロン・ブランド
39.グレース・ケリー
42.スティーブ・マックィーン
48.ケーリー・グラント
49.ショーン・コネリー
51.クラーク・ゲーブル
59.リタ・ヘイワース
71.ローレン・バコール
78.ソフィア・ローレン
90.エリザベス・テイラー
92.カトリーヌ・ドヌーブ
95.ジェームス・ディーン
98.ブリジット・バルドー

しばし、唖然。

作品だと今年改定されたAFIベスト100でも、2000年代のはやっとひとつランクインしただけなのに。。。やはり、”セクシーさ”では、生きている人にはかなわんと言うことらしい。

Empireの記事は、選ばれた100人にそれぞれ、最もセクシーだった瞬間とミニトリヴィアが付いていてかなり楽しめます。↓のリンクからどうぞ(英語)

Empire 100 presents the Sexiest Movie Stars

↓↓最後まで読んでいただいてありがとうございました。ぜひワンクリックお願いします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

テーマ : ★映画ニュース★
ジャンル : 映画

#0102『悪魔のような女』アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督 1955年フランス

悪魔のような女

””LES DIABOLIQUES”” にほんブログ村 映画ブログへ

実は、現在『ロスト・ハイウェイ』(デヴィッド・リンチ監督)にてこずっておりまして、このままでは記事アップの間が開いてしまいそうなので、連続にはなりますがもう一本転載記事をアップすることにしました。

大好きなクルーゾー監督の作品の中でも、衝撃度ではやはりNo.1。はじめてみた時は一瞬のけぞりました。また、シモーニュ・シニョレとヴェラ・クルーゾーの演技が本当に素晴らしかった。

作品中では、シニョレがヴェラ・クルーゾーの姉御役と言う感じでしたが、実際はヴェラ・クルーゾーの方が7歳も年上だったそうです。見えない。。。

ということで、昨年9月にオールド・ムービー・パラダイス!に掲載した記事です。

以下、転載文
(一部加筆修正)

ネタバレですので、作品未見の方は読まない方が良いと思います^^;

この映画に刺激されてヒッチコックは『サイコ』を作ったらしい。さもありなんの傑作サスペンス。ずいぶん前に映画館でシャロン・ストーン主演のリメイク版を見たものの全く印象に残っていませんでした。ところが、オリジナルはとんでもない名作。

最後のどんでん返しが命の作品。ということはそこまで持っていくストーリー構成が重要。

妻の財産である寄宿学校を経営する傍若無人な男ミッシェル・デュラサール(ポール・ムーリス)。妻クリスティーナ(ヴェラ・クルーゾー)は自ら所有する学校で教師をしています。で、同僚教師ニコール(シモーヌ・シニョレ)とミッシェルは愛人関係と。

クリスティーナは夫とニコールの仲を知っているわけですが、ミッシェルに暴力を振るわれたニコールに対して「私にはそこまでしないけど・・・」などと慰めたりします。ニコールの方もクリスティーナをなにくれと励ましており、かなりいびつな人間関係。

しかし、ミッシェルがあまりに傍若無人かつ非道な仕打ちを彼女たちにするため、妻と愛人が、敵同士の立場を超えて手を結んでも仕方がないかと、見ているほうはそういういびつさもありえるのだなと思いはじめますが・・・、この辺からすでにクルーゾー監督の術中にはまっています。

しかし、さすがの二人もついに我慢の限界に達しミッシェル殺しを決意。ともすればくじけそうになるクリスティーナを励まし勇気づけながら(?)ニコールは殺しの準備を進めます。ミッシェルを酒で眠らせてバスタブで水死させようと言うのですが、睡眠薬の入ったウィスキーを飲ませるのはクリスティーナの役目。ニコールは姿を見せるわけにいかないため、彼女は一人でその役を全うしなければなりません。

しかし、心優しいクリスティーナは、やはりミッシェルを殺す勇気がなく、彼の手のグラスを思わず叩き落としてしまいます。しかしそれをなじる相変わらずのミッシェルの態度に怒りを覚え、最終的にはクリスティーナ自から彼のグラスにウィスキーを注ぎます。3杯も飲ませますね。彼女も心底から共犯者になった瞬間。ここは結構気に入ってるシーンで、ミッシェルのひどい言葉に、ついにキレて犯行を決意するクリスティーナをヴェラ・クルーゾーが見事に演じています。

二人は死体を学校のプールに沈めて事故死を装うわけですが、アパートの風呂場でミッシェルを殺して車で学校に運ぶまでいろいろアブナイ場面があります。ハラハラさせられるものの、意外と事件の成り行きに無関係なエピソードも多く、このあたりはクルーゾー監督、ご愛嬌というところでしょうか。

その後、プールに死体を捨て、早く誰かに発見させたいけれども、自分たちが第一発見者になることは出来ないクリスティーナとニコールのイライラがひとつの見所。最終的に死体発見役を自分たちの教え子にやらせるところがゾッとします。二人がそこまで精神的に追い詰められていたとも見れるし、そもそも平気でそんなことができる”悪魔のような女”が二人の本質なのかとも思わせる場面。クリスティーナがウィスキーを飲ませるシーンと並んで強く印象に残りました。

ところが、プールにもぐった子供によって発見されるはずの死体は影も形もありません。ここから、それまでは二人の行動を追って事の真相を目撃してきた観客にも、その後どう展開するのかわからなくなってしまい、恐怖のテンションがぐぐっと上がっていきます。

ミッシェルの憎々しさによって、クリスティーナとニコールのいびつな関係を信じ込ませ、ショッキングな殺しの現場、その後のサスペンスフルな展開と、丁寧に丁寧にストーリーを積み上げ、死体を消してしまうことで観客も突き放しておいて、最後の最後でまさにどーんと全部ひっくり返してしまうわけですが、このクライマックスはクルーゾー監督こそが悪魔でしょと言いたくなるくらいの悪魔的な切れ味。ヒッチコックも巨体を乗り出したにちがいありません。

サスペンスの醍醐味満喫の名作でした。★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
原作:ピエール・ボワロー/トーマス・ナルスジャック
脚本:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー/ジェローム・ジェロミニ
撮影:アルマン・ティラール/ロベール・ジュイヤール
音楽:ジョルジュ・ヴァン・パリス
出演:シモーヌ・シニョレ/ヴェラ・クルーゾー
   ポール・ムーリス/シャルル・ヴァネル
   ジャン・ブロシャール

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ



ブログパーツ
悪魔のような女悪魔のような女
(2004/04/23)
シモーヌ・シニョレ、ヴェラ・クルーゾー 他

商品詳細を見る

テーマ : ヨーロッパ映画
ジャンル : 映画

#0101『哀愁』マーヴィン・ルロイ監督 1940年アメリカ

哀愁

”WATERLOO BRIDGE” にほんブログ村 映画ブログへ

ヴィヴィアン・リーは、かなりのファンです。そして一番のお気に入りは、アカデミー賞を受賞した『風と共に去りぬ』ではなくて、この『哀愁』なんですね。勝気で運命を切り開いていく強いヴィヴィアンよりも、運命に翻弄されて滅んでいく儚い彼女の方が心に残りました。

中学くらいの白黒映画なんか気にも留めたことがなかった頃、なにをどう思ったものか深夜に民放で放送していた『哀愁』をビデオ録画して、そのまま興味がないので半年くらいほったらかしてあったんですよね。ところが、なんの気なしに見始めたところ、あっという間に引きずり込まれて、もう後はマイラの不幸と共に涙ボロボロ。一番観て泣いた映画かもしれません。

この記事は、2年前、2005年の大晦日にオールド・ムービー・パラダイス!に掲載したものです。今見てみると、それだけ感動した映画にも関わらず、結構簡単に書いてあるなと言う感じですね。再見が必要なようですな。

以下、転載文
    
ネタバレ注意

第一次大戦下、公演でロンドンを訪れているバレリーナのマイラ。空襲を逃れて避難した防空壕で陸軍大尉ロイと親しくなり恋に落ちる。ロイの休暇はわずか二日間。その間に結婚しようとする二人だが、わずかなタイミングで式をあげることができず、ロイは緊急召集により前線へと呼び戻されていく。

バレエの公演よりロイとの別れの時間を優先したマイラはバレエ団を解雇され、彼女をかばって同じく解雇された親友キティとともに新しい生活を送ろうとする。しかし、仕事は見つからず、苦しい生活を続ける彼女の元にロイ戦死の報せが届くが・・・。

10年ぶりで観ました。何回目でしょう。さすがにこの映画は主要なシーンとか台詞をよく覚えていました。隅々まで覚えているといってもいいくらい。わかっていてもやっぱり感動するんですよね。いい映画です。

マイラ役のヴィヴィアン・リーはこのとき27歳。前年の39年には『風と共に去りぬ』で、スカーレット・オハラを演じてアカデミー主演女優賞を受賞。ローレンス・オリヴィエとの熱愛さなかでもあり、彼女の絶頂期といえます。幸せそうに笑う表情や不幸のどん底で涙する表情など、とにかく感情表現が豊かですばらしい。ラスト近くの橋の上で魂の抜け殻のようにたたずむ彼女が、徐々にある決意に向かっていくときの表情の変化は必見。

前回レビューの『アンナ・カレニナ』のヒロイン・アンナと同じくマイラも罪の意識にさいなまれて悲劇の運命をたどるわけですが、アンナの場合はあくまで自分の意思でとった行動に対する罪悪感。ほかの選択肢もあったのではないかと思います。

一方マイラの場合は、もちろん自分の意思もあるのですが、本人がいかんともし難い運命のいたずらによって追い詰められていきます。それだけに、幸せを求める気持ちと罪悪感のはざ間で葛藤するマイラの姿は悲しい。ついにロイの母親に真実を告白してロイの元を去っていく、その姿を観ている側も彼女の心情にシンクロして涙してしまうわけです。ああかなし。ああかなし。

ロイを演ずるのはロバート・テイラー。甘い二枚目ぶりがお金持ちの坊ちゃんにぴったりですね。このロイ・クローニン大尉、とにかく自分の感情にストレートで鈍感でのんき。マイラがどれだけ苦しんでいてもまったく気づかず一人舞い上がっているところが観ていてやきもきするわけですが、こののんきさとの対比でヴィヴィアン・リーの迫真の演技がより冴えわたるかと思えばそれもまた良しです。

ということで、★はもちろん5つ★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督: マーヴィン・ルロイ
製作: シドニー・フランクリン
    マーヴィン・ルロイ
原作: ロバート・E・シャーウッド
脚本: S・N・バーマン
    ハンス・ラモウ
    ジョージ・フローシェル
撮影: ジョセフ・ルッテンバーグ
音楽: ハーバート・ストサート
出演: ヴィヴィアン・リー
    ロバート・テイラー
    マリア・オースペンスカヤ
    ルシル・ワトソン
    ヴァージニア・フィールド
    レオ・G・キャロル

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

ブログパーツ
哀愁哀愁
(2006/12/14)
ウ゛ィウ゛ィアン・リー、ヴァージニア・フィールド 他

商品詳細を見る

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

#0100『椿三十郎』黒澤明監督 1962年日本

椿三十郎

”椿三十郎” にほんブログ村 映画ブログへ

森田芳光監督のリメイク版『椿三十郎』が公開中ですね。そちらはまだ公式サイトの予告編しか見てません。リメイク話を聞いた時に「織田裕二が椿三十郎???」という感じだったのですが、若侍たちの隠れる床板を踏んでニヤついてる表情なんかは結構サマになってますね。でも、最新作に疎い川越名画座ですので、この記事は当然オリジナルの黒澤版。リメイク版はDVDになるまで楽しみに取っておきますか。

肩をグリグリッと回すところも、人を切ったらそそくさと刀を納めて帰ってしまうところも『用心棒』と同じ。「桑畑」から「椿」に名前が変わっても三十郎は三十郎。「もうそろそろ四十郎ですが」という間抜けなボケも健在。このキャラ好きなんだなぁ。たまらん。のですが・・。

藩の不正を告発しようとする血気盛んな青年武士たちを、いきがかりで手助けすることになってしまった三十郎。不正に絡んで誘拐監禁された城代家老の救出をめぐり、偶然隣同士の屋敷に陣取った、黒幕・次席家老黒藤一派と頭脳戦を繰り広げます。

ごく素直に『用心棒』の続編だとばっかり思っていたのですが、主人公が三十郎であるという以外に物語としての共通点はないらしく、時代設定からして大幅に違うのだそうです。東宝からの続編依頼と、黒澤監督が執筆していた山本周五郎の「日々平安」をもとにした脚本が落ち着くところに落ち着いて(この辺の経緯は、ウィキペディア参照)、三十郎を主人公とした別の物語が出来上がったということのようですね。

今回『用心棒』と『椿三十郎』を続けて観て改めて感じたのですが、三十郎の大きさが違う。これ客観的な事実に基づいた話をしているわけではなくて、観終えた後、”桑畑三十郎”は遠景で捉えられているイメージが印象に残り、”椿三十郎”はアップのイメージが印象に残っているということなのです。

『用心棒』では、宿場を騒がす博徒一味の対立を、たまたま通りすがった三十郎が外側から引っ掻き回すわけですが、前の記事にも書いたとおり舞台設定・人物設定・ストーリーの巧みさの中に絶妙に三十郎の魅力が位置づいている印象でした。その魅力は、知略・豪胆・剣の腕・人情。に加えてなんとも言えない、お茶目ぶり。

『椿三十郎』ではその辺のバランスが微妙に変わったような気がします。確かに敵が隣にいるという舞台設定は面白い。宿敵室戸半兵衛(仲代達也)を初めとして、いわゆる”茶室の三悪人”とか押入れ侍、城代家老陸田一家などの人物設定も魅力的。それにストーリーも凝りに凝って素晴らしいのですが、どうもその全部が椿三十郎その人を盛り立てることを目的に配置されているような気がするのです。このあたりの違いが、どうも印象に残った三十郎の大きさの違いの原因ではないかと思います。

これって、実は続編の一般的なありようかなとも思うんですね。第一作で好評だった主人公は続編ではよりわかりやすくデフォルメされることが多い。三十郎の知略縦横ぶり、居合いの腕の冴え、それになんだかんだ言いながら人助けをしないと気がすまない人情深い性格。そのあたりは『椿三十郎』でははるかにわかりやすく強調されていると思います。

若侍たちに「ありゃ、化け物だぞ」と言わせた三十郎の強さを最も魅力的に見せるための宿敵の存在もやはりパワーアップ。『用心棒』では、丑寅一家随一の切れ者卯之助として途中参戦した仲代達也が、今作では悪の大目付菊井の懐刀・室戸半兵衛としてフル出場。触れなば切れん鋭い刃の風情で、三十郎の好敵手として大いにドラマを盛り上げてくれます。

『用心棒』の時とは違い、対立する片方の中心人物にしっかり位置づいた三十郎と、敵方の中心人物室戸半兵衛の対決がかの有名なラストシーンまで集約していくつくりは、三十郎の強さを堪能するには、実に素晴らしく、間違いなく傑作中の傑作。

でも、『用心棒』の時の、なんだか正体のわからない胡散臭い感じや、やることなすこと楽しくてしょうがない、いたずらっ子のような三十郎の茶目っ気は、若干控えめになってしまったような気がするんですね。そのあたりが大のお気に入りだったので、それだけがすこーし寂しい感じ。ごく個人的な感想ですけどね。

森田監督は、リメイクをオリジナルに忠実なストーリーに仕上げたそうですが、賢明だったんじゃないかと思いますね。『用心棒』から『椿三十郎』で三十郎のキャラは十分練り上げられていますから、ここからさらに続編的なつくりにしていたら、ほぼ間違いなくその辺に転がっている”駄”続編の一つに成り下がっていたのではないかと思います。森田版も楽しみにしたいと思います。★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督:黒澤明
製作:田中友幸/菊島隆三
原作:山本周五郎『日々平安』
脚本:菊島隆三/小国英雄/黒澤明
撮影:小泉福造/斎藤孝雄
美術:村木与四郎
音楽:佐藤勝

出演:三船敏郎/仲代達矢/小林桂樹
    加山雄三/団令子/志村喬
    藤原釜足/入江たか子/清水将夫
    伊藤雄之助/久保明/太刀川寛
    土屋嘉男/田中邦衛/江原達怡
    平田昭彦/小川虎之助/堺左千夫
    堤康久/山田彰/松井鍵三
    樋口年子/波里達彦/佐田豊
    清水元/山口博義/広瀬正一
    大友伸/大橋史典/峯丘ひろみ
    河美智子/爪生登喜/伊藤実
    宇留多耕司

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ


■■ 【このタグに注目!】 ■■
黒澤明


【Technorati Tags】
                                               


ブログパーツ
椿三十郎<普及版>椿三十郎<普及版>
(2007/11/09)
三船敏郎;仲代達矢;加山雄三;団令子;志村喬;田中邦衛

商品詳細を見る

テーマ : 日本映画
ジャンル : 映画

#0099『ヒストリー・オブ・バイオレンス』デヴィッド・クローネンバーグ監督 2005年アメリカ/カナダ

ヒストリーオブバイオレンス

”A HISTORY OF VIOLENCE” にほんブログ村 映画ブログへ

『椿三十郎』の予定なんですが、またぞろあまり納得できる文章がかけてないのと、川越名画座100号の記事を『椿三十郎』にしたいなということで、その後に観た『ヒストリー・オブ・バイオレンス』の記事を先にアップします。

ネタバレご注意!

クローネンバーグ監督の最近作。夫婦の愛・家族の絆が試される物語。夫の隠された過去を目の前につきつけられた妻は、それでも夫を愛し続けることができるのか?

と、こう書くとドラマなどにはありがちで、現実にも耳にすることがあるレベルのお話。。。ですが、そこはそれ、我らがクローネンバーグ監督ですから。一筋縄ではいきません。

田舎町でダイナーを営むトム(ヴィゴ・モーテンセン)と弁護士エディ(マリア・ベロ)の仲睦まじい夫婦。ある日、凶悪武装強盗二人組がトムの店に押し入ってくるが、なんとトムはこれを瞬殺。一躍マスコミの寵児となる。しかし、この事件をきっかけに、昔の彼を知るフォガティ(エド・ハリス)という男が現れ、次第にトムの過去が暴かれていく。。。

"夫の過去"ったって、浮気や借金程度のありきたりなのじゃありません。店ではエプロン姿でコーヒーを出し、家では愛する女房とコスチュームプレイで盛り上がる罪のない男、トムの正体は。。

フィラデルフィア・マフィアの大物で、かつ、熟練の殺し屋。

普通の場合、実は暴力夫だったなんていうことはあっても、夫の過去にまつわって死体が九つも転がることはまずありません。なんと極端な話。この作品は、もともとがコミック原作と言うことですが、「夫婦の絆と大量殺戮」なんて、普通では絶対交わらないようなことを、平気で一所に押し込んで物語にしてしまうところがクローネンバーグ監督の面白いところでしょうか。

そういえば、先日見た『クラッシュ』も。交通事故とセックス・・・普通ない。『クラッシュ』は、人間として壊れかけのスーパーフェチな人々の話でしたが、今回は、過去はともかく現在はまったく普通のアメリカン・ファミリー。まっとうな人たちの話。思えば、クローネンバーグ監督の作品は、内臓チックなSFホラーから幻覚の世界、アブノーマルな人たちの世界を経て、ついに"普通の人たち"の世界が舞台になってきたわけですね。

中盤以降は、愛と暴力どっちが主なのかすでにわかなくなってきますが、元殺し屋の善良な夫トムの姿にまつわって、ずっと一種の緊張感が漂っているのがこの映画の魅力。それは、羊の皮をかぶったオオカミがどこで皮を脱ぐのかという期待感。息子を盾に取られたトムが、同行を強要するフォガティに、「帰るなら今だぞ・・」と低い声で恫喝するシーンは、その期待感が満たされる幸せな瞬間でした。

ヴィゴ・モーテンセンという俳優さんは、熱心なファンの方も多いようですが、その羊の皮を脱ぐ瞬間を見事に演じていてうまいですね。ことさらに大袈裟な表情や演技をするわけでもありませんが「あ、切り替わったな!」という瞬間がはっきりわかる。フォガティ役のエド・ハリスとか。黒幕のウィリアム・ハートとか強烈な脇役に負けることなく熱演でした。

暴力面の話ばかりになりましたが、夫婦愛の描写もクローネンバーグらしい。特に階段でのセックスシーンは崖っぷちの夫婦愛の描き方として、なるほどねえと納得。

結末を明らかにしないラストシーンは、ちょっと作品の趣旨にそぐわないんじゃなかろうかとも思いますが、エディがはずさずにずっとつけていた結婚指輪が印象的でありました。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
製作:クリス・ベンダー/デヴィッド・クローネンバーグ/J・C・スピンク
製作総指揮:ケント・オルターマン/ケイル・ボイター/ジョシュ・ブラウン
         ジャスティス・グリーン/ロジャー・カス/トビー・エメリッヒ
原作:ジョン・ワグナー/ヴィンス・ロック
脚本:ジョシュ・オルソン
撮影:ピーター・サシツキー/プロダクションデザイン:キャロル・スピア
衣装デザイン:デニース・クローネンバーグ
編集:ロナルド・サンダース
音楽:ハワード・ショア
出演:ヴィゴ・モーテンセン/マリア・ベロエド・ハリス/ウィリアム・ハート
    アシュトン・ホームズ/ハイディ・ヘイズ/ピーター・マクニール
    スティーヴン・マクハティ/グレッグ・ブリック

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

ブログパーツ
ヒストリー・オブ・バイオレンスヒストリー・オブ・バイオレンス
(2006/09/08)
ヴィゴ・モーテンセン、エド・ハリス 他

商品詳細を見る

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

#0098『郵便配達は二度ベルを鳴らす』ルキノ・ヴィスコンティ監督 1942年イタリア

郵便配達は二度ベルを鳴らす
”OSSESSIONE” にほんブログ村 映画ブログへ

<作品関連情報>
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


現在、『椿三十郎』('62 黒澤明監督)の感想記事を執筆中ですが、もう少しかかりそうなので、ヨーロッパ映画の記事をひとつ転載。今回はイタリア映画。昨年9月にオールド・ムービー・パラダイス!に掲載しました。この作品は、ヴィスコンティ版以外に、ラナ・ターナーが魅力的なテイ・ガーネット版('46)も見ましたが、男と女の愚かさが切なすぎる本作の方がお気に入りです。クララ・カラマーイの生活と人生に疲れ果てた感じが記憶に残ります。

以下、転載文

ネタバレ!ご注意ください。

ヴィスコンティといえば、『夏の嵐』『ルードヴィヒ』など19世紀後半あたりの豪華絢爛コスチュームドラマを思い浮かべます。彼の出自がそもそもミラノの貴族家系ですから、こういう作品群は言ってみればホームグランドで勝負していると言うことになります。

しかし、このデビュー作はそれらとは全く異なり、庶民階層の姦通・夫殺しなど生々しいものを題材としたネオリアリズムの先駆とも位置づけられるハードな作品でした。

放浪生活を続ける元整備工ジーノ(マッシモ・ジロッティ)が、とあるカフェに流れ着き、若妻ジョヴァンナ(クララ・カラマーイ)と恋に落ちるところから物語りがはじまります。

ジョヴァンナは過去の悲惨な生活がトラウマとなっており、何よりも地に足の着いた堅実な生活が大切。カフェの主人である夫ブラガーノは年が離れている上に横暴ですが、彼女は不満が爆発しそうになりながらも生活のために我慢しています。

一方のジーノは放浪の人。大体、放浪癖のある人間と言うのはロマンティストに見えますが、実はひとところに留まることによって生じる人間関係のしがらみや責任などに関わりたくないと考えていたりするもので、ジーノもそういう人間のようにも見えます。

この二人、愛し合ってしまったものの、惚れた腫れたの後にさてどうしようかと考えたときに答えがない。いったんは強引に駆け落ちに持ち込むジーノですが、結局ジョヴァンナは不安定で先の見えない生活に踏み切ることが出来ず、土壇場で今の生活にとどまります。

飛び出したジーノは、行商人スパニョールと出会います。このスパニョールは、原作には登場しないオリジナルキャラクターだそうですが、放浪の象徴でありジーノの分身。安定の象徴であるジョヴァンナと対になるキャラクターとも見え、安定と放浪のいずれを選択するかというジーノの葛藤が、より鮮明に映像化されます。スパニョールは彼に放浪生活に戻るよう説得を重ねます。

しかし、偶然ジョヴァンナと再会したジーノは、やはり想いを断ちがたく、再び彼女への愛に突っ走ります。一度はジーノへの想いを捨ててしまったように振舞っていた彼女もついにはそれに応えます。

さて、そうすると行き着く結論はひとつしかありませんね。ジョヴァンナにはどうしても今の生活が必要で、ジーノとも一緒に暮らしたい。ジーノもどうしてもジョバンナと一緒になりたい。そうすると邪魔になるのはブラガーノ。

かくして、哀れブラガーノは二人の手により自動車事故に見せかけて殺されることになります。酒に酔い、車を降りて夜道に休むブラガーノ。車のライトに照らされて闇の中にブラガーノだけが浮かび上がります。その闇の中で殺しの段取りを相談するジーノとジョヴァンナの声。なんと怖い演出。

ジョヴァンナにとって、ブラガーノ殺しは”願望成就”。ついに邪魔者のいない安定生活を手に入れたと喜びます。警察での事情聴取の後、思わず刑事に握手の手を差し出してしまうジョヴァンナ。

一方、ジーノは自分でも予想しなかったほど激しい罪悪感に見舞われ、挙句の果てに店を売ってよその土地に移ろうと言い出します。しかし、せっかく理想の生活を手に入れたジョヴァンナにとって、そんな話はもってのほか。彼女はジーノを説き伏せ、店の再開を宣伝するためにバンドを雇いパーティを開きます。

このパーティは彼女の願望成就の祝いの宴でもあります。しかしパーティが盛り上がる中、ジーノは部屋にこもって罪悪感にもだえ苦しみます。そして、ふと外を見るとそこには噂を聞いて訪ねてきたスパニョールの姿が。

ここがジーノにとって二度目の選択にして最後のチャンスでした。ジョヴァンナ(安定)をとるか、スパニョール(放浪)をとるか。しかし、スパニョールの口からジョヴァンナに対する非難を聞いて、思わず彼を殴り倒してしまったジーノは、ついにスパニョールと訣別。思い返して呼び止めるジーノの声を無視してスパニョールは去ってしまいます。こうして、ジーノの最終選択(=悲劇の選択)は半ば勢いでなされてしまったのでした。

パーティが終わって散らかった店内。まだ罪悪感や迷いを払拭できないジーノは、ジョヴァンナの手を振り切って部屋にこもってしまいます。暗がりの中一人ぼっちでパーティの残り物を一口食べ、絶望のあまりそのままテーブルに突っ伏してしまうジョヴァンナの姿。

彼女が夢見て、夫を殺してまで手に入れたジーノと安定した生活。しかし、まさにそのジーノのために、彼女の幸せは早くも崩れ去ろうとしている。このシーンは、胸にぐっと迫ってきます。

ジーノは心の平和を得られないまま、現実から逃避し、仕事もせず、酒を飲み、他の女に走ります。以前の着の身着のままではなく、仕立てのいいスーツを着ていますが、身なりのよさが心中のむなしさを逆に強調するようで、ジーノの姿はピエロのように見えてしまいます。

ジョヴァンナにとってジーノは今や理想の伴侶ではなく、殺したブラガーノと同じような悩みの種になってしまいました。ジーノをなじ、「私を裏切れば警察にブラガーノ殺しの真相を話す」と口走るジョヴァンナ。しかし、実はこの時点ですでに警察は二人に不審の目を向けて捜査を開始していたのでした。

捜査の手が間近に迫っていることに気付いた二人は、ジョヴァンナがジーノの子供を身篭っていたことをきっかけに再び心を交わせます。ついに店を捨てる決心をして自動車で逃亡を図る二人ですが・・・・・・。

ジョヴァンナとジーノの姿があまりにも愚かで虚しい。でも、それだけに深く心に刻み付けられる傑作。

ヴィスコンティが由緒正しい貴族の出身であることを考えると、全く無縁な庶民層を舞台としてこれだけリアルな映画をつくりあげたことは驚きですね。「初期作品におけるリアリズムの追求が、後のコスチューム劇のクオリティを支えている」ということですが、ヴィスコンティの純粋な想像力がいかに優れていたかをうかがい知ることが出来る名作だと思います。★★★★☆

<500円VD情報>
コズミック版の500円DVDで見ましたが、後半のコントラストがきつくなった映像がかなり辛い。俳優の顔が白抜けしています。お勧めできず。。。

<スタッフ&キャスト>
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
原作:ジェームズ・M・ケイン
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/マリオ・アリカータ/ジュゼッペ・デ・サンティス
    ジャンニ・プッチーニ/アントニオ・ピエトランジェリ
撮影:アルド・トンティ/ドメニコ・スカラ
音楽:ジュゼッペ・デ・サンティス
 
出演:マッシモ・ジロッティ
    クララ・カラマーイ
    フアン・デ・ランダ
    エリオ・マルクッツオ

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル・リマスター 完全版郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル・リマスター 完全版
(2006/02/25)
マッシモ・ジロッティ、クララ・カラマイ 他

商品詳細を見る
ブログパーツ

テーマ : ヨーロッパ映画
ジャンル : 映画

#0097『用心棒』黒澤明監督 1961年日本

用心棒

にほんブログ村 映画ブログへ


映画は、"見せぬが華"ってところがあると思うのです。見せないことが観客のイマジネーションを掻き立てて、実際に見えているものより何倍も奥深く面白い物語を作り上げる。最近の映画は、このあたりのニュアンスが違うようで、見せることこそが価値観。大金を惜しみなく投入し、最新鋭のコンピューターを駆使して、世の中に存在しないものだってなんだって、とにかく力づくで見せる。もちろん、例外もありますが、マスを巻き込むメジャー作品は大体”見せる映画”が多い。しかし、それが必ずしも作品の質の向上につながらないのがつらいところです。

黒澤作品では、前回アップした『羅生門』などは観客に考えさせ想像させる見せない映画の類ではないかと思います。黒澤監督は、登場人物の顔にかかる木々の影まで計算し、非常に微妙な形で彼らの心象を表現します。同じ出来事が何通りにも再現され、観客は一生懸命それらをつなぎ合わせたり照らし合わせたりしながら映画の意図を読み取ろうとするのです。『羅生門』における黒澤監督の見せない手腕は超一流。

ところがこの『用心棒』。何から何までまる見え。まる出し。

人物の後ろにも場面の後ろにも出来事の後ろにも、スクリーンに見えるもの以外の要素はまるでなし。そして、驚くべきはこの映画が、それにもかかわらず、最高に面白いということです。良い映画とか素晴らしい名作とかそんな言い方じゃなくて、これ、面白い!実に痛快な時代劇

痛快とは、痛いほど快いと書きますが、なにがそんなに痛いほど快いのかというと・・・。

舞台設定がまず傑作。宿場大通りの目と鼻の先に、敵同士の博徒一家が陣取っています。右手に女郎夜清兵衛、左手には新興やくざ新田の丑虎。そのちょうど中間点に、桑畑三十郎(三船敏郎)が居座る居酒屋。道向かいには、腰ぎんちゃくのおかっぴきがいて、こいつが『ここのつでござ~い~』とか、時を告げると、両サイドからわらわらとヤクザ者が出てきてにらみ合う。居酒屋の窓を開けるとその様子がパノラマ劇場みたいに見渡せる仕掛けになっています。

つまり、観客はボクシングの特等席でかぶりつきになって試合観戦するようなもの。

そして登場人物はというと、実に見事にデフォルメな面々。品性のかけらもない博徒の親分と、絵に描いたような凶悪ヅラの手下ども。主要人物でも、丑寅の弟亥之吉(加藤大介)の眉毛なんかつながってるし、末弟の卯之助(仲代達也)は、見た目は優男ながら、マフラーに懐手その手には6連発の短銃と、漫画などに登場する典型的な悪役風情。

現実感などまるで無視した舞台設定と人物設定。黒澤監督の腕によりをかけたセッティングで、万全に仕込まれた極上のエンタテインメントをトコトン見物する。『用心棒』はそんな映画。

で、その画竜点睛、桑畑三十郎その人と言えば・・・、これがまた最高に魅力的。二つの博徒一家を片付けて町に平和を取り戻す。大義名分はそういうことですが、そのプロセス自体が楽しくて仕方がない様子。自分の作戦とことの展開にワクワクドキドキの様子がまあかわいい。

両の手を懐に突っ込んで、肩をグリグリって回す姿とかね、丑寅の屋敷に乗り込んで上がりがまちにどかっと腰掛けてチラッと奥を流し見たときの目元の魅力。極めつけは、クライマックスで卯之助の短銃(ピストル)と対峙した時。恐れもせず、すたすたと卯之助の前まで歩き、ニカっと笑うと、おもむろにススッと横移動。射撃をかいくぐると懐の出刃包丁をドカッっと投げてピストル封じ! この一連の動作、びりびり来ますねぇ。

通常は女優さんのグッとくるような仕草を見つけるのが映画鑑賞の楽しみの一つなんですが、この『用心棒』では三船敏郎にグッときっぱなし。強いわ、茶目っ気あるわ、知恵も働くし、色気もあるわで言う事なし。最高。

完成した作品を鑑賞する立場からすると、なんにも考えずに大喜びしてれば良いんですが、作る側にとっては、観客のイマジネーションに頼らずに、一方的にこれだけの面白さを提供するのってそんなに簡単に出来ることじゃないと思うのです。

黒澤監督の作品は一作観るごとに驚かされますが、『用心棒』のような作品も見せれば『羅生門』のような作品も見せる。実に様々なスタイルを見せてくれるところが本当に凄い。次の作品を観るのが楽しみです。

で、次はなにって、『椿三十郎』に決まってるじゃないですか^^。★★★★★

■映画評の宝庫:オカピーさんの『用心棒』評

<スタッフ&キャスト>
監督:黒澤明
製作:田中友幸
菊島隆三
脚本:黒澤明
菊島隆三
撮影:宮川一夫
美術:村木与四郎
振付:金須宏
音楽:佐藤勝
監督助手:森谷司郎/出目昌伸/吉松安弘/和田嘉訓
記録:野上照代
照明:石井長四郎

出演:三船敏郎/仲代達矢/東野英治郎/司葉子
    山田五十鈴/加東大介/河津清三郎/志村喬
    太刀川寛/夏木陽介/藤原釜足/沢村いき雄
    渡辺篤/藤田進/山茶花究/西村晃
    加藤武/中谷一郎/大橋史典/堺左千夫
    千葉一郎/谷晃/土屋嘉男/清水元
    佐田豊/大友伸/天本英世/大木正司
    寄山弘/大村千吉/本間文子/羅生門

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ


■■ 【このタグに注目!】 ■■
黒澤明


ブログパーツ
用心棒<普及版>用心棒<普及版>
(2007/11/09)
三船敏郎;東野英治郎;山田五十鈴;加東大介;仲代達矢

商品詳細を見る

テーマ : 日本映画
ジャンル : 映画

#0096『アンリエットの巴里祭』ジュリアン・デュヴィヴィエ監督 1954年フランス

アンリエットの巴里祭
 ”LA FETE A HENRIETTE ” にほんブログ村 映画ブログへ

前回、マルセル・カルネが来ましたので、同じくフランス映画の記事を一本転載。2006年9月に”オールド・ムービー・パラダイス!”にアップした記事です。

基本的に、記事を書いている映画は手元にDVDがあるのですが、この作品は例外なんですよね。結構暗いシビアな映画も撮るデュヴィヴィエ監督会心のロマンチックコメディ。もう一回見たいものです。ちなみに、ヘップバーンの『パリで一緒に』('63)は、この作品のリメイクなのだそうです。

当時、フランスでは戦後不安を反映したフィルム・ノワールの時代が終わり、明るい映画(フィルム・ローズ)が喜ばれ、それも飽きられて再び暗い映画の流れに戻りつつあった頃。そうした、フランス映画界の流れをうまくアレンジしたおしゃれな作品に仕上がっています。


以下転載文

劇中劇が巧みだと聞いていて、ぜひ見たかった映画です。

映倫にシナリオを却下された二人の脚本家(アンリ・クレミュー、ルイ・セニエ)が新しいストーリーを考えようと四苦八苦。ヒントがないかと新聞を広げてみますが、「自転車を盗んで、8歳の子供をつれた男が逮捕される。動機は自分の自転車が盗まれたから」(!)というような”つまらない”記事しかのっていません(注:ヴィットリオ・デ・シーカ監督の名作『自転車泥棒』('48)のこと)。ちなみにこんなシャレが他にもあって、ダニー・ロバン演じるアンリエットを「スウェーデンから来た女優のイングリッド」(もちろん、バーグマンのことですね)、と紹介したり、デュヴィヴィエ監督遊ぶ気満々。自転車泥棒の記事の次に司教が何とか言ってましたがそれもでしょうかね?

結局、巴里祭(7月14日)を舞台として、当日が誕生日のアンリエット(ダニー・ロバン)という娘を主人公としたラブ・ロマンスを書くことになります。しかし、ただロマンスを描くだけでは面白くない。いろいろと知恵を絞って工夫を凝らしますが、この二人は一方がフィルム・ノワール派、もう一人はメロドラマ派と全く好みが違い意見がことごとくかみ合いません。結果、シナリオはあっちへ行ったりこっちへ行ったり、それぞれの奥方とタイプ役の秘書も加わって実に騒々しいドタバタが展開します。

これが、映画の一つのレイヤーで、さらに彼らの描くアンリエットを中心としたロマンスの世界が劇中劇として繰り広げられます。

劇中のアンリエットと恋人ロベール(ミシェル・ルウ)、そしてアンリエットにひと目惚れする泥棒モーリス(ミシェル・オークレール)の三人をめぐるラブストーリーは、彼らにとっての神:二人の脚本家がシナリオを変更するたびに、彼らの物語もゴロンゴロン変わっていくわけで、その様がおかしいやら感心するやら。

二つの物語の切り替えのテンポもぽんぽんと調子よく、ジョルジュ・オーリックのリズミカルな音楽もあいまって、観ているこちらの顔も思わずほころんできます。

デュヴィヴィエ監督に対してはどちらかというと悲観的な作品を作るイメージがあったのですが、こんなに楽しい映画も撮るんだなぁと改めてそのセンスの良さに驚かされました。

映像面でも、脚本家の場面は水平に固定されたカメラで正面から撮られた画が多いのに対して、劇中劇の場面は撮影の工夫が盛んです。カメラが傾けられていたり、ローアングルから建物の壁と空を入れつつ、くるくるとダンスシーンを撮ってみたり、ビルの上から巴里祭の人ごみを俯瞰で捉えたり(雨が降って、パッとかさが開く中にひとつだけ白い日傘。。。とか)とずいぶん楽しませてくれます。

ラストシーン、ようやくシナリオがまとまって、二人の脚本家は主演のミシェル・オークレール(本人)にストーリーを説明しますが、それを聞いたオークレールが言った一言は・・・。ラストも思いっきりひねりが効いておしゃれ。エンド・ロールに手をたたいて喜んだのは初めてでした。★★★★☆

<作品関連情報>
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)

<スタッフ&キャスト>
監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ
脚本:ジュリアン・デュヴィヴィエ/アンリ・ジョルソン
撮影:ロジェ・ユベール
音楽:ジョルジュ・オーリック
 
出演:ダニー・ロバン/ミシェル・オークレール/ミシェル・ルー/
   ヒルデガルド・ネフ/ポーレット・デュボスト/
   ジュリアン・カレット/ジャン・ドビュクール/
   アンリ・クレミュー/ルイ・セニエ

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ


■■ 【このタグに注目!】 ■■
ジュリアン・デュヴィヴィエ


【Technorati Tags】
              

アンリエットの巴里祭アンリエットの巴里祭
(2003/07/25)
ダニー・ロバン、ミシェル・オークレール 他

商品詳細を見る


ブログパーツ

テーマ : ヨーロッパ映画
ジャンル : 映画

#0095『霧の波止場』マルセル・カルネ監督 1938年フランス

お越しいただきありがとうございます。

この記事は、こちらに引っ越しました。

今後とも、

”シネマぞろ★”

を、よろしくお願いします。

テーマ : ヨーロッパ映画
ジャンル : 映画

#0094『階段通りの人々』マノエル・ド・オリヴェイラ監督 1994年ポルトガル/フランス

階段通りの人々
”A CAIXA” にほんブログ村 映画ブログへ


リハビリ兼ねて記事の移管もぼちぼち進めます。”オールド~””カルト~””名画座”と3つのブログで250本くらいの感想記事をアップしていると思うのですが、遅々として移管が進まないのは、、、昔書いた記事って後から読むに耐えないから。。うう。特に、1年以上前の記事は、「なーに、もっともらしいこと言ってんだ」とセルフつっこみしてしまうようなものが多く、そのまま移管する勇気が出ない。。

しかし、そんなことばかり言っていると、せっかく書いてきたものが残らなくなってしまうので、ここはひとつ割り切って、移管を進めよう決心しました。

ということで、今回はオリヴェイラ監督の『階段通りの人々』。2006年11月25日に「カルトでも~」に掲載した記事なので、ちょうど一年前。微妙なニュアンスの難しい映画で、突っ込み不足な記事ですが、一回目の鑑賞では妥当な線か^^;


ネタバレしていますのでご注意

最高齢の映画監督マノエル・ド・オリヴェイラによる”映画による舞台劇”。リスボンの下町にある階段脇の貧しいアパートに住む人々の日常とその中で起きるハプニングを描く。

通勤時間は人でごった返す大きな階段の両脇に古いアパートが連なり長屋のようになっている”階段通り”が舞台。登場人物は、その一軒に住む目の見えない老人を中心に、貧乏暇なしでイライラも最高潮の娘とヤクザでぐうたらなその夫。向かいに住む、酔っ払いで、立ち小便してしまうようなぐうたらな老婆と孫の靴みがきの少年。隣には赤ん坊を抱いた女、遊び人の男。階段下で豆を売る女。バーの老主人、ギター弾きの老教授、真っ赤な服を着た娼婦。

総ての登場人物に名前がなく、総ての物語は階段途中の踊り場とバーの中で進行する。場所と時間と登場人物が極めて特定された形式になっており、まさに芝居を観ているよう。

時間や空間を自由に越えることができる映画で、舞台劇さながらに撮ることの意義は、専門家ではないので良くわからないのだが、この形式を駆使して貧しい人々の日常と心の綾がかなり微妙なニュアンスまでとことん描きこまれているのは十分に伝わってくる。そのあたりはお見事。

ストーリーは、目の見えない老人の持つ”箱”をめぐる貧しい人々の欲望の物語。この箱は盲人に与えられている、政府公認で施しを受けることのできる箱で、老人と娘夫婦はそのおかげである程度の収入を働かずして得ている。その不労所得をうらやむ者たちがいて、あるものは遠まわしに箱に興味を示し、あるものはもっと露骨に箱にちょっかいを出してくる。

周りの貧乏な人間たちにとって、盲人の施し箱は羨望の的。どうしても欲しいけれども、盲人の生活手段を露骨に奪うところまでは堕ちきることができない。そのあたりの底辺の人々の欲望とプライドのギリギリのバランスがいかにも微妙。見ていて愉快ではないが、かといって不愉快でもなく。。。どうにもやるせない気分がひしひしと伝わってくる。

箱は結局誰かに奪われてしまうのだが、それをきっかけに老人家族は一気に崩壊していく。許しを請う老人と責め続ける娘のやり取りは悲惨。結局、この一軒で老人と夫は退場、最終的に娘は一人きりになってしまう。

しかし、独りなった娘は老人と同じく不労所得の手段を得る。本人もなんとなく満足そうで、目の下に熊を作ってぎすぎすした表情も一変して、穏やかな聖母のような趣き。周りの貧乏人たちからもうらやましがられるのだが、本当に幸せなものかどうか。家のドアを開ける彼女の姿がいかにも寂しげに見えて、なにか微妙に虚ろなものを感じてしまう。

そんなことで、この映画から伝わるものはすごく微妙で、それをどう感じるかは観た人次第。一度見たきりでは、おそらく十分の一も分かっていないと思うが、続けて見直すには気力を要する映画でもあり、しばらく時間をおいてまた鑑賞する事にする。★★★☆☆

<スタッフ&キャスト>
監督:マノエル・ド・オリヴェイラ
製作:パウロ・ブランコ
原作:プリスタ・モンテイロ
脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ
撮影:マリオ・バロッソ
出演:ルイス・ミゲル・シントラ
    ベアトリス・バタルダ
    フィリペ・コショフェル
    ルイ・デ・カルヴァルホー
    グリシニア・クォルタン
    ソフィア・アルヴェス
    イザベル・ルト

↓↓最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ、ワンクリックお願いいたします^^
にほんブログ村 映画ブログへ

階段通りの人々階段通りの人々
(2002/11/22)
ルイス・ミゲル・シントラ、マノエル・ド・オリヴェイラ 他

商品詳細を見る


ブログパーツ

テーマ : ヨーロッパ映画
ジャンル : 映画

★引っ越しました!★
お越しいただいた皆様、ありがとうございます。 新しくシネマぞろ★を始めました。下のリンクよりぜひお立ち寄り下さい!
場内ご案内
はじめてご来場のお客様は
こちらから
上映作品を探す

【上映作品INDEX】
⇒タイトル別/あ行-さ行
⇒タイトル別/た行-わ行
⇒製作年別/1910年代-1940年代
⇒製作年別/1950年代-2000年代
⇒ファーストインプレッションリスト
【特集INDEX】
⇒サイレント映画特集
⇒ヒッチコック特集
⇒フィルム・ノワール特集
【500円DVD INDEX】
⇒500円DVDリスト(07/12/09更新)
 全358タイトル

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

ブログ内検索
カスタム検索
最近の記事を読む
コメント御礼!
トラックバック感謝!
上映作品ランキング


ご来場感謝!!
Google
月別アーカイブ
リンク
プロフィール

文芸座館主

Author:文芸座館主

Blogranking.net

RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

お気に入り!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。