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#0185『白熱』ラオール・ウォルシュ監督 1949年アメリカ

白熱
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ネタバレです。


ジェームズ・キャグニー扮するギャングのボス、コーディ・ジャレットの常軌を逸したキャラクターは、もう、なんと表現すればいいんでしょう・・・。特典映像を見ると、キャグニー自身、このキャラクターにはかなりのこだわりと思い入れがあったらしく、「完璧な性格異常者を演じる」と意気込んでいたらしい。

この映画ビリっと映像が緊張してるでしょ。いや、本当は映像を見ている自分が緊張しているんですけどね。その緊張感がどこから来るかというと、この”性格異常者”ジャレットの類まれなキャラに尽きますね。冒頭の列車強盗からラストシーンの化学工場までアブノーマルな魅力十分。コーディ・ジャレットが映画の中心にあって、彼を取り巻くものは全て緊張しています。

とにかく邪魔者は全て殺す。ジャレットの服役中に裏切ろうとしたビッグ・エドをためらいなく射殺し、階段から転がり落ちた死体を見下ろして自慢げに笑う。ビッグ・エドの命令でジャレットを殺そうとした男を、わざわざ一緒に脱獄させておいて車のトランクに詰め込み、出かけるついでに思い出したように射殺。鳥の肢を食いながら、ピストルをぶっ放して眉一つ動かしません。列車強盗で自分の名前を知られた機関士も躊躇なく射殺。列車強盗で機関車の蒸気を浴びて包帯グルグルになり、医者の助けを請う仲間も射殺命令。ラストの化学工場で警官隊に追い詰められても最後の一人になるまで暴れまくり、撃ちまくる。何人警官が死んだことか。おまけに最期のなんと派手なこと。

妻バーナ(ヴァージニア・メイヨ)のことも信頼していません。ちなみに、バーナは下品で姑息で、エドと結託してジャレットを裏切るも、彼が戻ったと知るやさっさとエドを見捨ててジャレットに尻尾を振るという現金さ。別の意味でジャレットとの関係は緊張がみなぎっています。

彼が信頼していたのは二人だけで、一人は母親(マーガレット・ワイチャーリイ)。信じる母との関係は多少まともかと思いきや、今度は典型的なマザコンときました。“子どものころに母親の気を引こうとして頭痛のまねをしていたら、本当に頭痛の発作を起こすようになった”らしく、突然ぶっ倒れて七転八倒する姿もますますアブナイ。血も涙もなく敵を撃ち殺す冷血漢のくせに母親のひざに乗って抱きしめられて安心する息子も息子ならば、そんな悪鬼のような息子に「いいかい、世界一になるんだよ」と言い聞かせる母も母。ゆがんでる。

そしてもう一人は、刑務所内で知り合ったパード、実は警察の潜入捜査官ファロン(エドモンド・オブライエン)。腹心のビッグ・エドすら信用しなかったジャレットですが、命を救われたパードには次第に心を許し、まさに全幅の信頼をおきますね。それはもう仲の良い兄弟のようで髪の毛一筋ほどの疑いも抱きません。この落差がまたまた狂気を匂いたたせるんですよね。

結局、母親は死に、ファロンの正体も知ることになりますが、この信頼していた二人との決別シーンは秀逸。刑務所の昼食時に母の死を知ったジャレットは気が狂ったように泣き喚き、暴れます。撮影時には詳しい演技内容を知らなかった囚人役のエキストラ数十名が思わずすさまじさに凍りついたそうです。そして、ファロンの正体を知ったとき、ジャレットは泣き笑いしながら裏切られた悔しさをぶつけます。これがまた・・・キャグニー、とりつかれたような名演技でした。

この映画、フィルム・ノワール作品に不可欠な狂った匂いをキャグニーが思う存分に発散させていて迫力満点。ウォルシュもよく演出しており、ドラマも面白く映像も迫力あります。でも、今回はキャグニー一点買い。40年代フィルム・ノワールの最後を飾るにふさわしい、“狂気の名作”でありました。満足です。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:ラオール・ウォルシュ
製作:ルイス・F・エデルマン
原案:ヴァージニア・ケロッグ
脚本:アイヴァン・ゴッフ/ベン・ロバーツ
撮影:シド・ヒコックス
作曲:マックス・スタイナー
出演:ジェームズ・キャグニー/ヴァージニア・メイヨ
   スティーヴ・コクラン/エドモンド・オブライエン
   マーガレット・ワイチャーリイ/フレッド・クラーク

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白熱 特別版白熱 特別版
(2007/12/07)
ジェームズ・キャグニー

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#0184『河内ぞろ どけち虫』舛田利雄監督 1964年日本

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2006年8月にアップした記事の転載です。この作品あたりで本格的に日活アクションが好きになってきました。

以下、転載文。

すっぽりと時間ができたので、フィルムセンターに寄ってみた。今回は日本映画ということ以外なにがかかっているのか確認していない。

到着すると、開演20分前にも関わらず1階ロビーは無人・・・。はずれかと思いつつ、上映作品を確認すると、舛田利雄監督の「河内ぞろ どけち虫」・・・。上映テーマは”日活アクション映画の世界”。

この映画よく知らないが、”原作:今東光”といえば「悪名」シリーズ。なるほど、この作品も一本筋の通った極道のドラマに違いない。と思って観たら、とんでもない。はじめから終わりまで正真正銘の喜劇だった。

戦後まもなくの大阪河内。主人公は、どけち百姓文吾の長男仁助(宍戸錠)、次男多度吉(川地民夫)、三男永三(山内賢)の三兄弟。タイトルの”河内ぞろ” は、文吾が妻千代(笠置シヅ子)に言い放った「金にもならん男ばっかり生みよって、ぞろ目じゃあるまいし・怒」の一言から。

三人が三人とも我が強くてどけち。顔をあわせるとすぐいがみ合うが、兄弟以外の敵には即座に一致団結するという憎めないキャラクター。三兄弟はそれぞれ、ばくち打ちの親分、地元やくざの頭、船員崩れの暴れん坊と実にそれらしく成長し、父文吾の葬式早々財産相続をめぐって喧嘩をはじめる。

これに、仁助の縄張りを荒らす組長”はじきの林蔵”(また、このネーミングがなんとも・・笑)がからみ、アクションも存分に楽しめる、ハイテンポなコメディに出来上がっている。

個人的に大阪出身のため、河内弁でまくし立てる喧嘩のシーンはきわめてなじみ良い。おまけに、兄弟それぞれがこれっぽっちも我を曲げない曲者ぞろいのため、何気ない一言でもあっという間に喧嘩にエスカレートする、このテンポのよさがこの作品の命。

どんどんヒートアップする三人の喧嘩とそれを周りでワクワクしながら観ている近所の野次馬たちの様子もいかにも大阪らしく、「もーたまらんわ」と言う感じ。谷村昌彦扮するとぼけた子分(権三郎)と宍戸錠の掛け合いもこれぞ大阪弁と言う間の良さで笑わせてくれる。

前に”岸和田少年愚連隊”を観たときも、同じようなもーたまらん感を感じたが、やはりDNAレベルで染み込んでくる心地よさがあるらしい。

物語の様子がわかってきてからというもの、スクリーンを見ながらニコニコと一人大喜びだった。館内からも、ところどころで笑い声が起こり、これぞ”活劇”という風情。いいなぁ。

最近、映画を観ながら”技術”とか”演出”とかいろいろと難しいことを考えがちなのだけれど(勉強ですからね)、それはそれで良いとして、ごく単純に「映画を観ておもしろい、楽しい」というのはこういう感じなんだなぁと改めて気がついた。

本作は、日活アクションの中でも”異色”と言われる作品らしいので、他の作品はまた趣が違うとは思うが、娯楽映画として日活アクションが人気だった理由は十分に伝わってくる作品だった。良かった良かった・笑・笑・大笑。
★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:舛田利雄
企画:高木雅行
原作:今東光
脚本:笠原良三
撮影:萩原憲治
美術:千葉和彦
音楽:伊部晴美
 
出演:宍戸錠/川地民夫/山内賢
    伊藤雄之助/南田洋子/笠置シヅ子
    安田(大楠)道代/上田吉二郎
    谷村昌彦/神戸瓢介

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#0183『黄金』ジョン・ヒューストン監督 1948年アメリカ

黄金
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1925 年のメキシコ。アメリカから流れてきたドブス(ハンフリー・ボガート)は一文無しで定職もなく、物乞いをして生活しています。時には、物乞いをした相手が同胞のアメリカ人で、露骨な憐れみの視線を浴びせられることも。

ある日、安宿で出会った老人ハワード(ウォルター・ヒューストン)は自称金鉱掘りの名人。ドブスと相棒のカーティン(ティム・ホルト)は一攫千金を夢見てハワードと金鉱探しに出かけることになります。

やがて、ハワードの言うとおりに金が見つかり有頂天となる三人ですが、この物語はここからが本番。ドブスは金の発掘が進むほどに、際限ない欲望に囚われ仲間が信じられなくなっていきます。金を掘り終えて下山する三人ですが、途中で出会った原住民の子供の病を救うため、ハワードが荷物を二人に預けて村に出かることに。ドブスとカーティンは二人で街を目指しますが、ドブスの疑心暗鬼がは一気に高まります。

ハンフリー・ボガートは良くこの役を引き受けましたね。いつものキリッとしたスーツ姿から一転、垢だらけのぼろ服で髪はぼさぼさ髭ぼうぼう。開巻から物乞いしてます。恵んでもらった金で(他作品の彼のような)きちっとした七三に散髪してもらうシーンがありますが、かえって分不相応の滑稽さが漂ってくる。

本作の製作年度が1948年ですから、前年には『キー・ラーゴ』、その前には46年の『三つ数えろ』などのヒット作があります。翌年の1949年にはサンタナ・プロダクションを創って独立製作を始めるわけですから、キャリア絶頂の頃でしょう。DVDパッケージ裏の水野晴郎氏の解説には”自信があるからこその出演”とありますが、確かにそうかもしれません。イメージチェンジを図ろうとしていたのでしょうか。いずれにしても、よく思い切ったものだと感心してしまうほどの激変キャラクター。

金鉱を探すのに苦労するストーリーかと思いきや、あっさり金は見つかってしまうのですが、問題はその後。金が出れば出るほど三人の関係が微妙に変わっていく描写が見事です。欲にまみれて疑心暗鬼のとりこになっていくドブス。それに対して、ハワードは自制心があり、金がいくら発掘されようと自分自身と三人が置かれている状況のコントロールに怠りがありません。カーティンは欲がなく正義感ある常識人なのですが、ドブスの暴走を止めるすべはありません。この三人の有様は、人間の原罪の一つ”強欲”に対する対応三態なのかと感じました。

ハワード役は、ジョン・ヒューストン監督の父、ウォルター・ヒューストン。いや本当に名優ですねぇ。目の表情が抜群です。経験と知恵、理性、意志の強さが見事に目で表現されていますね。この作品のラストシーンは、「悪い事も起きてみれば大したことがない」という台詞とともに、底が抜けるような大笑いで終わるのですが、この場面もウォルター・ヒューストンが演じてこその大成功でしょう。『』マルタの鷹』では鷹の像を届けた直後に死んでしまいましたが、本作では主役を食うほどの抜群の存在感。見事にアカデミー助演男優賞とゴールデン・グラブ賞助演男優賞を獲得しています。

ところで、この作品はキープ社の500円DVDで観たのですが、後半日本語字幕がずれました。画面より先に字幕が出てくれたので、ストーリーの理解には困らなかったことが幸運でした(笑)★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督: ジョン・ヒューストン
製作: ヘンリー・ブランク
製作総指揮: ジャック・L・ワーナー
原作: B・トレイヴン
脚本: ジョン・ヒューストン
撮影: テッド・マッコード
音楽: マックス・スタイナー/レオ・F・フォーブステイン
出演: ハンフリー・ボガート/ウォルター・ヒューストン
    ティム・ホルト/ブルース・ベネット
    バートン・マクレーン/アルフォンソ・ベドヤ
    ロバート・ブレイク

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黄金黄金
(2006/12/14)
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#0182『記憶の代償』ジョセフ・L・マンキウィッツ監督 1946年アメリカ

記憶の代償

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『イヴの総て』で圧倒的なドラマの面白さを見せてくれたジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の作品。

フィルム・ノワールらしい白黒感は存分にかもし出されており雰囲気は満点。戦傷で記憶を失ったジョージ・テイラー(ジョン・ホディアク)が、わずかな手がかりを手繰って自分の過去の秘密を握るラリー・クラバットという男を追います。悪漢に追われて逃げ込んだクラブ楽屋で出会った歌手クリスティ(ナンシー・ギルド)と愛し合うようになり、彼女の協力を得て真相に近づきますがそこには驚くべき真実が・・。

ということで、こじんまりしたキャストによる典型的なB級フィルム・ノワール。主演のジョン・ホディアクはどこかで見覚えがあるなと思って調べて見ると、ヒッチコックのしぶ~い密室劇『救命艇』に出てました。救命ボートに乗り合わせたメンバーの中でも結構攻撃的な性格の男を演じていました。

病院で目覚めた主人公ジョージ・テイラーが故郷L.A.でわずかな手がかりを探りますが、ストーリーの組み立てとしては手に汗握ると言うほどでもありませんがまずまずの工夫でしょうか。終盤の桟橋に向かう頃には大体ラストは読めますけどね。ただ、話のつながり、要するにヒントを得て次のエピソードに移動するつなぎに若干無理があるんじゃないのかと思わせるところが二箇所。ひとつはロスに戻った直後に受け取るカバンの出所。もうひとつは女占い師フィリスの家で「ヒントをくれ!」と言うというところ。ヒント探しが面白さの核なのに、おもむろに「ヒントくれ」と頼むのもいかがなものでしょ・笑。

ミステリとかホラーなどの作品では、ご都合主義が透けて見えると、その後映画ががんばるほど逆に心は白々とさめていくという、”逆スパイラル症状”に陥ってしまうことがあるのですが、今回は、そういう、多少気になるところはあるものの、そこまで冷めてしまうことはなく、ラストまでそこそこ楽しむことはできました。

しかし、主演二人が、あんまり好みじゃないんですよねぇ。ジョン・ホディアクは、とにかく最初から最後まで表情がまったく変わらないので感情移入しづらいことはなはだしい。必死で真剣のは良いのですが、ちょっとくらい笑うとか泣くとかさ・・・。『救命艇』ではもう少し動きのある表情をしていたと思うので、これは演出なのでしょうか・?

一方、クリスティを演じるナンシー・ギルドは逆に結構表情豊かなんですが、顔のつくりがなんていうんでしょ、B級アメコミに出てくるちょっと妖艶な悪女の感じ?多分自分でも意識してるんだと思いますが、眉を長くたれ気味に引いて、ちょっと上向き加減にしてニタッと笑うと頬骨が強調されて、なんか少し卑猥な笑顔になるんですねぇ。これ、結構印象に残る顔なので女優が作る表情として決して悪いとは思いませんが、個人的に好みじゃないです。はい。

しかし、なんですね、B級フィルム・ノワールっていうのは、前に感想をアップした『都会の牙』もそうですが、あんまり“ストーリーが”とか“演技が”とかコムツカシイことを言わずに、スコーンと心を開いて雰囲気を味わうものかもしれないなとそんなことを感じました。
★★★☆☆

<スタッフ&キャスト>
監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ
脚本:マーヴィン・ボロウスキー
ジョセフ・L・マンキウィッツ
脚色:リー・ストラスバーグ
撮影:ノーバート・ブロダイン
音楽:デヴィッド・バトルフ
出演:ジョン・ホディアク/ナンシー・ギルド
    ロイド・ノーラン/リチャード・コンテ
    ジョセフィン・ハッチンソン/フリッツ・コルトナー


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記憶の代償記憶の代償
(2006/04/14)
ジョン・ホディアク

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#0181『舞台恐怖症』アルフレッド・ヒッチコック監督 1950年/アメリカ

舞台恐怖症
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夫を殺してしまったシャーロット(ディートリッヒ)は恋人のクーパー(リチャード・トッド)に助けを求める。彼女のために、ドレスをとりに行ったクーパーは現場を偽装している最中たまたま戻ったメイドに見つかり逃亡。殺人犯として警察に追われることになる。クーパーを匿う友人のイヴ(ジェーン・ワイマン)と父親は何とかクーパーの濡れ衣を晴らそうとシャーロットに接近するのだが・・・。

1950年にヒッチコックがイギリスで撮影したイギリス的推理ドラマ。トリュフォーには「ヒッチコックのキャリアの汚点」とまで酷評されてます(by「定本・映画術」)ヒッチコックも否定していません。理由は、ヒッチコックが最も嫌う”フーダニット(犯人探し)”の形式をとっていることと、悪役が全くなっていないということ。それともうひとつが冒頭のクーパーの回想シーンに関してですが、これは書くと本作を見る価値がなくなるくらい完全にネタバレしますので伏せておきます。

ということであまり評判のよろしくない作品ですが、個人的にはこの映画結構楽しめました。役者志望のイヴはメイドに化けてシャーロットに近づくわけですが、平行してクーパーを追う刑事スミスとも近しい関係になります。クーパーを追ってシャーロットの元を訪れたスミスに対して、ドリスになりすましているイヴが間一髪で正体を隠しおおせるくだりや、ラストシーンの劇場のオーケストラピットの暗闇で真相が明らかになっていくシーンではイヴとクーパーの目と手のクローズアップが劇的に真相と絡み合っており、ヒッチコック作品として十分見ごたえのあるつくりだったと思います。

私としては、この作品で一番楽しみにしていたのはマレーネ・ディートリッヒ。1901年生まれですからこの作品のときはすでに49歳で孫もいたんですよね。しかしとてもそんな年齢には見えない美しさにはただただ唖然。堂々たる悪女ぶりに拍手喝采です。クローズアップ、全身ショット、歌うシーンも複数有りヒッチコックとしてもかなり気を使って演出をしたのかと感じさせます。定本・映画術にはディートリッヒに関するコメントはないようですが、ヒッチコックが彼女をどう見ていたのか知りたいですねぇ。残念。
★★★☆☆

<スタッフ&キャスト>
監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:アルフレッド・ヒッチコック
原作:セルウィン・ジェプソン
脚本:ウィットフィールド・クック
撮影:ウィルキー・クーパー
音楽:レイトン・ルーカス

出演:マレーネ・ディートリッヒ/ジェーン・ワイマン
   リチャード・トッド/アリステア・シム
   ケイ・ウォルシュ/パトリシア・ヒッチコック
   アンドレ・モレル

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舞台恐怖症舞台恐怖症
(2006/12/14)
パトリシア・ヒッチコックアリステア・シレ

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#0180『都会の牙』ルドルフ・マテ監督 1949年アメリカ

都会の牙
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ネタバレですよ

ルドルフ・マテ監督のフィルム・ノワール『都会の牙』。ルドルフ・マテ?なんとなく聞いたことが・・check・check・・、おお、『海外特派員』とか『美女ありき』の撮影監督を務めた人ですね。この作品が監督デビュー作とのことです。

原題の「D.O.A.」はDead on arrivalの略で、”到着時死亡”という意味の警察用語。つまりは、”死体で担ぎ込まれた”ということ。

物語は会計士フランク・ビグロ(エドモンド・オブライエン)がロス市警に”自分の足で”駆け込むところからはじまります。ある殺人事件について話したいというビグロ。「殺されたのは誰か?」という刑事の質問に、放心した様子で「自分だ・・・」と答えます。いったいなぜ?

オープニングから、このシーンまでぽんぽんとテンポよく来て、ビグロの回想シーンに入ります(回想シーンの導入にグルグル渦巻きが!)。ビグロは、やきもち焼きの恋人ポーラ(パメラ・ブリットン)の詮索を振り切って、男の自由な時間を愉しむため、一人でバケーションに出かけますが、行き先のホテル近くのバーで毒を盛られてしまいます。解毒の術もないこの毒薬、体内に入るとしばらくして全身衰弱して死に至る。その期間は、1日か2日か1週間・・・・(ずいぶん誤差大きいですね)。

とにかくわかっているのは間違いなく死ぬということ。ビグロに死の宣告をする医者が、毒薬のサンプルを試験管に入れて持ってきます。名づけて”ルミナス毒”。

医者:「ほら、暗くすると光るっ!」って、・・・・なぜ、光る???・・・

とりあえず光ることには何の意味もないようですが、そういうツッコミは(満載なので)置いといて、とにかく暗いところで光る猛毒にやられてしまったビグロ。

変な毒薬に犯されていると知った瞬間から、ビグロは走ります。全速力で街中を駆け抜け、なんとか真相を究明しようとサンフランシスコからロスに飛び、わずかな手がかりを手繰って警察顔負けの大捜査を展開。ついに犯人を追い詰めます。元気な人間でも滅多にできない大活躍!。

この作品、B級ということでいいんですよね。B級の定義もいろいろあるとは思いますけど、別にネガティブな意味ではありません。この”ルミナス毒”を筆頭に、犯人が着ている「お客さんるお客さん、俺が犯人だからよーく覚えといてよっ!」と念押ししているごとくに派手なコートとか、おかしなキレ方の悪役チェスターとか、なんかこう洗練されてない、駄菓子みたいな素朴な味わい深さを感じるんですよね、この映画(あー、グルグル渦巻きも)。

服毒後一定時間後に死ぬというのは、MI:2に出てきた新型ウィルス”キメラ”と同じ様なもんです。『MI:2』は正確に残り時間がわかっていてカウントダウンしていきますが、こちらは余命1日から1週間までの間にいつ死ぬかわからない。なんという安直な設定。結局主人公ビグロが、やるべきことを全部やってしまうのに必要十分なだけのぴったりな時間があって。。。このご都合主義ぶりがまた、いかにもでいいじゃないですか。これぞB級テイスト。

エンドマーク後に、わざわざ

「この映画は医学的な真実に基づいています。ルミナス毒は実在します。」

なんて字幕を挿入したり、徹底しているというか、遊び心があるというのか、とにかく肩肘張らず気軽に見れて面白い、よくできた娯楽ノワール作品でした。
●★●

<スタッフ&キャスト>
監督:ルドルフ・マテ
製作:レオ・C・ポプキン
原作・脚本:ラッセル・ローズ/クラレンス・グリーン
撮影:アーネスト・ラズロ
音楽:ディミトリ・ティオムキン
出演:エドモンド・オブライエン/パメラ・ブリットン
   ルーサー・アドラー/ネヴィル・ブランド
   ヘンリー・ハート/ヴァージニア・リー
   ビヴァリー・キャンベル


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都会の牙都会の牙
(2007/08/22)
エト゛モント゛・オフ゛ライエン

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#0179『居酒屋』ルネ・クレマン監督 1956年フランス

居酒屋
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ネタバレです。ご注意ください。

救いがない・・・・のかなぁ、やっぱり。

フランス自然主義文学の巨匠エミール・ゾラの同盟小説を、「禁じられた遊び」「太陽がいっぱい」のルネ・クレマン監督が忠実に映画化したと言われる本作。

自然主義文学とは、”自然の事実を観察し、「真実」を描くために、あらゆる美化を否定する。”(by Wikipedia)ということであるから、映画としてもその趣旨に則っている。

19 世紀のパリの労働者の暮らしぶりがりアルに伝わってくる。石畳とレンガの建物が息苦しい雰囲気をかもし出す町並み。アパートの部屋は狭く、家族が折り重なるように暮らしている。一生懸命働いても大して贅沢ができるわけではなく、彼らは慎ましやかに日々生活している。作品中盤で描かれる誕生日パーティーのシーンは、そんな彼らのささやかな楽しみ。たまのご馳走を楽しみながら飲み歌う姿が印象的だ。パリの労働者の生活ぶりは、どう飾られることもなく、そのようにゴロリと観客の前に投げ出される。うーん、自然主義だ。

そういうパリの下町生活を舞台として5人の人間が登場する。

・洗濯屋を営む主人公のジェルヴェーズ:真面目な働き者。
・ジェルベーズの元夫(内縁)ランチエ:自分勝手な放蕩者
・現在の夫で屋根職人のクポー:自堕落な怠け者
・彼女に思いを寄せる鍛冶職人グージェ:自尊心にあふれる潔癖な理想主義者
・過去に諍いがあったが現在は友人(のフリ)のヴィルジニー:計算高い野心家

真面目な働き者のジェルヴェーズは、毎日を生き抜くために必死に働く。ランチエと二人の子供と共に暮らしていたが、ランチエはヴィルジニーの妹と良い仲になってしまい、突然姿を消してしまう。そのことで、ヴィルジニーと大喧嘩をした彼女は一念発起してせっせと働き、クポーと出会ってささやかな家庭を築き、洗濯屋の店も持つまでになる。ちなみに公共の洗濯場でのジェルヴェーズとヴィルジニーの対決は映画史に残る大喧嘩シーン。

しかし、順風満帆にことは運ぶのかと思いきや、そうはうまくいかない。仕事中に屋根から落ちて働く意欲をなくし、酒びたりになるクポー。突然彼女の前に現れて、間借り人として住み着いてしまうランチエ。クポーとランチエが自分勝手な行いで彼女の店と生活をぼろぼろに壊してしていくさまは、見ていて痛々しいほどだ。なにかとジェルヴェーズを支えてくれたグージェは、結局彼女とランチエの仲を疑うに至り、自尊心が傷つくことに耐えられず去っていく。

これが、アメリカ映画なら、やはり”真面目な働き者”の主人公が最後の最後には幸せをつかみハッピーエンドになるだろう。しかし、フランスではそう単純にはいかないものらしい。

真面目な働き者だったジェルヴェーズは、現実に打ちのめされて酒に浸り、友達のフリをしながら虎視眈々と彼女への復讐を狙っていた野心家ヴィルジニーが、自分さえ良ければなんでもOKのランチエと手を組んで、ジェルヴェーズの店をのっとり幸せをつかむ。

現実の世の中で、このようなことが起きないかといえば、絶対無いとは言い切れない。そして誰もがこういう困難を乗り越えて、明るい将来を信じて生きていけるかというと、やはり必ずしもそうではない。この映画がそういうきびしい現実を優れた観察力で生々しく描写している秀作であるということは疑う余地はない。自然主義にのっとる作品をいくつも観たわけではないが、その分野でも優れた一本であることは間違いないと思う。

しかし、それを映画として観るとつらいなぁ。エンド・ロールのあとに劇場の明りがついて、我に返ったときにこの後味はつらすぎるよ。その後、別の本で自然主義とは、「人はなにをしても世界と自分の運命を変えることなどできないという価値観」であるという話を読んだ。現実がそうとしか思えないことが多いと思うし、誰かの人生(自分も含めて)がそのように運んでしまうことも多々あるとは思うけれど、現実にも映画にも、もう少し希望を求めたいというのが正直な感想。徹底した堕落と崩壊のメカニズムを目撃したという経験を、少なくとも何かに役立てねばなぁ。。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:ルネ・クレマン
製作:アニー・ドルフマン
原作:エミール・ゾラ
脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ボスト
撮影:ロベール・ジュイヤール
音楽:ジョルジュ・オーリック

出演:マリア・シェル
    フランソワ・ペリエ
    アルマン・メストラル
    ジャック・アルダン
    シュジー・ドレール
    ジャニー・オルト

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居酒屋居酒屋
(2003/02/25)
マリア・シェル

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#0178『アメリカン・ギャングスター』リドリー・スコット監督 2007年アメリカ

アメリカン・ギャングスター
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リドリー・スコットという名前を聞くと、やはりちょっと映像に期待してしまう。最近、リドリー・スコットの映画は見てないけれど、でもそこはやっぱりスコットだもの。。。やってくれるでしょう・・・。

と、思ったのに意外とフツー。

スコットらしいビジュアルがナイ!映画全体は非常に丁寧な作り込みで、良質なギャング映画ですが、良く言うと正統派、ちょっと意地悪な言い方すると意外性のない映画。

実話をもとにした映画で、モデルとなっている人物は、稀代の麻薬王とNY市警に蔓延る大汚職ネットワークを壊滅した麻薬取締官という善悪双方の英雄。演じているのも、デンゼル・ワシントンとラッセル・クロウというともにオスカーを獲得した大スター。そうすると、やはりこの二人をきちんと描ききることが最優先となり、その分ビジュアルなど他の要素が控えめになってしまった。。。というようなことは、考えられるかもしれません。しかし、ではその人物描写は。。

善のヒーロー、リッチー・ロバーツ刑事(ラッセル・クロウ)には、私生活で離婚沙汰が絡んでいたり、多少下半身がゆるかったりというネガティブ要素が設定されていますが、それが刑事として正義感になんの悪影響も及ぼしていないところが淡白。

この手の刑事にも描き方はいろいろあるようで、よくあるのは正義感は人一倍ながら倫理観に欠けているために刑事として”はみ出し”でというやつ。うまく事が運ぶと『ブラックレイン』に登場したコンクリン刑事(マイケル・ダグラス)のように型破りなヒーローとしてまっとうできるが、『その男、凶暴につき』の我妻(北野武)のように業死する場合もある。映画ではありませんが、私のHNの由来になっているジャック・フロスト(”クリスマスのフロスト”などフロスト警部シリーズで有名)もそういう刑事のコメディバージョン。

また、もう少し暗いタイプでは、自らの心に深いトラウマを抱えているがために、悪に対して異常な執念を燃やし、結局はそれが諸刃の剣となって身を滅ぼす『探偵物語』のマクラウド刑事(カーク・ダグラス)などがいました。

どのような描き方にしろ、ネガティブな面も持った刑事の”人間”を描くのであれば、もう少しそのネガティブ面と刑事の本領を有機的に結びつけて描いてほしいところ。

そういうないまぜの葛藤が見えないので、リッチーと家族のエピソードや、彼が夜学に通って司法試験を目指す姿などが、どうも映画全体に位置づかなく見えてしまうのです。また、冒頭、令状を待たずにがさ入れする強引な一面を見せますが、肝心の麻薬工場摘発のクライマックスシーンでは、きちんと令状が届くのを待っていたり、”あのフリはいったいなんだったのよ?”と思わせるシーンもちらほら。実在のリッチー・ロバーツ氏の人物像を反映することが重要だったのかもしれませんが、少々面白みに欠けると観られても致し方ないと思います。

もう一方のデンゼル・ワシントン扮する黒人の麻薬王フランク・ルーカス。ニューヨーク五大マフィアのひとつ、ジェノベーゼ・ファミリーに連なる黒人カリスマギャング”バンピー”・ジョンソンのもとで、運転手やボディーガードなどを務めながら15年間ギャングとして修練を積みます。かなり汚い仕事にも手を染めた様子が冒頭に描かれていますね。バンピー亡き後はイタリア系のジェノベーゼの傘から這い出すために、麻薬ビジネスに目をつけ、新しいビジネスモデルを築き、既存のどのファミリーにも属さない麻薬王にのし上がります。

純度50%以下が当たり前の当時の麻薬ビジネスで、”倍の品質を半分の値段で”をキャッチフレーズに、”ブルー・マジック”というブランド名をつけて売りさばく。そのためには、自らタイの麻薬王のもとに飛び込んでブツを確保し、軍用機を使う独創的な密輸ルートを開発し、組織を家族親族同郷者で固め、麻薬工場のスタッフは全員女でヤクを盗まないように全裸で働かせるなど、仕入れ・製造から販売までオリジナルの一環体制を築いてしまう。しかも、自らは巨万の富を得ても決して人目を引くような行動はしない。

映画の登場人物としては、フランク・ルーカスの方が魅力的で、その分彼の決断力や行動力、思慮深さと瞬間的に爆発する残忍さを同居させている性格など、手間も時間もかけて描いています。しかし、こちらもなんかこう、しっくりきません。

麻薬の生産元と直取引するために飛び込んでいくくだりは、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』(ジョン・ローン)や『ブロウ』(ジョニー・デップ)などですでに観た事があって新鮮味に欠けるし、それらと比べて描き方もあっさりしていて物事がうまく運びすぎ。そもそも、フランクの成り上がりの背景には、師と仰いだバンピーでさえもイタリア系のジェノベーゼに使われる身であったという人種的要因があるのですが、そのあたりも含めて彼が成り上がるための黒い執念とがむしゃらな行動が心に届くほどの迫力で見えてきません。

シチリアマフィアさながらの家族愛を見せるフランクは、ノースカロライナから母と弟たち呼び寄せます。しかし、麻薬ビジネスの黒幕としての正体を隠しておくために弟たちを組織化し、身内であろうと意に沿わないものは激しく痛めつけるところもあって、この家族愛が無償の愛に見えない。冷酷無比なギャングでありながら家族と仲間を命よりも大事にするドン・コルレオーネのような人間的魅力が伝わってこないのです。

身辺に細心の注意を払うフランクがリッチーに目をつけられるボクシングのシーンで、いかにもデンゼル・ワシントンに似合わない変な毛皮のコートを着ているのですが、調べてみるとあのコートは実在のフランク・ルーカスが着たものと同じデザインのようです。

さて、ここで。

この作品の人物像に漂っているなんともいえない”ちぐはぐ感”はこの変なコートに象徴されているのではないかと感じた次第です。実在のフランク・ルーカスが着たこのコートは、デンゼル・ワシントンが映画の中でかもし出している雰囲気に全くマッチしていない。

つまりは、リッチー、フランクともに実在の人物の要素を忠実に取り入れようとしたがために、映画の世界観に人物像がうまくはまらなかったんじゃないのかなと。それゆえに観客の心に迫るほど人間が描ききれていない。そういう風に見えてしまって仕方ありません。実話を基にしている限り難しい問題だとは思いますが、この作品の題材が映画としてかなり魅力的であるために、余計にそのズレが目についてしまうのかもしれません。

ということで、好き放題言い放題で今回は来ましたが、映画館でこの作品を観て、お伝えしておかなければいけない事実がもうひとつ。それは、2時間37分という長尺でありながら、退屈はしなかったということですね。まあ、いろいろと上記のような突っ込みはしながらですが。

これはひとえに役者2人の魅力だと思います。デンゼル・ワシントンのふてぶてしさにしても、ラッセル・クロウのちょと生活観のにじんだ感じにしても、全体観を別にすれば、ハッとする映像も、ハッとするセリフもたくさんありました。この二人、実はほとんどラストまで直接顔をあわせることがないのですが、初対面のシーンで、パトカーにもたれて教会から出てくるデンゼルを迎えるラッセル・クロウの映像は、それまでの長い経緯もあってちょっとぐっと来ました。リドリー・スコットお得意のビジュアルは、この二人のためにあったのかもしれません。★★★☆☆

<スタッフ&キャスト>
監督:リドリー・スコット
製作:ブライアン・グレイザー/リドリー・スコット
製作総指揮:スティーヴン・ザイリアン/マイケル・コスティガン
        ブランコ・ラスティグ/ニコラス・ピレッジ/ジム・ウィテカー
脚本:スティーヴン・ザイリアン
撮影:ハリス・サヴィデス/プロダクションデ/ザイン:アーサー・マックス
衣装デザイン:ジャンティ・イェーツ
編集:ピエトロ・スカリア
音楽:マルク・ストライテンフェルト

出演:デンゼル・ワシントン/ラッセル・クロウ/キウェテル・イジョフォー
    キューバ・グッディング・Jr/ジョシュ・ブローリン/テッド・レヴィン
    アーマンド・アサンテ/ジョン・オーティス/ジョン・ホークス
    カーラ・グギーノ/RZA/ルビー・ディー
    コモン/ライマリ・ナダル/ロジャー・グーンヴァー・スミス
    マルコム・グッドウィン/ユル・ヴァスケス/リッチー・コスター
    ワーナー・ミラー/アルバート・ジョーンズ/J・カイル・マンゼイ
    ティップ・ハリス/ジョン・ポリト/ケイディー・ストリックランド
    ロジャー・バート//リック・ヤン

<関連サイト>
フランク・ルーカス
トレーラー

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(2008/08/27)
デンゼル・ワシントンラッセル・クロウ

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#0177『孤独な場所で』ニコラス・レイ監督 1950年アメリカ

孤独な場所で
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ネタバレですよ

我がヒーローハンフリー・ボガートと、期待のグロリア・グレアムの共演。監督は当時、グロリアの夫であったニコラス・レイ。

今回のハンフリー・ボガートの役どころは、映画の脚本家ディクソン・スティール。腕は良いものの、激しやすい性格が災いし戦後はヒット作が出ていません。

ディクソンは、脚本執筆の手伝いという名目で、クラブウェイトレスを自宅に招じ入れます。しかし、彼女はディクソンの家を出た直後、絞殺されて車から投げ捨てられているところを発見され、ディクソンに嫌疑がかかります。警察に連行されたディクソンのアリバイを証言し助けるのが隣人の謎めいた美女ローレル(グロリア・グレアム)。

先日感想をアップした『仕組まれた罠』では、グロリア・グレアムの魅力に惹きこまれたものの、後一歩キャッチすることができませんでしたが、この作品では・・・きましたよ、すばらしい。

『仕組まれた罠』の感想を改めて読み返すと「泣き顔が似合う」と書いていました。確かに、そちらでは泣いてばかりいてそれも魅力的なのは間違いないのですが、彼女の一番の魅力は泣き顔ではありませんでした。ワケも事情もありそうな女のちょっと謎を含んだ笑み。これですねぇ。いっやー(大喜び)、この作品前半のグロリア・グレアムを見たことのない方はぜひご覧になったほうが良いです。お奨めします。抜群に魅力的です。

ハッとするシーンもたくさんありました。ロングスカートのポケットに両手を突っ込んでボギーと話すシーン、窓の外からのぞいている友人メル(アート・スミス)と窓辺に腰掛けて格子ごしに話すシーン、極めつけはバーのピアノカウンターで隣のボギーに送るながし目。

グロリア・グレアム、今度こそ完璧に惚れました。実に素晴らしい。


前半はね・・・。


この作品、後半に急速に入れ込み度がダウン。浜辺のピクニックで、ローレルが警部と話したことを知ったディクソンは怒り狂い、車で暴走した挙句接触事故を起こした相手の運転手を半殺しの目に合わせます。この後、ローレルはディクソンの激しやすい性格に恐怖し始めます。ウェイトレス殺しはやはりディクソンの仕業ではないのかという疑いも再び頭をもたげてきます。

ここでですね、ローレルの謎めいた部分が一気になくなってしまうんですよね。身の危険に恐怖するごく普通の女になってしまいました。。。で、泣くでしょ。『仕組まれた罠』のヴィッキーと同系統の表情・演技です。それでも十分魅力的なんですが、前半の飛びね抜けた魅力からすると今ひとつ(いや二つ)。

見終わってから知ったのですが、この作品は製作途中で大きくストーリーが変わったそうです。当初はシリアル・キラーチックなサイコ・サスペンスだったらしいですね。そう言われれば刑事にウェイトレス殺しの状況を推理して見せるボギーの表情はかなりアブノーマルな感じでさもありなんと思わせます。しかし、最終的にはボギーのアドリブにあわせてニコラス・レイがシナリオを書き直し、ボギーとグロリアの恋愛のいきさつを中心にすえたドラマになっています。

前半のグロリア・グレアムがかもし出しているなんともいえない妖艶な雰囲気はきっとなにかの複線になっていたんじゃないかと思うんですね。でもシナリオが変わってしまったので結局そのあたりは後半のストーリー展開に何にも関係なく素通りになってしまったのではないかと。ドラマの方も、あ、そういうことなのねという感じで終わってしまいました。これは観る人の好みにもよると思いますが、ロマンスよりサスペンス・スリラーな方が好みな私としてはちょっと拍子抜けの感が否めませんでした。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:ニコラス・レイ
製作:ロバート・ロード
原作:ドロシー・B・ヒューズ
脚本:アンドリュー・ソルト
撮影:バーネット・ガフィ
音楽:ジョージ・アンセイル
出演:グロリア・グレアム/ハンフリー・ボガート
    アート・スミス


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孤独な場所で孤独な場所で
(2007/04/04)
ハンフリー・ボガート

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#0176『太陽の季節』古川卓巳監督 1956年日本

太陽の季節
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ネタバレあり


”太陽族”という流行を生み出した石原慎太郎原作による日活の問題作。この作品のヒット以降製作された「太陽族映画」が青少年に有害であるという議論が高まり、映倫設立のきっかけとなった作品でもあります。。

主演は、最近『寝ずの番』で死んだあとまでラインダンスを踊らされていた長門裕之と、後に長門夫人となった”日活の至宝”南田洋子。石原裕次郎が期待の大型新人としてスクリーン初出演しています。

主人公の津川竜哉(長門)は頭も切れスポーツ万能だが、本当にやりたいことを見つけられない高校生。知り合いのボクシングジムで伊豆(石原裕次郎)に打ち負かされたことからボクシングを始めます。ある日ボクシング仲間と街に出かけ、ナンパで知り合った英子(南田洋子)と付き合い始めます。お互いに、本当に人を愛したことのない不十分な人間同士だと認識しあいながら二人の交際は深まっていきます。いつまでも本気になれない竜哉ですが、英子の方は彼との交際を通して真剣に人を愛することを学び、竜哉に対しても自分に対する愛を求め始めます。やがて、竜哉はそんな英子が徐々に疎ましくなってきます。

主人公の竜哉のような若者を指す”アプレゲール(アプレ)”なんて言葉がありましたが、今や死語を通り越して影も形もありませんね。私の世代(40代半ば)だと聞いたことのある人もかなりいらっしゃると思います。手塚治虫の漫画なんかでも見かけましたね。懐かしい・笑

特に日本では、第二次大戦後の無軌道で道徳観のない若者たちを指して言った言葉で、大人たちがつくった価値観に納得できない、自分たちには何かができるはずだと思いながら、実際は何もできず無軌道に毎日を生きている、そういう感じでしょうか。

二人の会話で、「誰かが死んでもきっと泣かない」という竜哉に、「去年婚約者が交通事故で死んだけれど、一切涙を流さなかった」と英子が答えるシーンがあります。いかにも、アプレゲールな若者の会話ですが、先に本当の愛に目覚めた英子は、物語の終盤で結局竜哉の愛を確かめられなかったときにぼろぼろと涙を流します。一方、竜哉はラストシーン(何のシーンか書けないんですけど・・)でも結局一粒の涙も流さずに映画は終わります。

二人が共にアプレだった映画の前半では、ダンスパーティやヨット遊びなどそこで行われている事々はとてもおしゃれでスマートです。しかしそれは、楽しいことだけをして、うわべだけをつくろっているからおしゃれなのであって、英子が愛に目覚める後半は嫉妬や悩み・喧嘩など生々しく人間くさい出来事が増えてきます。竜哉が英子を疎んじて兄道久に5000円で売り渡してしまいますが、英子は道久が払った5000円をたたき返します。その金で竜哉はまた同じことをして英子が再び金を送り、都合4回同じことが行われます。「何回でも私はお金を払う」と言い切る英子には、確固たる竜哉への愛があってそこにはすでにアプレゲールのいい加減さはありません。

ラストシーンで英子のクローズアップが写ります。竜哉を責めているようにも見えますし、哀れんでいるようにも見えますね。じっと彼女を見つめて”お前らは何にもわかっていないんだ”と叫んで走り去る竜哉。大人になれない未熟な精神。なんとも言い表せない焦燥感。やり場のない怒り。そういう、若者を取り巻いていた時代の空気のようなものを、よくこれだけ見事に映像化したものだと感心してしまう一本でした。

ちなみに、新人石原裕次郎は端役ですが、周りの役者と比べて存在感が段違い(オーラが出てる)。軽薄なシーンには登場していないようで、大切に扱われていたようです。同年に撮られた姉妹編『狂った果実』では早くも主役。さもありなん。大物は最初から違います。★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督:古川卓巳
製作:水の江滝子
原作:石原慎太郎
脚本:古川卓巳
撮影:伊佐山三郎
美術:松山崇
編集:辻井正則
音楽:佐藤勝
助監督:山崎徳次郎
 
出演:長門裕之/三島耕
   清水将夫/坪内美詠子
   南田洋子/岡田真澄
   東谷暎子/佐野浅夫
   石原裕次郎/石原慎太郎


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太陽の季節太陽の季節
(2002/09/27)
長門裕之

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#0175『甘い生活』フェデリコ・フェリーニ監督 1959年イタリア・フランス

甘い生活
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文学の道を志し、ローマにやってきたマルチェロは夢もかなわず新聞にゴシップ記事を売って暮らしている。一途に彼を愛する恋人エンマがいながら、大富豪の娘マッダレーナ、米国のグラマー女優シルビアなどと上流階級の退廃的なくらしに浸る毎日。妻と子供をこよなく愛する友人スタイナーの自殺を契機にますます乱痴気騒ぎに没入していく。

アメリカ映画が取り上げるテーマには、何かの目的を追求しようとする力強さがあり、日本の映画のそれにはストイックさがあります。が、ヨーロッパの映画には、というよりこの映画にはそういう”人間としての正しい行い”みたいなものが、見事に無いですね。キリスト教のお膝元イタリアのことですから騒ぎになったのもわかります。

物語で、人としての良心みたいなものを表してるのは、父親とスタイナーとラストシーンの少女でしょうか。で、父親は乱痴気騒ぎのあと体調を崩し、スタイナーは自殺し、少女の言葉は波音にかき消されて聞こえないと。かくしてマルチェロはわずかに残っていた夢も完全になくして退廃の世界に埋没していくのした。

これは、当時のイタリア社会(というかローマ)の風刺ですか?それともフェリーニの個人的な嗜好ですか?どちらにしてもずくずくに熟しきった退廃感が、なんというか意外と心地よかったりします。こういう作品を観るとヨーロッパ映画を観た甲斐があるなぁ、と感じますね。

フェリーニの映画は、”カサノバ”が公開されたときに当時高校生だったか大学に入ったばかりかと思いますが、一人で観に行ってかなりショックを受けた記憶がありますね。それ以来”わけのわからない監督”という位置づけだったのですが、今見てみるとかなり抵抗無く受け入れている自分を発見しました。人生経験をつんだ賜物でしょうか(笑)根が怠惰なので波長が合うだけかもしれません。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:フェデリコ・フェリーニ
製作:ジュゼッペ・アマト/アンジェロ・リッツォーリ
原案:フェデリコ・フェリーニ
脚本:フェデリコ・フェリーニ/エンニオ・フライアーノ/トゥリオ・ピネッリ/ブルネッロ・ロンディ
撮影:オテッロ・マルテッリ
音楽:ニーノ・ロータ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ/アニタ・エクバーグ
   アヌーク・エーメ/バーバラ・スティール
   ナディア・グレイ/ラウラ・ベッティ
   イヴォンヌ・フルノー/マガリ・ノエル
   アラン・キュニー/ニコ

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甘い生活 デジタルリマスター版甘い生活 デジタルリマスター版
(2008/01/26)
マルチェロ・マストロヤンニ

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#0174『仕組まれた罠』フリッツ・ラング監督 1954年アメリカ

仕組まれた罠
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完全ネタバレ記事です。ご注意ください。


ドイツの名監督フリッツ・ラングがハリウッドで製作したサスペンス映画で、日本未公開作品。最近、ジャン・ルノワールに関する本を読んでいてようやく気づいたんですが、ルノワールの『獣人』のリメイクなんですね。

主人公のジェフ・ウォーレン(グレン・フォード)は、朝鮮戦争から帰還し鉄道機関士に復職します。映画の冒頭にジェフが電気機関車を走らせますが、このシーンがなんともいえず良いですねえ。運転席から見える景色の臨場感と、ジェフのプロフェッショナルな風情や、ジェフと同僚が手振りだけでタバコの火のやり取りをする様がリアル。また音楽がシーンにとても良く合っています。冒頭からちょっと目を見張りました。

ストーリーは、『仕組まれた罠』というより、原題のHuman Desireの方がピンとくる内容。人間の欲望というか、”人であるが故の業”というでもいうのでしょうか。

ジェフは、昔の同僚カール(ブロデリック・クロフォード)と再会します。カールは副操車場長に出世し美しい妻ヴィッキー(グロリア・グレアム)と結婚したばかり。ところが再会直後にカールは上司と揉め事を起こしてクビを言い渡されてしまいます。困りきったカールはヴィッキーが昔”世話になった”という大荷主オーウェンズに仲裁してもらうことを思いつき、嫌がる妻を説得してオーウェンズのもとに頼みに行かせるんですねぇ。

さあ、ところがヴィッキーはオーウェンズのもとに向かったまま5時間たっても帰ってきません。ようやく戻ってきたヴィッキーを問い詰めたカールは、妻の様子からオーウェンズとの関係を疑い、嫉妬に我を忘れて狂います。町に戻るオーウェンズと同じ汽車に乗り込んだカールは、妻を伴ってオーウェンズの個室に乗り込み、ついには彼を刺し殺してしまうのです。二人は自分たちの客車に戻ろうとしますが、デッキに同乗していたジェフがタバコをふかしているのに気づきます。何とかその場を切り抜けようと、カールはヴィッキーにジェフを誘い出すように命じますが・・・。

さて、ここからです。主役の三人はそれぞれ”業”に取り付かれてしまうんですね。カールはすでに嫉妬に狂いオーウェンズを殺害していますが、それでもまだヴィッキーを愛しており、彼女を脅して自分のもとに縛りつけようとします。デッキでヴィッキーと出会ったジェフは怪しいと思いつつも美しい彼女を愛してしまい、次第に友人カールが疎ましくなってきます。

fritz_lang_human_desire.jpgカールは無限の嫉妬、ジェフは盲目のごとき道ならぬ恋という業に取り付かれていきます。そして、ヴィッキーですが、彼女はきっと女として幸せになりたいんですよね。そのために男を利用しようとしてしまう。これは、計算づくの悪どさではないでしょう。でも結果としてそうしてしまうのですね。

次第に酒におぼれていくカールと、夫に見切りをつけて冷たく接するヴィッキーの、夫婦が壊れていく様子は悲惨。そして、そういう状況の中で、ヴィッキーは本気で愛してしまったジェフをも、自分のために利用しようとします。このあたりの業の深さが実に哀しい。ジェフはついに意を決し、カールを付け狙います。

酔って千鳥足で先を行くカールの影。それを恐ろしい形相で追うジェフ。二人がともに働いた操車場ついにカールに追いついたジェフは凶器を振り上げます。。。が、最後の最後でジェフはカール殺しを思いとどまるんですね。

しかし。。。。この作品で残念なのはこのくだりです。ジェフがカール殺しを思いとどまったいきさつに納得がいかない。この映画のテーマが”どうしようもない人の業”ということならば、彼が落ちた盲目の恋はそんなに簡単に冷めるものであってはいけないと思うのです。簡単にあきらめられるものならそもそも大した業ではないし、彼女が夫殺しを言い出したときに冷めてもいいはずで、あのタイミングで我に返る必然性が良くわからない。そのあたりにご都合主義的なものが感じられて残念です。

それでもラストで三人が乗り合せる汽車のシーンは実に皮肉で印象的。業に取り付かれたものは、業に殺されるというまっとうなエンディングでした。

三人の俳優はそれぞれ素晴らしい演技でした。ブロデリック・クロフォードの鬼気迫る落ちぶれ方も、美しく涙をこぼしながら夫殺しをそそのかすグロリア・グレアムも、まっとうな理性を持ちながら愛した女のために殺しを決意するグレン・フォードも良いと思います。

特に、グロリア・グレアムの顔立ちは破滅を予感させます。これほど破滅が似合いそうな女はそうはいないんじゃないかというくらい。そういう意味ではフィルム・ノワールにはまさにうってつけの女優だと思います。★★★☆☆

<スタッフ&キャスト>
 監督:フリッツ・ラング
 製作:ルイス・J・ラックミル
 原作:エミール・ゾラ
 脚本:アルフレッド・ヘイズ
 撮影:バーネット・ガフィ
 音楽:ダニエル・アンフィシアトロフ
 出演:グレン・フォード/グロリア・グレアム
    ブロデリック・クロフォード/エドガー・ブキャナン

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COLUMBIA TRISTAR FILM NOIR COLLECTION VOL.2COLUMBIA TRISTAR FILM NOIR COLLECTION VOL.2
(2004/02/25)
オーソン・ウェルズチャールズ・ヴィダー

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#0173『パンドラの箱』G・W・パブスト監督 1929年ドイツ

パンドラの箱
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完全ネタバレ記事ですのでご注意ください。



少女のようなショート・ボブヘアのルル(ルイーズ・ブルックス)は、“魔性の女”と呼ぶにはあまりにも純真可憐である。にもかかわらず、彼女に関わる男たちをことごとく破滅させてしまう。堕落と退廃の淫靡な匂いをふりまく乙女ルルの魅力を、果たしてどのように表現すればよいものか。

ルルの魅力が凝縮されている場面が二つある。一つ目は芝居小屋舞台裏のシーン。ルルの恋人だったシェーン博士は、奔放なルルとの結婚に踏み切れず、いまやいかにも彼にふさわしい某大臣の娘と婚約している。ルルは、舞台裏を訪れたシェーン博士と婚約者の姿を見つけ、彼女の前で踊るのはいやだと駄々をこねる。

ベッドに突っ伏し、うねうねとうごめく艶かしい背中。子供のようにばたつかせる二本の白い足。大胆に胸の開いた舞台衣装からこぼれそうな乳房。むき出しの生の女の存在感が博士の男の心を直撃する。子供のように博士の様子を伺いながら、博士にその肢体の魅力を浴びせかけるルル。ひょっとすると、彼女は自分のエロティックな肉体の魅力を自覚していないのかもしれない。。。この思いにぞっとさせられる。

思わず口を手でふさいで抵抗する博士の姿が滑稽でもあり壮絶でもある。学者であり、新聞社の社主であり、聡明で美しい婚約者もいるシェーン博士だが、ルルの誘惑に勝てるはずもない。しかし、男ならいったい誰がそれを責められようか。かくして、哀れな博士は、無力な昆虫が食虫植物に吸い寄せられるようにルルとくちづけを交わし、その現場を婚約者に目撃されてしまう。

二つ目は、舞台裏のシーンに続く、シェーン博士とルルの結婚式のシーン。芝居小屋とは異なり、ルルはウェディングドレスに身を包んでいる。男を蕩けさせる肉体を純白のドレスに隠したルル。今度は彼女の内面の怖さを見せつけられる。

新妻の立場にありながら、養父シゴルヒ(この醜く卑しい老人はおそらくルルの最初の男)や、舞台の相方である軽業師ロドリゴを寝室に呼び込んで戯れ、激怒してピストルで彼らを追い払ったシェーン博士が訪問客に慰められている間に、今度はシェーンの息子アルバの求愛にすら応えてしまう。

ベッドに腰掛けるルルのひざに顔を埋める我が息子に向けるシェーン博士の嫉妬に狂った形相。部屋を追い出されるアルバと追い出すシェーン博士の間に、すでに親子の絆はない。一匹の雌を争う二匹の雄の姿。

にもかかわらず、ルルは寝室の姿見で、鏡に映る自分の姿に酔いしれている。自分の行いが男の心をいかに狂わせるのか、ほんの少しも感知していない。しかも、ほんの少しの悪気もない。ルルの心は、幼い子供のように残酷で無邪気である。

博士は、ズタズタになった自分の心を救うためにルルにピストル自殺を強要するが、微塵も罪悪感の無いルルにその怒りが通じるはずもなく、揉みあううちに暴発した銃により命を落とす。

ルルは、女を武器として駆使する計算高い魔性の女ではない。無邪気に、自分の心のままに行動しているだけなのだ。なのに、その結果が、すべての男の破滅につながってしまうという罪深さ。そして、エロティックな肉体と少女のようなあどけなさが同居しつつ、それを包んでいるという禍々しさ。

シェーン博士が死んだあと、彼女は夫殺しの裁判にかけられ、有罪となったところを養父シゴルヒたちに救い出される。そして、いかがわしいギャンブル船に身を隠し、そこにもいれなくなってロンドンの貧民窟にたどり着く。ルルは、自ら主体的に行動することなく、周りの思惑に乗って貧民窟まで流れていくが、その思惑の主たちは男も女も、やはり同様に身を滅ぼしていく。

最後までルルと行動をともにしているのは、シゴルヒとアルバ。アルバはかつての明るく活動的な面影はまるでなくなってしまい廃人のようになってしまっている。彼も、生きながらにしてルルに滅ぼされてしまっている。

三人は、生活の糧を得る手段も無く、ルルは娼婦となる。彼女が客をとる間、男たちは部屋を空けて街頭で暇をつぶしている。これも地獄。娼婦となってもなお可憐なルルは、通りかかった青年を部屋に引き入れる。そして、はじめて会った彼を心のそこから愛しはじめる。これもいかにもルルらしい。しかし、ルルが愛しはじめたその男は殺人鬼だった。

一瞬は殺人鬼の心すら虜にしたかに見えたが、彼女のために破滅しなかった初めての男の手に握られたナイフにより、ルルは命を絶たれる。これも・・・、いかにもルルらしいのかもしれない。。。★★★★★

※この作品は、ジュネス企画のVHSで見たんですが、画質がかなり悪いのが残念です。白黒の対比がくっきりと効いた、切れのいい映像なのできれいな画面で見ることができたら、さらにずっとルルの魅力が伝わってくると思います。↓の紀伊国屋のクリティカル・エディションが素晴らしくきれいなんですって。。買っちゃおうかなぁ。。

しかし、それにつけてもルイーズ・ブルックス。。。欧米では、今でも熱烈なファンが多いというのは理解できますね。すさまじいほどの魅力でありました。

<スタッフ&キャスト>
監督:G・W・パブスト
原作:フランツ・ベーデキント
脚本:ラディスラウス・ヴァホダ
撮影:ギュンター・クランフ
出演:ルイーズ・ブルックス
   カール・ゲーツ
   フリッツ・コルトナー
   フランツ・レデラー
   グスタフ・ディーズル



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(2006/02/25)
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#0172『禁じられた遊び』ルネ・クレマン監督 1951年フランス

禁じられた遊び
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ネタバレ気味です


『禁じられた遊び』と言えば、ギターを習っていた者にとっては特別な映画。ナルシソ・イエペスによる主題曲はどれだけ練習したかわかりません。あのメロディが聞こえてきただけで懐かしさがあふれます。

しかし作品の方は、ご多分にもれずはるか昔に一回観ただけで、覚えているのは子役の演技が奇跡的なうまさだったなという驚きと、ラストシーンが悲しかったなぁというそのくらい。さびしいもんです。

今回見直してみてこの作品にはちょっと怖いものを感じました。

ルネ・クレマン監督は人間から動物・虫に至るまでこの作品のいたるところに”死”をばら撒いています。それだけ強調されている"死"に対する登場人物の接し方が普通ではないと言うことがその怖さの原因のようです。

舞台は第二次大戦さなかの1940年、パリ近郊の村。死はそこら辺に日常的に転がっています。パリから非難しようとした一団がドイツ軍戦闘機の攻撃を受けてバタバタと死んでいきます。ポーレット(ブリジット・フォッセー)の両親も機銃掃射を受けて即死。死を理解できないポーレットが斃れた母の頬を小さな手でなでるシーンが悲しい。かわいがっていた犬も死んでしまいます。ルネ・クレマンは死に際に犬が四肢を痙攣させている様子まではっきり撮ってますね。

ポーレットは死んだ犬を抱いてさまよっているうちにミシェル(ジョルジュ・プージュリー)と出会います。ミッシェルは彼女に犬が死んだことを説明し、死んだら穴に埋め、十字架を立てるのだと教えます。

こうして彼女にとって”死”とは”穴に埋めて十字架を立てる”ということとイコールになってしまいますね。死ぬのはかわいそうだと感じるものの、死に敬意を払うべきだというようなことは理解できません。

また、ミシェルもポーレットを喜ばせたいがために、死者を敬い慰める象徴である十字架を次々盗み出そうとします。

暴れ馬にけられたミシェルの兄ジョルジュが死んだとき、ポーレットは「穴に埋めるの?」と聞きます。ミシェルは「よせ、僕の兄さんだぞ」とたしなめますが、それでもやはり兄の遺体を運ぶ霊柩車から十字架を盗みます。

ミシェルは隣家からひよこを盗んできますが、ポーレットに見せたときにはひよこは死んでいます。「うれしいかい?」と聞くミッシェルにポーレットは「うん」と答えます。

子供たちは死の本質を理解しないまま、次々と墓を作って十字架を立てます。清らかに美しい音楽やブリジット・フォッセーのかわいらしさとは裏腹に死の本質を理解しない子供たちの葬式ごっこはやはり怖い。ブリジット・フォッセーの(多分)青い瞳があまりに無邪気すぎて、さらに怖さを増幅します。

ミシェルの両親は当然子供たちのこういう遊びを快く思いません。でも、彼らも"死”について理解し敬意を払っているのか甚だ疑わしい。隣家の妻の墓を汚い石ころだとののしる。墓場で乱闘する。十字架をへし折る。大人たちもやはり死に対してまっとうな態度を示していないようです。

結局、この映画からずっと感じる怖さの根本にあるのは、大人も子供も死というものを正しく取り扱っていないという一種の異常さです。突き詰めると、結局はそういう人間社会における当たり前のことができなくなってしまう戦争というものの恐ろしさということにたどり着きます。

大人たちは、子供の葬式ごっこには違和感を感じるのに、戦争によって自分たちも死に対して無感覚になってしまっていることに気がつかない。そういう大人たちに引き裂かれてしまった二人の姿が哀れです。ラストシーンのミシェルを捜し求めるポーレットの姿は忘れられません。
★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:ルネ・クレマン/製作:ポール・ジョリ
原作:フランソワ・ボワイエ/
脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ボスト
撮影:ロベール・ジュイヤール
音楽:ナルシソ・イエペス
 
出演:ブリジット・フォッセー/ジョルジュ・プージュリー
   シュザンヌ・クールタル/ジャック・マラン


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禁じられた遊び禁じられた遊び
(2006/12/14)
ジャック・マランブリジット・フォッセー

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#0171『探偵物語』ウィリアム・ワイラー監督 1951年アメリカ

探偵物語
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ネタバレ!内容を知りたくない人は読まないほうが無難です。

シドニー・キングスレー原作による舞台劇の映画化。舞台劇の映画化といえば、最近観たものでは”カルト~”の方に感想を載せた『デストラップ・死の罠』などがありましたが、場所が限定されているため、うまく作ると非常に密度の濃い面白い作品になるようです。

今回の『探偵物語』もその一例で、ニューヨーク21分署の刑事部屋を舞台とした刑事と犯罪者たちの一日の出来事。カメラはほとんどそこから出ることはありません。刑事部屋には万引き女や会社の金を横領した青年、強盗コンビなどさまざまな面々が連行されてきて、それを捌く刑事たちも実に個性的。それぞれの犯人と刑事たちにドラマがあって、同時並行するわけですが、カンヌ映画祭女優賞を獲得した万引き女役のリー・グラントや、クレイジーな強盗役ジョセフ・ワイズマン(個人的にはチャーリー&ルイスの強盗コンビがイタク気に入りました)、息子を戦争でなくしたベテラン刑事役ウィリアム・ベンディックスなどの演技が秀逸。しかも、彼らの演技が狭い刑事部屋の中でもつれ合うように進行するので観ていて面白いことこの上ない。それぞれの犯人たちがわざとらしく絡んだりすることはありませんが、あっちの犯人がこっちのやり取りを眺めていたり、そういうちょっとしたところの工夫が刑事部屋のリアリティを高めています。

その中に主人公の刑事ジョージ・マクラウド(カーク・ダグラス)がいるわけですが、彼は妻を愛し子どもを望む良き夫でありながら、一切の罪を頑なに許さない鬼刑事。マクラウドが現在追っているのは、もぐりの堕胎医カール・シュナイダー。彼は自分の農場で密かに堕胎手術を行っており、手術の失敗が原因で患者を死なせてしまっています。犯罪者に対する憎悪をみなぎらせて執拗に追求するマクラウドですが、シュナイダーはなかなか尻尾を出さず、ついマクラウドはシュナイダーに暴行を加え病院送りにしてしまいます。

マクラウドが罪を許せないのは、自分の父が犯罪者でありそれが原因でやさしかった母親が死んでしまったから。「犯罪者は臭いがする」と言います。同時に扱っている横領犯の青年に対しても、同僚刑事(ベンディックス)が良かれと思って口をきき、被害者が告訴を取り下げることに同意し、駆けつけた幼馴染(キャシー・オドネル)が泣いてすがってもマクラウドは許しません。

そういう、マクラウドの性格をうまく見せながら、物語の後半でその矛先が愛する妻(エリノア・パーカー)に向かっていく様は観ていて思わず嘆息してしまいます。この映画は、犯罪者と刑事でごったがえす刑事部屋の一日を描きながら、実はジョージ・マクラウドという一人の男の心の葛藤とその決着をテーマにしてるんですね。

彼の妻には重大な過去の過ちがあり、それが現在の事件に関係しているわけですが、妻を深く愛しながらもやはり過ち(犯罪ではないものの)を頑なに許せないマクラウドが哀れです。しかも、彼は父をめぐるトラウマが原因で、その過酷さが理不尽だと自覚していながらどうしてもそこから脱することが出来ない、心の地獄を味わっているわけです。自分が最も憎み消して許さないと思ってきた父親と同じ、人としての寛容さのかけらもない人間だと、こともあろうに一番愛していた妻から指摘されて心の地獄にどっぶりと頭まで浸かってしまった彼がその後とった行動は・・・。覚悟の上だったんでしょうね。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督・製作:ウィリアム・ワイラー
原作:シドニー・キングスレー
脚本:フィリップ・ヨーダン/ロバート・ワイラー
撮影:リー・ガームス
出演:カーク・ダグラス/エリノア・パーカー
    リー・グラント/ウィリアム・ベンディックス
    キャシー・オドネル/バート・フリード
    ジョージ・マクレディ/ジョセフ・ワイズマン
    グラディス・ジョージ/フランク・フェイレン
    ルイス・ヴァン・ルーテン/クレイグ・ヒル
    ホレイス・マクマホン

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探偵物語探偵物語
(2006/05/12)
カーク・ダグラス

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#0170『荒野の七人』ジョン・スタージェス監督 1960年アメリカ

荒野の七人
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ネタバレでございます。


しかし、あれですね、映画って何回も観ないとダメですね。『荒野の七人』も、今まで何度か観た作品ですが、今回観直して、今まで見過ごしていた”ガンマンたちの生き様”が初めて伝わってきました。

後半のカルヴェラ(イーライ・ウォラック)一味との戦いは文句なしの見せ場ではあるのですが、前半の人集めの部分もこの作品の魅力の一つ。しかし、なぜそもそもクリス(ユル・ブリンナー)たちはこの儲からない仕事を引き受けたんだろうかということが疑問ではありました。

『荒野の七人』には特に回想シーンもありませんから、彼らの過去は定かでないのですが、それぞれ用心棒や賞金稼ぎなど銃と腕っぷしで生き抜いてきたことはわかります。しかし、集まった彼らはガンマンとして人生の転機に差し掛かっているようです。

ヴィン(スティーブ・マックィーン)は、「なじみになったバーテンやディーラーは山ほどいるが、女房や子供や家はない」と言い、それを受けてクリスも「ゆっくり落ち着く場所もなければ、腹を割って話せる相手もいない」と語ります。アクション中心の後半にあって、しんみりとする名シーンです。

前半の人集めの段階では、彼らのこういう思いはほとんど描かれておらず、冒頭の棺桶護送におけるユル・ブリンナーとマックィーンの凄腕ぶりやジェームズ・コバーンのクールなナイフ技などがクローズアップされているため、選りすぐりのプロフェッショナルが徐々に集結する魅力だけを観てしまいがちです。彼らが一列に連なって村に向かうシーンは、本当にかっこいい。

後半、カルヴェラとの激しい戦闘を中心において、それぞれのガンマンの人間的な部分をチラ見せするシナリオは、いかにもではありますが彼らの強さの中に意外な一面を発見する形になってすばらしい限り。

オライリー(チャールズ・ブロンソン)は、農民の子供たちに家族を守る父親の勇気を説き、自分にはとてもそんな勇気はないと告白。リー(ロバート・ヴォーン)は、力の衰えに気づき恐れを感じ夢にうなされています。一瞬自信を取り戻した直後のリーの死はひときわ印象に残ります。一番若いチコ(ホルスト・ブッフホルツ)ですら、農民からガンマンになったことに本当は後悔の気持ちがあるようです。七人の中で一見そういうジレンマを感じさせないのがジェームズ・コバーン扮するブリットですが、ヴィンが語るときにツーショットでブリットの姿が映っていましたね。自ら言葉にはしませんが、やはりそういう思いを抱いているような表情がありありと見えます。

彼らは、その場その時がすべての根無し草のようなガンマン生活がむなしくてたまらないんですねぇ。7 人の中で唯一の例外はブラッド・デクスター扮するハリーでしょうか。彼は最後まで隠された儲け話を信じて死んでいきます。死に際のハリーに、50万ドルの金鉱が隠されていると嘘をつくクリス。笑いながら死んでいくハリー。ハリーの存在と死はガンマンたちが感じているむなしさを引き立てる役割を担っていました。

農民たちのためにカルヴェラと闘うことは、彼らにとってそういうむなしさとの戦いだったんですね。心身に染み付いてしまったガンマンという生き方から足を洗えるわけではなくても、自分には農民たちのような大地に根ざした生活は出来なくても、そういうむなしさに対してなにか一矢報いたいという思いが損得抜きで彼らをこの仕事に赴かせたのではないでしょうか。

カルヴェラには、彼らのそういう思いが理解できなかったんですね。立場こそ違っても、金目当てで銃に頼って生きる同類だと信じて疑わなかった。だから、農民たちが七人を裏切ったとき、カルヴェラは銃すら奪わずに彼らを村から追い払います。わずかな報酬すら期待できなくなった彼らに戦い続ける意味などない。戦いは終わったのだと思ったはずです。カルヴェラが「なぜだ?なぜだ?」と問いながら死んでいく姿は、ついに人間の本質を理解できなかった男の悲しい最後の姿でした。

「農民だけが勝ち、土地と同じように永遠に残っていく」と語る長老の言葉が感動的。ただ一人農民に戻っていくチコを見送り、「俺たちはいつも負けだ」と言い残して荒野に去っていくクリスとヴィンの姿が素晴らしいラストシーンでした。★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督/製作:ジョン・スタージェス
共同製作:ルー・モーハイム
製作総指揮:ウォルター・ミリッシュ
原作:黒澤明/橋本忍/小国英雄
脚本:ウィリアム・ロバーツ/ウォルター・バーンスタイン
撮影:チャールズ・ラング・Jr
音楽:エルマー・バーンスタイン
出演:ユル・ブリンナー/スティーヴ・マックィーン
   チャールズ・ブロンソン/ジェームズ・コバーン
   ロバート・ヴォーン/ホルスト・ブッフホルツ
   ブラッド・デクスター/イーライ・ウォラック

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荒野の七人 (特別編) (ベストヒット・セレクション)荒野の七人 (特別編) (ベストヒット・セレクション)
(2007/10/24)
ユル・ブリンナー

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#0169『知りすぎていた男』アルフレッド・ヒッチコック監督 1956年アメリカ

知りすぎていた男
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マラケシュでの休暇にむかうバスの中で、マッケナ医師夫妻(ジェームズ・スチュワート/ドリス・デイ)はルイ・ベルナール(ダニエル・ジェラン)という男と知り合う。夫妻はルイとディナーの約束をするが、直前でルイにキャンセルされてしまい二人でレストランに向かう。そこで、ドレイトン夫妻と知り合って意気投合し翌日一緒に市内観光に出かける。市場を見学している最中に突然騒ぎが起こり、一行は現地人と思しき男がナイフで背中を刺される現場を目撃。刺された男は現地人に偽装したルイ・ベルナール。実は情報局員であったルイは、死ぬ間際マッケナに大物政治家暗殺の情報を託す。ドレイトン婦人に一人息子のハンクを預け、目撃者として警察に行くマッケナ。警察署内で証言中に何者かから電話があり、ハンクを誘拐した言う・・・・・。

1934年の『暗殺者の家』をヒッチコック自身がリメイクした50年代ヒッチコック映画の傑作。主演にジェームズ・スチュアートを配してキメにきてますねぇ。相手役はドリス・デイ。この二人は本当に絵になります。ジェームズ・スチュアートは言わずもがなのヒッチコック映画の顔。ケイリー・グラントと並ぶ二枚看板ですね。ヒッチコックは、豊かな感情表現がポイントのときはジェームズ・スチュアート、軽快なユーモアがポイントのときはケイリー・グラントと使い分けていたのだそうです。

ジェームズ・スチュアートについては言うまでもありませんが、この作品で輝いているのはなんといってもドリス・デイですね。私はジャズが好き(ちなみにジャズも4・50年代しか聴きませんが)なものですから、ドリス・デイは女優としてよりもセンチメンタル・ジャーニーに代表されるジャズシンガーとしてしかインプットされていませんでした。しかし、この作品では、誘拐されたわが子を思う気持ちがぐっと切実に表現されて、すばらしい演技。俳優としても一流であることを知りました。教会の前やアルバート・ホールで、心配のあまり居ても立ってもいられなくてウロウロするシーンが印象に残ります。役柄でも観察が鋭く頭脳明晰でしかも元人気歌手ということで、ちょっとのんきなマッケナ医師との夫婦関係は妻優位という感じでしたが、演技の面でもジェームズ・スチュアートと渡り合って遜色ありませんでした。

さて、今回オリジナルとリメイクを続けてみた『The Man Who Knew Too Much(原題)』ですが、ドラマとしては、リメイク版の『知りすぎていた男』の方が面白かったと思います。巻き込まれるまでの経緯や夫婦の人物描写、アルバート・ホールのシーンの描きこみ度合いなど、ドラマを作る手練手管に圧倒的な違いがありますよね。しかも、本作にはカラー画面の圧倒的な美しさが加わります。ルイ・ベルナールが死ぬ場面の、黒いドーランの下から白い肌がのぞく場面もカラー作品ならではの演出。ハッと息をのむようなインパクトがありました。

ヒッチコック本人も「”暗殺者の家”は何がしかの才能のあるアマチュアが作った映画、”知りすぎていた男”はプロが作った映画」と言っていますが、確かにそれだけの完成度のちがいはありそうです。さすがに 22年の年月は伊達じゃありません。

ただし、ピーター・ローレファンの私としては、『知りすぎていた男』にピーター・ローレに匹敵する悪役がいなかったのが少し残念でした。悪事を引き起こして主人公を巻き込み、追いつ追われつを演じて、最後には”立派な”最後を遂げる「一本筋の通った悪役」としてピーター・ローレは非常に魅力的でした。それに比べて、『知りすぎていた男』の悪役で一番前面に出ている男は実は人に使われている身で今ひとつ”悪役の貫禄”に欠けるし、本当の黒幕は少ししか出てこず"立派な最後”も遂げません。そういう意味ではヒッチコックには珍しく、「キャラの立った悪役が見当たらない。でも面白かった映画」という感じでしょうか。

ともあれ、この作品良いです。文句なし。★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:アルフレッド・ヒッチコック
原案:チャールズ・ベネット/D・B・ウィンダム=リュイス
脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ/アンガス・マクファイル
撮影:ロバート・バークス
作詞作曲:レイ・エヴァンス/ジェイ・リヴィングストーン
音楽: バーナード・ハーマン
出演: ジェームズ・スチュワート/ドリス・デイ
    ラルフ・トルーマン/ダニエル・ジェラン
    クリス・オルセン/ブレンダ・デ・バンジー
    キャロリン・ジョーンズ

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知りすぎていた男 (ユニバーサル・セレクション2008年第5弾) 【初回生産限定】知りすぎていた男 (ユニバーサル・セレクション2008年第5弾) 【初回生産限定】
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#0168『汚名』アルフレッド・ヒッチコック監督 1946年アメリカ

汚名
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ネタバレ気味です。ご注意。

ナチスパイ容疑をかけられた父親のため売国奴の娘と呼ばれたアリシア(イングリッド・バーグマン)は酒と男遊びに浸っていますが、ある日FBI捜査官デブリン(ケーリー・グラント)が接近してきます。アリシアの昔の知り合いで、リオ・デ・ジャネイロにいる元ナチの武器商人セバスチャン(クロード・レインズ)の内情を探る協力を求められ、グラントと行動を共にします。アリシアはデブリンを愛するようになるのですが、調査は本格的な潜入捜査に発展。FBIは、アリシアにセバスチャンとヨリを戻したように偽装し、内部に入り込むことを求めます。デブリンを愛するがために任務の内容に苦悩するアリシアですが、デブリンは「やるかやらないかは君次第だ」の一点張り。彼の愛を確認できないアリシアは、半ば自棄になり任務を引き受けセバスチャンと結婚。ナチスの残党が集まるセバスチャンの屋敷で内偵を進めるのですが・・・。

というストーリー、聞いたことありますね。トム・クルーズの『M:I-2』。『汚名』の影響を受けているらそうです。別に『M:I-2』を悪く言うつもりは全然ないんですよ。DVDも持ってますしね。トム・クルーズのアイドル性とアクションがウリの映画としては十分楽しめると思います。が、テーマの取り扱い方としては圧倒的に『汚名』の方が優れています。

セバスチャンとの親密な関係を前提とした任務に、就かせたくないのにやめろと言えないデブリンと、やりたくないのに止めてくれないから引き受けてしまうアリシアの意地の張り合いが観ていてもどかしい。ですが、あっさり「僕だってやらせたくない!本当だ!」なんて叫んでしまう『M:I-2』と違い、アリシアはデブリンと心が通じない悲しみと疑心を抱えたまま任務に就くわけで、この背景があるために個々のサスペンスの要素がぐっと引き立ってきます。

この頃”ちょっとねちねちサイコな感じ”のヒッチコックを求めているのですが、この作品サイコ感はそうないもののアリシアとデブリンとセバスチャンの関係が実にねちねちいい感じです。愛情と疑心暗鬼が交錯する中、悪人の巣窟に潜入する美女、キーアイテムをめぐるサスペンス、ヒーローとヒロインのラブロマンスの紆余曲折とすべてがうまく絡まって言うことなし。その中でも、見所はラストの10分。悪者の屋敷の奥深くで危機に陥るアリシアを正面から乗り込んだデブリンがどうやって救い出すのか。極めて微妙なバランスで見事に物事が運んでいく、ヒッチコックの切れ味鋭い演出にため息をつく名場面でした。

イングリッド・バーグマンはこれで、『カサブランカ』→『白い恐怖』→『汚名』と三本観ました。『カサブランカ』の時はその圧倒的な美しさで秒殺一本勝ちではあるものの演技ではこれといったものはなかったようにも思えます。しかし『白い恐怖』では理知的でクールな精神科医でありながら、患者を愛してしまい苦悩する姿が素晴らしく記憶に残り、この『汚名』でさらに汚れ役(酒びたりだったスパイ)を美しく演じており、どんどん演技の幅が広がっていくのがはっきりわかりますね。素晴らしい。

ちなみに、悪役セバスチャン役は『カサブランカ』の警察署長ルノーを演じたクロード・レインズ。ちょっと情けなさげな悪役がうまいですよね。この作品でアカデミー助演男優賞にノミネートされました。★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督: アルフレッド・ヒッチコック
製作: デヴィッド・O・セルズニック
共同製作: バーバラ・ケオン
原案: アルフレッド・ヒッチコック
脚本: ベン・ヘクト
撮影: テッド・テズラフ
音楽: ロイ・ウェッブ
 
出演: ケーリー・グラント
    イングリッド・バーグマン
    クロード・レインズ
    ルイス・カルハーン

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汚名汚名
(2006/12/14)
レオポルダイン・コンスタンティン、ルイス・カルハーン 他

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#0167『イヴの総て』ジョセフ・L・マンキウィッツ監督 1950年アメリカ

イヴの総て
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ネタバレですよ

1950年は、演劇界の内幕もの『イヴの総て』と映画界の内幕を描いた『サンセット大通り』の二本がアカデミー賞を席巻。本作『イブの総て』は延べ14部門にノミネートされ、作品賞・監督賞・助演男優賞(ジョージ・サンダース)・脚色賞など6部門受賞。ビリー・ワイルダーの傑作『サンセット大通り』は12部門にノミネートされて、脚本賞など4部門の受賞でした。しかし、意外にも主演女優賞/男優賞はどちらの作品も獲得できなかったようです。本作で激突したベティ・デイヴィスとアン・バクスターはともに主演女優賞にノミネートされていました。

女優の頂点を目指した女の戦いをリアルに描いた作品ですが、一番印象的だったのは、女優陣の演技合戦です。新進女優イブ・ハリントンを演じるアン・バクスターはクールな美貌に大げさな表情を表すことなく、従順さや計算高さ、傲慢さなど全く違う感情を見せるところが素晴らしい。アン・バクスターがこの役に向かう意気込みがうかがえます。

イブの挑戦を受ける大女優マーゴを演じたベティ・デイヴィスもさすが。女優として成り上がるという野望を秘めて、冷静に着実に、計算づくで手を打ってくるイヴに対して、彼女が演じるマーゴは衝動的で感情的ですが、それゆえに鋭い”女の勘”でイブの本性を早々と見抜きます。

イブに追い詰められ、女優としての危機を感じて平静を失うマーゴが恋人のビルと喧嘩別れする場面は、大女優ベティ・デイヴィスの実力発揮の名シーン。

俳優の演技が良いと思うときには、当然シナリオや演出や撮影の巧さも大きく影響しているのでしょうが、やはり演じる本人の”気合い”が伝わってこないと感動できません。アン・バクスター、ベティ・デイヴィス、共にその気合がビンビンと伝わってくる名演技。

マーゴは、結局女優としてはイブに敗北するものの、最終的に恋人ビルの愛を得て女性として立ち直ります。イブとマーゴの二人の在りようはそれぞれ女性の特質を極端に示した姿ですね。それに比べて、男たちは単純というかなんというか。ジョージ・サンダース(この方、人を見下す態度が天下一品)演じる評論家アディスンのような悪魔的なワルはいるとしても、それ以外は実に他愛ないもの。

画面の真ん中に気合十分の俳優の名演技をすえて、小細工無しでぶつけてくる横綱相撲の名作でした。
★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ
製作:ダリル・F・ザナック
脚本:ジョセフ・L・マンキウィッツ
撮影:ミルトン・クラスナー
音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:ベティ・デイヴィス/アン・バクスター
   ジョージ・サンダース/ゲイリー・メリル
   マリリン・モンロー/ヒュー・マーロウ
   グレゴリー・ラトフ/ランディ・スチュアート
   セレステ・ホルム/セルマ・リッター
   バーバラ・ベイツ/クレイグ・ヒル

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イヴの総てイヴの総て
(2006/12/14)
アン・バクスター、マリリン・モンロー 他

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#0166『今夜、列車は走る』ニコラス・トゥオッツォ監督 2004年アルゼンチン

今夜、列車は走る
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多少、ネタバレ気味。”絶対内容は知りたくない!”という方は、読まないほうが無難と思います。


友達から聞いていた『今夜、列車は走る』、ようやく観る事ができました。いい映画でしたね。現在の映画を少し斜めに見がちな私でしたが、(当然のことながら)こういう良い作品もたくさん作られているんですね。とはいえ、こういう作品の公開にメジャー配給会社が見向きもしないのは残念なことですが。日本公開を実現して下さったスタッフの皆さんに感謝感謝。

映画は、夜土砂降りの中を三人の少年少女が走る場面から始まります。映画のスクリーンに夜と雨って、なんでこんなに似合うんでしょうね。情感を盛り上げてくれるオープニングは傑作の必須条件でもあります。
バックから流れてくる少年のせりふ「運命は変えられるのか・・・?」。

舞台は、1990年代のアルゼンチン。当時のアルゼンチンは国力が衰退し、財政赤字削減のために様々な産業で民営化が押し進められました。150年近い歴史を持つ鉄道もその対象で、車両や線路の老朽化ということもあり、続々と民営化を断行。セイフティネットもないままに約8万人の鉄道マンたちが失業に追いやられたといいます。

この映画の主人公は、5人の元鉄道マンたち。仕事を持つ妻と娘がいるカルロス(ダリオ・グランディネッティ)は40代前半くらい。喘息の幼い息子を持つダニエル(パブロ・ラゴ)は30歳そこそこ。家族持ちはこの二人で、あとは独身者。定年を間近に控えた68歳のブラウリオ(ウリセス・ドゥモント)、親分肌で気のいい娼婦カルメンと30年来付き合っている53歳のゴメス(アティリオ)、同じく独身のアティリオ(バンド・ビリャメル)はおそらく40代後半。彼らは、突然誇りある鉄道マンという仕事を失くしてしまい、それぞれの“その後”を送ります。

いち早く状況に適応し、知人の有力者の紹介でタクシー運転手の職を得るアティリオや、病気がちな幼い息子や妻とのやりとりから徐々に現実を直視し、名付け親を頼ってスーパーのガードマンになるダニエルなどがいる一方で、最年長のブラウリオは最後まで自主退職に応じず、整備工場に住み着いて会社側への抵抗を続けます。

一番印象的なのはカルロスとゴメス。二人とも仕事を見つけることができませんが、カルロスは希望の見えない再就職の苦労の中で、自分の人生について深く内省していきます。「これだけコケにされるのは、俺たちに何か悪いところがあったんじゃないのか」。自分や自分の家族を守るために、本当に考え正しい行動をしてきたのか、もっとやるべきことがあったのではないか。彼のつぶやきは、この映画の重要なメッセージのひとつ。何かをしなければいけない。しかし、本当に自分のやるべきことを見つけることができない彼は、水漏れのするトイレの配管を黙々と修理し始めます。

ゴメスと老娼婦カルメンのシーンはとても印象的。「いつも金持ちになるというのが口癖だったが、もう無理だ。。」というゴメスが置いた金を、カルメンは気づかれないように彼のポケットに戻します。しかしゴメスは、おそらく人に助けてもらうのが不得意な男だったのでしょう。その後、「金がないのに会うわけにいかない」と、カルメンからの電話にも出ようとしません。失業という危機に対して孤軍奮闘するゴメスは、街頭のサンドイッチマンのようなその場しのぎの仕事しか見つけることができず、ついに悲惨な末路を迎えます。

彼らが失ったものは、”仕事”だけではなくて人生の生きがい。自分が自分であることの誇り。家族をはじめとする人間関係における自分という存在の在り場所。

突然、本当に大切なものを失くした主人公達の行動は、あきらめるもの、戦おうとするもの、適応しようとするもの様々です。この5人の他に冒頭で自殺するカルロスの弟アンヘルがいますが、彼は労働組合のリーダーとして戦い続けた結果、鉄道マンたちを救う道を見つけることができず、ついにあきらめて自らの命を絶っています。

主人公達も、アティリオやダニエルのように再就職先を見つけたとしても、鉄道マンとして持ち続けていた本当に大切なものを取り戻せてはいません。そして、状況の差こそあれ、彼らはアンヘル同様にあきらめつつあります。

唯一それを取り戻そうとしていたのはブラウリオ。自殺したアンヘルの息子アベルは、父の自殺に納得することができず、考え続けた挙句にブラウリオを訪れます。しかし、ブラウリオはアベルと会話したあと、列車の修理工場で心筋梗塞に襲われ、一人きりで死んでしまいます。

愛する父が闘いに敗れて自殺し、最後まで闘い続けたブラウリオも死んだとき、彼らの果たせなかった思いは、アベルに受け継がれたように見えます。残った大人たちが自らの未来を選択しようという勇気を失くしていくときに、アベルをはじめとする三人の少年少女たちは雨の中を走ります。

ラストは、感動のシーンでした。「運命は変えられるのか?」というテーマに対する明確な答え。

列車は、私たちのもの

勇気は、私たちのもの
選択は、私たちのもの
誇りは、私たちのもの
人生は、私たちのもの
未来は、私たちのもの

★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督:ニコラス・トゥオッツォ
製作:マルコス・ネグリ/パブロ・ラット
脚本:マルコス・ネグリ/ニコラス・トゥオッツォ
撮影:パブロ・デレーチョ
音楽:セバスティアン・エスコフェット

出演:ダリオ・グランディネッティ/メルセデス・モラーン
   ウリセス・ドゥモント/パブロ・ラゴ
   バンド・ビリャミル/オスカル・アレグレ
   バレンティナ・バッシ/ルクレシア・カペーリョ

<関連サイト>
オフィシャル・サイト
ラテン!ラテン!ラテン!←本作を配給されたvagabundaさんのブログ



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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

#0165『アフリカの女王』ジョン・ヒューストン監督 1951年イギリス

お越しいただきありがとうございます。

この記事は、こちらに引っ越しました。

今後とも、

”シネマぞろ★”

を、よろしくお願いします。

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#0164『オーソン・ウェルズ IN ストレンジャー』オーソン・ウェルズ監督 1946年アメリカ

ストレンジャー
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ナチス・ドイツでユダヤ人虐殺を指揮し、戦後姿を消した若きエリート、フランツ・キンドラ(オーソン・ウェルズ)。戦犯聴聞委員会のウィルソン(エドワード・G・ロビンソン)は、杳として行方の知れないキンドラを捕らえるため、委員会の反対を押し切って、キンドラの腹心マイネケをわざと監獄から逃がし、その後を追う。そのキンドラは米国の地方都市で大学講師として身を隠し、判事の娘と結婚しようとしていた・・。

「市民ケーン」(1941年)から5年たってますが、ウェルズの光と影を操るうまさは健在。冒頭の脱獄するマイネケをひそかに追う聴聞委員の妻のカットや、たびたび登場する時計塔のシーンなど映像的なみどころは満載です。

ウェルズは相変わらずの”頭の切れる悪人”という役柄を好演。チェッカー自慢のドラッグストア主人を苦もなく負かしてしまう"超”天才。一方、それを追うウィルソンはこの主人に一度もチェッカーで勝つことが出来ませんが、このあたりの設定はオーソン・ウェルズの茶目っ気のようなものを感じさせてくれて楽しめます。

クライマックスの時計塔のシーンは、ヒッチコック作品「逃走迷路」の自由の女神のシーンを髣髴とさせるようななかなかの名場面。ロレッタ・ヤングのハードな女っぷりもGOODです。

ということで、映像や役者(エドワード・G・ロビンソンももちろんすばらしい)という面ではいいのですが、おしむらくはストーリーがいまいち。キンドラが、突然目の前に現れたマイネケの話を聞き、あっという間におとりであることを見抜くあたりまでは良かったのですが、その後ここが要所という大切な場面で彼はことごとく間抜けな選択をします。あいたたた・・・。

ストーリーがそういうことですので、映像が凝っていればいるほど、ウェルズ・ロビンソン・ヤングの三人の演技が見事なほど、観ている私の心は白々とさめていき、さめた心はネガティブに作品を観賞し、なおさらストーリーのアラが目立ってしまうという・・・ああ、悪循環。

そもそも。映画は必ず2時間ほどで決着をつけなければいけないわけで、当然幾分のご都合主義的な面は避けられないでしょう。しかし、それが透けて見えちゃうといかんです。観客にストーリーのつじつまを見透かされると、他の要素ではとてもカバーしきれない。映画は総合芸術と言いますから、映像の魅了なくしては成り立ちませんが、映像の魅力だけでも名作はできないのだなと。なるほどそういうことねと妙に納得してしまう作品。「市民ケーン」の映画としてのバランスのよさが懐かしくなるような、ちょっとばらけてしまった一本でした。

IMDbを見ると、どうもこの作品、ウェルズの意図に反してかなり編集されてしまったようなので、その分を考慮して★★★☆☆

<スタッフ&キャスト>
監督: オーソン・ウェルズ
製作: S・P・イーグル
原作: ヴィクター・トリヴァス/デクラ・ダニング
脚本: オーソン・ウェルズ/アンソニー・ヴェイラー/ジョン・ヒューストン
撮影: ラッセル・メティ
音楽: ブロニスラウ・ケイパー
 
出演:エドワード・G・ロビンソン/オーソン・ウェルズ
    ロレッタ・ヤング/フィリップ・メリヴェイル
    リチャード・ロング/バイロン・キース
    ビリー・ハウス

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#0163『そして誰もいなくなった』ルネ・クレール監督 1945年アメリカ

そして誰もいなくなった
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2005年のクラシック作品を見始めたころに書いた記事です。はじめて見たルネ・クレール作品。クレールへの入り口としては今ひとつでしたね・笑。クレールのことを何も知らずに書いていることでもあるし、転載をスキップしても良かったんですけど、わりとはっきりと不満の原因を書いてあるので残しておくことにしました。この作品は手元にDVDがないのですが、できればもう一度見直して確認してみたいところです。


以下、転載文。


アガサ・クリスティ原作の傑作ミステリの映画化ですね。ストーリーを語るまでも無いほど有名ですのではしょろうかと思いましが・・・。

孤島の館に招待された10人の客がリトル・インディアンの童謡にになぞらえて一人、また一人と殺されていく。いったい犯人は誰なのか???

ということで、二行だけストーリー紹介。

ルネ・クレールが戦争を避けてハリウッドに渡って撮った4作品のうち最後の1本。アメリカへの置き土産ですか。ルネ・クレールの映画は他に観たことが無いので、ジャストこの一本でコメントしますが・・・・。

ええっとですね、この作品、、、面白くないです。スミマセン。残念ながら。
姿の見えない殺人者に一人ずつ殺されていくんですから、次は誰か?今度はどんな方法か?やったのは誰か?犯行が進むにつれて登場人物の心理はどう変わっていくのか・・この辺でちゃんと盛り上げてくれないとねぇ。最近、ずっとヒッチコックを観ていたので余計かもしれませんが、あまりにも、、あまりにも淡白すぎます。はい次、はい次という感じで全然ドキドキしなかったのでした。

いろいろ参考文献を見る限り、ルネ・クレールの持ち味は軽いウィットにとんだってそういう感じですか?確かに、みんなで鍵穴を覗きあったりしてるあたり面白くはあるのですが。なにも、こんな密室連続殺人劇を選ぶ必要も無いのに、というのが正直な思い。なんでこの題材を選んだのかと、それが一番興味がありますね。

本来のルネ・クレールらしい作品をちゃんと観てみたいと思います。★★☆☆☆

<スタッフ&キャスト>
監督:ルネ・クレール
原作:アガサ・クリスティ
脚本:ルネ・クレール/ダドリー・ニコルズ
撮影:ルシアン・アンドリオ
音楽:チャールズ・プレヴィン
出演:バリー・フィッツジェラル
   ウォルター・ヒューストン/ルイス・ヘイワード
   ローランド・ヤング/ジューン・デュプレ
   ミシャ・オウア/C・オーブリー・スミス
   リチャード・ヘイドン/ジュディス・アンダーソン

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そして誰もいなくなったそして誰もいなくなった
(2003/09/25)
バリー・フィッツジェラルド

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#0162『白い恐怖』アルフレッド・ヒッチコック監督 1945年アメリカ

白い恐怖
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優秀な精神科医コンスタンス(イングリッド・バーグマン)が努める精神病院に新しい院長エドワーズ博士(グレゴリー・ペック)が赴任してきます。一目で恋に落ちるコンスタンスですがエドワーズ博士にはどうも不審な点が。コンスタンスの追求により、彼はエドワーズ博士ではなくその患者で自分をエドワーズだと信じ込んでいることが判明します。しかも、どうも博士は殺されてしまっているらしいのですが、彼は精神を病み記憶をなくしてしまっており真相は謎。彼を愛してしまったコンスタンスは無罪を信じ、警察からの逃亡を助けつつ真相を究明していくのですが・・・。

1945年製作のサイコスリラー。「定本映画術」でチェックしてみるとヒッチコック自身はこの映画のについてあまり語っていませんが、聞き手のトリュフォーはずいぶん気にいらないようです。その理由は、「ヒッチコック作品にしては狂気がなく、まともで理屈っぽくイマジネーションの遊びが少ない」ことと「グレゴリー・ペックが弱い」ということのようです。「精神病に関する映画をおとなしく撮りたかった」とヒッチコックも語るとおり、バーグマンはかなり”固い”感じがしますし、精神医療に関する記述も多く少し難しい感じがするようです。でも、個人的にはこの作品はかなり好印象。ちょっとねちねちサイコな感じのサスペンスには目がないのですよ。

精神科医と精神病患者の逃避行。しかも患者のほうは人殺しの可能性有り。彼女に対してもいつ凶行に及ぶかもしれないというハラハラ感がサスペンスですよね。この不安な関係の中で、コンスタンスは彼の無罪を信じて、精神に隠された真相を解明しようとするのですが、医者としての理性と男を愛する女性としての感性の間で葛藤するコンスタンスの心理がよく描かれています。

グレゴリー・ペックは、この作品の当時は29歳でデビュー三作目。グレゴリー・ペックと言えば私の記憶に残っているのは、まずは『ローマの休日』。それから『オーメン』。それぞれ37歳、60歳のときの作品ですから、私の中ではグレゴリー・ペック=渋い中年のイメージが出来上がっています。それからすると、本作のペックは線が細いのですが、トリュフォーの言うように”弱い”と言う感じでもないかも。自信のなさそうな目つきや挙動がむしろ役柄にぴったりはまってると思います。

今回の作品で興味津々だったのは、実は小道具。クライマックスでバーグマンを狙う銃と手。ぴったり狙いをつける銃口を、構えている本人の視線から撮っています。画面をクリアに映すために実物の4倍の大きさ(!)の銃と手を作ったという話を聞いていたので、実際見るのを楽しみにしていました。ついに真犯人を前にしたバーグマン迫真の演技が、ばかばかしいほど巨大な銃と手の前で行われていることを想像すると結構笑えます。この手法、『バルカン超特急』のブランデー・グラスなどでも使われていたようで、ヒッチコックお気に入りのテクニックだということです。

コンスタンスが恩師に「卵入りのコーヒーを入れます」と言ってますが・・卵入りコーヒーって何??★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督: アルフレッド・ヒッチコック
製作: デヴィッド・O・セルズニック
原作: フランシス・ビーディング
脚本: ベン・ヘクト/アンガス・マクファイル
撮影: ジョージ・バーンズ
音楽: ミクロス・ローザ/グレゴリー・ペック
    レオ・G・キャロル/ジョン・エメリー
    ウォーレス・フォード/ロンダ・フレミング
    マイケル・チェコフ

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白い恐怖白い恐怖
(2006/12/14)
レオ・G・キャロル、イングリッド・バーグマン 他

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#0161『失われた週末』ビリー・ワイルダー監督 1945年アメリカ

失われた週末
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見終わってしばらく記事が書けなかった作品。面白くなかったわけではありません。その逆。この作品は最高に面白い。

ビリー・ワイルダーの作品は個人的にサスペンス系の『情婦』『サンセット大通り』などの方が、コメディ系のものよりも気に入っています(ワイルダーに限らずなんですけどね)。この作品も、犯罪ものではありませんがサスペンス系に入れてよいと思います。

なぜそれだけ面白いのに感想を書く筆が進まないのかというと、レイ・ミランドの演技のみに関心が集中してしまったから。ビリー・ワイルダーのこれまで見た作品は、シナリオの面白さに惹かれていたのですが、今回は一にも二にもレイ・ミランドの演技力。

レイ・ミランドが扮するのはアル中の小説家ドン・バーナム。小説が書けないプレッシャーから酒に溺れてます。彼は、兄の計らいで週末を酒から離れて過ごすために田舎の実家に行くことになりますが、どうしても酒を断つことができないドンは兄と恋人ヘレン(ジェーン・ワイマン)を騙し、酒を求めて町に出て行ってしまいます。

アル中の実態というのも初めて見ましたが麻薬中毒と同じ。酷いというか悲惨というか。私は酒がなくても全然平気な方で、いざ飲むときはかなり飲むけれども二日酔いにもなりません。ということなのでアルコール中毒というのは身近な話ではありません。しかし、それでもアル中の悲惨さは身に迫るような迫力がありますね。

旅行の準備をする兄とヘレンの目を欺くために、窓の外に吊り下げた酒瓶にカメラが寄っていくオープニングや、バーのカウンターに残ったグラスの後で、ドンの酒量をイメージさせたり、相変わらずワイルダーの演出は印象的で魅力的。

それでもね、今回はやっぱりね、演じるレイ・ミランドの演技なんですよ!

酒が欲しくて欲しくてどうにかなってしまいそうな時のあの表情や、酒にありつけた時の悪魔の誘惑に浸る屈折した喜びがもれるあの表情。飲みたくて飲みたくて飲みたくて飲みたくて、いつかは小説家として立ち直るんだと心の支えにしてきたタイプライターすら質屋に入れて、それでも酒が飲みたくて、でも質屋が開いてなくて、行きつけのバーに転がり込んで、でもツケを断られて、「なら、一杯だけおごってくれ・・・頼む」と馴染みのバーテンに恥も外聞もなく哀願する、あの表情。

自分で天井の電気のかさに隠したボトルを忘れてしまって、気が狂ったように部屋中探し回って、あっちも探してこっちも探して、見つからずに絶望の表情でベッドに倒れこんで、天井に写ったボトルの影を見つけた時の、あのレイ・ミランドの演技がっっ!!! 今回はレイ・ミランドの壮絶なアル中演技、それ一本で★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督:ビリー・ワイルダー
製作:チャールズ・ブラケット
原作:チャールズ・ジャクソン
脚本:チャールズ・ブラケット/ビリー・ワイルダー
撮影:ジョン・サイツ
特殊効果:ゴードン・ジェニングス
音楽:ミクロス・ローザ
 
出演:レイ・ミランド/ジェーン・ワイマン
   フィリップ・テリー/ドリス・ダウリング
   ハワード・ダ・シルヴァ/フランク・フェイレン

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失われた週末失われた週末
(2006/12/14)
フランク・フェイレン、ドリス・ダウリング 他

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#0160『BACKTRACK/バックトラック』デニス・ホッパー監督 1989年アメリカ

バックトラック
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デニス・ホッパーがクレジット拒否した『ハートに火をつけて』のディレクターズ・カット版。サスペンスストーリーを重視した『ハートに火をつけて』よりも、マイロ(デニス・ホッパー)とアン(ジョディ・フォスター)の二人のロマンスにフォーカスした作品だということですが、『ハートに火をつけて』を見ていないので比較はできません。

偶然殺人現場を目的した電光掲示アーティストのアン・ベントン。彼女に見られたことに気づいたマフィアは殺し屋マイロに後を追わせる。シアトルからニュー・メキシコへと逃亡を続けるアンだが、ついにマイロに捕まる。ところが、マイロはターゲットのアンに恋をしてしまう。

うーーーん、どうなんでしょうねぇ。これは多分見る人の好みによると思いますが、ラブロマンスよりコメディよりサスペンス映画が好きな私としては、ちょっとなぁ。

主役の二人をはじめ、相変わらず切れキャラぶりがすばらしいジョー・ペシや、ぼけキャラのディーン・ストックウェル、登場3分で殺されるチャーリー・シーンなど脇役もうまい。ストーリーも面白いと思います。ちなみに、殺し屋がアンの家に忍び込んでくるシーンでは、スプリットスクリーンやカーテンに写る殺し屋の影がちょっとフィルム・ノワールっぽくて喜びました。

マイロがアンを追跡するくだりは面白く、彼女の情報を全部カードに書き込んで窓に並べて貼っていたり、とにかく彼女のすべてと同化しようとするようなねちっこさや、毛ほどの手がかりで正確に彼女のあとを追うあたりがネガティブなプロフェッショナルぶり満点。ちょっとサイコでアブノーマルな感じも加わってマイロ/デニス・ホッパー素晴らしいんですよね。

だから個人的にはそのキャラを維持して欲しかったなぁ。ターゲットと恋に落ちるにしても、屈折しまくって屈折しまくって悲劇に向かって一直線みたいなストーリーを期待したのですが、どんどんラブラブになっていくし・・・。(ちょっと映画全体も長い?ヘリのアクションとかいらんのとちがうの)。

ということで、序盤のマイロに惚れこんでしまったのでちょっと後半が残念だった一本。マイロとアンの関係は面白い(というか、それこそがデニス・ホッパーの見せたかったものらしいが)ので、冒頭でも申し上げたとおり、ロマンス系コメディ系が好きな方には良い映画かと。ジョディ・フォスターは今まで見た映画の中で一番きれいだったかも。
★★☆☆☆

<スタッフ&キャスト>
監督:デニス・ホッパー
製作:ディック・クラーク/ ダン・ポールソン
製作総指揮:スティーヴン・D・ルーサー/ ミチェル・キャノルド
原作:レイチェル・クロンスタッドマン
脚本:レイチェル・クロンスタッドマン/アン=ルイス・バーダッシュ
    スティーヴン・L・コトラー /ラニー・コトラー/アレックス・コックス/トッド・デイヴィス
撮影: エド・ラッハマン
音楽: ミシェル・コロンビエ
出演: デニス・ホッパー/ジョディ・フォスター
     ディーン・ストックウェル/ヴィンセント・プライス
     ジョン・タートゥーロ/フレッド・ウォード
     チャーリー・シーン/G・アンソニー・シリコ
     ジュリー・アダムス/サイ・リチャードソン
     ジョー・ペシ/ボブ・ディラン/グランド・ブッシュ

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BACKTRACKBACKTRACK
(2004/12/22)
デニス・ホッパー、ジョディ・フォスター 他

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#0159『真夜中まで』和田誠監督 1999年日本

真夜中まで
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イラストレーターであり、デザイナーでもある和田誠監督作品。

真田広之演じるジャズ・トランペッター守山は、人生の転機となるかもしれないライブを控えている。夜中0時のライブにジャズ界の大物G.P.サリバンがやってくるのだ。認められればニューヨークデビューも夢ではないそのライブの直前、彼は殺人事件に巻き込まれてしまう。果たして守山は0時までにライブハウスに戻ることが出来るのか・・?

時間限定のサスペンスは、”イベント”と”時間経過”と”真剣味”で決まる!(決めうち!)。

”イベント”とは、タイムリミットになにが起きるのかということ。当然重大なイベントが起きるほどサスペンス度は上がる。ここでは、守山は午前0時のライブに間に合わないと人生最大かもしれないチャンスを棒に振る。「ジャズマンが、次のライブまで・・」というタイムリミットの設定はなかなかおもしろい。

二つ目の”時間経過”は見せ方が大切。主人公がタイムリミットをクリアすべく奮闘する傍らで、さりげなく、しかし、はっきりと時間経過を見せてほしい。この部分には少し不満がある。うっかり観ているとこの物語が何時から始まっているのかわからない。オープニングで”真田広之”のクレジットの背景に実は22時35分を指す時計が写っている。しかしオープンクレジットを見ている間に見逃してしまった。開始時間の見せ方がちょっと控えめすぎ。時間経過についても前半は主人公たちの会話から推し量ることが出来るくらいでやはり弱い(後半の残り時間がはっきりわかってからの展開は、逆に時間に対して出来事が多すぎ)。

時間の見せ方で良かったのはフレッド・ジンネマンの『真昼の決闘』、悪者の到着は正午。ストーリーの節々で、駅でボスを待つ子分たちのたむろする様子と時計が画面に写る。時間経過とやがて起きる決闘のすさまじさを同時に予感させる名演出だと思う。

三つ目の”真剣味”は主人公がどのくらい必死にタイムリミットをクリアしようとするかで、当然必死なほど面白い。守山は・・、ところどころ”本当に真剣にやっているのか?”と思わせるところがある。例えば、一度リンダ(ミッシェル・リー)と分かれる決心をした後、柴田理恵扮する(不気味な)ファンに迫られて逃げ出した挙句、あっさりとリンダと再び同行することにする。このあたりもうひとひねりほしかったなというのが正直なところ。

ということで時間限定サスペンスとしての構成については、まあまあというところ。いくつか不満が残るのは事実。

オープニングの長回しはおもしろい。殺人事件が起きる立体駐車場から、カメラが移動して隣のビルにあるライブハウスに移り、窓からハウス内に入って右側から演奏している真田にカメラが近づき、ぐるっと正面を横切って左後方に遠ざかり、バンド全体を捉えるまでがワンカット。メイキングで見ると、ライブハウスに入ったカメラの進路にあるイスやテーブルを急いで片付けながらカメラは近づいていく。遠ざかる時はもっと大変で、移動したカメラのフレームに入る前にイスとテーブルを人海戦術で戻し、エキストラが着席して演技を始める。このショットへの執念はすごいと思った。

また、このシーンは音楽の使い方も凝っていて、オープニングのジャズ(ラウンド・ミッドナイト)が駐車場の取引現場のBGMになり、カメラの移動とともに実は隣のライブハウスで守山が演奏しているのだということがわかる。

その他、事件解決に奔走する守山がはじめから最後までトランペットを抱えているのも笑えるし、真田広之のジャズトランペッターぶりも決まっており、全体的には割と楽しめた。★★★☆☆

<スタッフ&キャスト>
監督:和田誠
脚本:和田誠
共同脚本:長谷川隆
撮影:篠田昇
美術:福澤勝広
音楽プロデューサー:立川直樹
演奏:五十嵐一生/佐山雅弘/道下和彦/小井政都志/井上功一

出演:真田広之/ミッシェル・リー/岸部一徳/國村隼
   春田純一/柄本明/高野拳磁/笹野高史
   もたいまさこ/大竹しのぶ/斎藤晴彦/高橋克美
   大森博/佐藤仁美/唐沢寿明/戸田菜穂
   柴田理恵/三谷幸喜/名古屋章/小松政夫/六平直政

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真夜中まで真夜中まで
(2007/12/21)
真田 広之.ミッシェル・リー.岸部 一徳

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#0158『ブエノスアイレス』ウォン・カーウァイ監督 1997年香港

ブエノスアイレス
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ウォン・カーウァイの作品を観ると、いつも「なんかいいなぁ」と思わされてしまうのが癪に障る。それは、ちょっといい感じのラブストーリー『恋する惑星』でもそうだし、切ない大人同士の愛を描いた『花様年華』でもそう感じた。個人的にはあまり出来が良いと思えない『天使の涙』や『2046』でも、ややもするとクラッと引き込まれそうになることがあった。まさかとは思ったが男同士の腐れ縁的恋愛劇『ブエノスアイレス』もやっぱり同様に感じてしまった。私には”その気”はないので、表向き同性愛を描いたこの映画でも「いいな」と思わされてしまうと、さすがに「それはなぜ?」という疑問がふつふつと湧いてくる。

別れたりヨリを戻したりを繰り返すファイ(トニー・レオン)とウィン(レスリー・チャン)。香港で喧嘩をして、やり直すためにやってきたブエノスアイレスでも二人の関係は全く変わらない。別に悪気はなく、普通に振舞うだけで相手を振り回して傷つけてしまうウィン。ファイは逆にそういうことがたまらなくイヤだと思っていても相手のことが気にかかり、「お腹が空いてるんだよ」とウィンに甘えられれば、高熱で寝込んでいても、起き出して食事の仕度をしてしまう。

少し二人の関係が落ち着いてくると、すぐにその枠からはみ出したがるウィン。二人の在り場所を整え、その中に相手を束縛しようとするファイ。そもそも同性愛か異性愛かということではなく、人と人との関係としてこういう微妙でウェットな遠心力や求心力が働くのだということであれば、これは自分にも経験のあることだ。

ウォン・カーウァイ作品の魅力ってひとつはその辺かもしれないなと思う。いろいろなシチュエーションにおける人と人の関係を自在に描きながら、それがなぜか、「そういえば、良く思い出せないけど自分にもそんな記憶がある。。。」、ような”気にさせる”。既視感のようなもので、気持ちがスクリーンに吸い付けられる気分になることがある。

しかも、そういうシチュエーションのアレンジがまたうまい。ウィンとファイの関係は男女間であってもごく普通のありふれた話。しかし、はるか彼方の異邦人の町ブエノスアイレスで、故郷に帰る旅費もない男と男が繰り広げる話として差し出されてくると、見慣れた街を舞台にどこにでもいそうな男女の話として見るよりも、土台そのエモーショナルな深みが違う。彼らのぬぐいがたい孤独感や、互いの傷をなめあいながらズブズブと沈み込んでいくようなそんなダメな感覚までひしひしと感じとってしまう。こういう”場”のとり方は、ウォン・カーウァイ独特のものがあって、それもやはりこの監督が好まれるひとつの要因だと思う。

さらには、そこにクリストファー・ドイルのカメラが入ってくる。この人の映像には状況説明以上のものがある、というより状況説明のための画なんかそもそも撮るつもりがないに違いない。ちょっとあざといところはあるけれど、『恋する惑星』のヴィヴィッドな感じや『花様年華』の過去の記憶を覗き込むようなおぼろげな風情を映像にすることができる人だ。今作でも、異邦人のやりきれない泥沼感や孤独感を映像化して見せてくれる。それは、二人の関係に応じて白黒・赤・青に画面が色調を変えるというような映像的細工であったりもするし、夜明けのブエノスアイレスの街で石畳に崩れ落ちるウィンの姿や、キッチンでタンゴを踊る二人のシーンなどなどの絶妙な構図からも伝わってくる。

後半登場するチェン(チャン・チェン)とファイは、ウィンとファイが過ごした時間と比べるとはるかに短い関係にも関わらず、互いに強く惹かれあう。しかし、いくら惹かれあってもその思いを告げることはできないシチュエーションもやはりあったりする。だからと言って、チェンとの交わりはファイにとって一過性のものではなく、それがあったがゆえにウィンとの別れを決心し、自分の街、家族のもとへと帰っていく。

こういう一連のこともなんとなく「そんなこともひょっとしたらあったかも。。」と、思ってしまう。いや、思わされてしまう。ウォン・カーウァイとクリストファー・ドイルには、映画を使ってそういうことを操る才能があるのだと思う。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:ウォン・カーウァイ
製作:ウォン・カーウァイ
脚本:ウォン・カーウァイ
撮影:クリストファー・ドイル
美術:ウィリアム・チャン
音楽:ダニー・チャン

出演:レスリー・チャン
   トニー・レオン
   チャン・チェン

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ブエノスアイレスブエノスアイレス
(1999/11/26)
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#0157『スリー・ビジネスメン』アレックス・コックス監督 1997年オランダ

スリー・ビジネスメン
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アレックス・コックス監督の『レポマン』は、なにかとんでもなく意味不明だったのだけれども、そのわからなさがカルトっぽくて、ちょっと忘れられない魅力がありました。今回の『スリー・ビジネスメン』ではアレックス・コックスは監督のほかに出演もしています。もともと役者としてもあちこちに出ているみたいですね。

出張で米国からリバプールにやってきたベニー(ミゲル・サンドヴァル)は、重い荷物を引きずってやっとのことでたどり着いたホテルで、同じく出張できている英国人フランク(アレックス・コックス)と出会います。

レストランで隣に腰掛けた二人は、待てども出てこない料理に業を煮やして調理場に向かいますが、なぜかそこは廃墟と化し誰もいません。何とか食事と酒にありつきたい二人は町に出ます。が、どこまで行っても食事はできず、おまけに迷子になってしまう・・・。

アレックス・コックスは相変わらずですが、こちらも初めてではありませんから、アレックス・コックスに対する間合いの取り方は多少心得ています。深く突っ込んではいけません。中距離でコックスが見せてくれるどたばたを、ちょっと心の余裕を持ちながら楽しむのが一番。

そうしてみると、この二人の珍道中はいかにも面白い。何事にも自分の主義主張を曲げず用意周到なフランクと大雑把で、勢いで物事に突っ走る結果オーライのベニー。イギリス人とアメリカ人を対比して皮肉ってるのか?などとコムツカシク考えちゃいけませんよ。

ただ晩飯が食べたいだけのフランクとベニーですが、いつの間にかリバプールからロッテルダム、香港へ。彼らがふと立ち寄った何件目かの店は、日本の新橋あたりのガード下風。結局ここでもすぐ閉店になって何も食べられないのですが、店から出てくると辺りの風景はいつの間にか東京になっていて、彼らの乗るタクシーもまごうことなき日本のタクシー。しかも、寝込んでしまった彼らがタクシーで到着したのは、真昼間のメキシコあたりの荒野の町・・・。

さすが、アレックス・コックス。今回もさっぱりなんだかわかりませんが、観客になんのことわりも説明もなくこれだけばっさり情景を切り替えてしまえるのは、やっぱり凄腕と言うんでしょうか。

前回の『レポマン』に続いてこの作品でも、60分少々の中編ながらわけのわからなさを存分に楽しませてくれたアレックス・コックス。なんか、あと引くんですよね。また今度他の作品も見てみます。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:アレックス・コックス
製作:トッド・デイヴィス
脚本:トッド・デイヴィス
撮影:ロブ・トレジェンザ
音楽:プレイ・フォー・レイン
挿入歌:デボラ・ハリー
 
出演:アレックス・コックス/ミゲル・サンドヴァル
    ボブ・ウィズダム/田口トモロヲ
    永瀬正敏 /アンドリュー・スコフィールド
    イザベル・アンプディア

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スリー・ビジネスメンスリー・ビジネスメン
(2003/07/25)
アレックス・コックス、ミゲル・サンドバル 他

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#0156『深夜の告白』ビリー・ワイルダー監督 1944年アメリカ

深夜の告白
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ネタバレですよ

フィルム・ノワールの名作『深夜の告白』。ビリー・ワイルダーはやっぱりすごかった。

今までに見た『サンセット大通り』『失われた週末』を上回る凄みのある作品でした。『アスファルト・ジャングル』のレビューでも書きましたが、この作品も最初の一瞬から釘付け。白いバックに松葉杖をついた男のシルエット。男が杖をつきながらこちらに歩いてくる映像にのせてオープニングクレジット・・・ゾクっときました。

深夜のオフィスで瀕死の重症を負いながら主人公ネフ(フレッド・マクマレイ)が真相を告白する、回想形式のストーリー展開。見事なファム・ファタールぶりを見せるバーバラ・スタンウィックの魅力。緻密な犯行が成功したかと見えたところから一転してたどる破滅のプロセス。そして、何よりフレッド・マクマレイとスタンウィックに名優エドワード・G・ロビンソンが絡んだ3人をめぐって途切れることのないサスペンス。これが、フィルム・ノワールの真骨頂かと目を見張る一本でした。

中でも記憶に残るのは、保険犯罪を絶対に見逃さない凄腕調査員キーズ(ロビンソン)がはじめて疑いを持つシーン。

フィリスの誘いに乗ってフィリスの夫を殺したネフは、切れ者キーズの疑いをかわせたと思い有頂天でアパートに戻ると、彼女からの電話で会いたいと言ってきます。危険を承知でネフは彼女をアパートに招じます。しかし、電話を切った直後にドアベルが鳴る。不安がよぎり一瞬ドアを見つめるネフ。現れたのはあろうことかキーズその人。ネフはやっとの思いでいつもの通り「ハロー、キーズ」と声をかけます。キーズは事故について誰も気づかないほどわずかな矛盾を嗅ぎつけてフィリスを疑い始めており、それをネフに話にきたのです。フィリスと鉢合わせになればそれですべて一巻の終わり。ネフのことは全く疑わず不可解な点を話すキーズ。そこにやってきたフィリスはかろうじてドアの外で二人の話し声を聞きつけ様子を伺います。帰ろうとするキーズ。ドアを開ける。とっさにフィリスはドアの後ろに身を隠す。廊下を歩み去るキーズ。ドアを背に見送るネフ。ドアの後ろに立つフィリスがそっとドアノブを引く。彼女に気づくネフ。その時、キーズは振り返る。必ずフィリスを白状させてやると宣言する。いつものように葉巻をくわえマッチを探しながら二人の方に戻ってくるキーズ。ネフはキーズの葉巻に火をつけてやり、キーズは帰っていきます。

気がつくときちんと座りなおして観てました。肩にパンパンに力が入っていて、思わず「ほぉぉぉ~」っと声が漏れましたね。文章が巧くないんでこれを読んでもらっても1%も伝わらないと思いますが(いや、どんなにうまく書いても文字では伝わらないに違いない)。

ロビンソン演じるキーズもいいんですよ。ネフとキーズが会う時はかならず”Hello、Keyes”からはじまって、いつも火を持っていないキーズにネフがマッチで火をつけてやって終わる。実はそれは伏線になっていて、ラストシーンでは逆にキーズがネフに火をつけてやるんですね。その行為と最後の二人の会話からキーズの心情が痛いほど伝わってくるんですね。キーズは最後の最後までネフを信じていた。

この作品を観る前はバーバラ・スタンウィックに注目していたのですが、すっかりエドワード・G・ロビンソンに魅せられてしまいました。ロビンソンはオーソン・ウェルズの『ストレンジャー』でもナチスの残党を追い詰める役をやっていましたが、こういう人を追う役で特に凄みをきかせますね。あの目と表情のせいかな。

スタンウィックも良かったんですよ。いや、十分にすばらしかった。全体に表情を押さえた演技でしたが、それが逆にフィリスの悪女ぶりをよく語っていましたねぇ。最後に見せる涙も引き立ちました。★★★★★

<スタッフ&キャスト>
監督:ビリー・ワイルダー
製作総指揮:バディ・G・デシルヴァ
原作:ジェームズ・M・ケイン
脚本:ビリー・ワイルダー/レイモンド・チャンドラー
撮影:ジョン・サイツ
音楽:ミクロス・ローザ
出演:フレッド・マクマレイ/バーバラ・スタンウィック
   エドワード・G・ロビンソン/ポーター・ホール
   ジーン・ヘザー/トム・パワーズ

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深夜の告白深夜の告白
(2006/12/14)
トム・パワーズ、ジーン・ヘザー 他

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#0155『ローラ殺人事件』オットー・プレミンジャー監督 1944年アメリカ

ローラ殺人事件
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これもフィルム・ノワールの傑作中の傑作。監督のオットー・プレミンジャーはビリー・ワイルダーと同じく1906年オーストリアのウィーン生まれ。正統なフィルム・ノワールの担い手ですね。

映画は、高名な評論家ウォルド・ライデッカー(クリフトン・ウェッブ)とマーク・マクファーソン刑事(ダナ・アンドリュース)が、ローラ(ジーン・ティアニー)殺人事件の真相を追うストーリー。二転三転する複雑なストーリーが最大の売り物なので、詳しく触れるわけにはいきません。

広告会社のクリエイターであるローラは、万年筆の製品評を書いてもらうべく、ウォルドに飛び込みアプローチ。それが縁でウォルドに気に入られてメキメキと頭角を現します。すっかり有名クリエイターとなり、結婚も決まった彼女が週末の夜、自宅で何者かにショットガンで射殺されて。。。

正確には四転するのかな。これだけでもネタバレになりそうですが、実は私絶対もう一転すると思ってたんですねぇ。この作品を見た方は多分後半の展開にずっと引っかかりを感じたんじゃないかと思うんですけど。そう、それですよそれ。

で、気になってIMDbなど調べてみるとやはりいわくつきでした。この作品途中で監督が変わっているそうです。もともとの監督は、『クレオパトラ』(63)でも監督交代の憂き目を見た(というより、莫大な予算オーバーで20世紀FOXをつぶしかかった)ルーベン・マムーリアン。元は製作に専念していたプレミンジャーは、監督を引き継いだときにマムーリアンが考えていたラストを書き換えてしまったらしいですね。マムーリアンが考えていたラストシーンの伏線となる、マクファーソン刑事のある行動(ソファーでうたた寝して。。。)が後半への入り口となるシーンにポツンと残ってるんですよ。これは意図的に残したんでしょうか。まあ、ラストシーンとしてはフィルム化されたものの方がずっといいと思いますが、どうも気になります。

しかし、そんなことがありながらも映画としての完成度は高いと思いますよ。ストーリがめまぐるしく変化するわりに、鼻につくようなわざとらしさはないし、強面切れ者・ポータブルゲーム好きの刑事ダナ・アンドリュースをはじめジーン・ティアニー、ヴィンセント・プライス(ローラのいい加減な婚約者役)などの俳優陣も良かったと思います。どれも一筋縄ではいかない男たちとローラの間の裏表ありありの人間関係が面白かったですね。
★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:オットー・プレミンジャー
製作:オットー・プレミンジャー
原作:ヴェラ・キャスパリー
脚本:サム・ホッフェンスタイン/ジェイ・ドラットラー/ベティ・ラインハート
撮影:ジョセフ・ラシェル
音楽:デヴィッド・ラクシン
音楽監督:エミール・ニューマン

出演:ジーン・ティアニー
   ダナ・アンドリュース
   ヴィンセント・プライス
   クリフトン・ウェッブ
   ジュディス・アンダーソン

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ローラ殺人事件ローラ殺人事件
(2006/12/14)
ヴィンセント・プライナー、ジーン・ティアニー 他

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テーマ : クラシック映画
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#0154『桜桃の味』アッバス・キアロスタミ監督 1997年イラン

桜桃の味
(画像がないんですよね。。。)

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イランの名監督アッバス・キアロスタミの作品は今回が初めて。というよりも、イラン映画自体見るのは初めてです。この作品、カンヌ映画祭のグランプリを獲得したらしい。

が、わっからーん・・。

主人公の男は、自殺の手伝いをしてくれる者を探して車を走らせている。画面はひたすら運転する主人公の男と助手席に乗る自殺幇助の候補者たちを写し、物語は運転席と助手席の会話に終始。そして車はゆっくりとイランの未舗装路を走り続ける。

主人公は車を流しながら、これと思った男を車に乗せ、取り留めのない話をしながら機を見て自殺の手伝いを申し入れる。その方法もまた少し変わっていて、翌朝荒地の穴に眠る自分を起こしにきて声をかけ、返事をしたら穴から出る手助けをする、返事がなければシャベルで土をかけると言うもの。

若い兵士に逃げられ、見習いの神学生に断られて、男は博物館で剥製作りをしている老人ゲバリに出会う。老人は子供の病気治療のために金が必要で、彼の申し出を引き受ける。しかし、車の中で彼は、自分が若いころ桑の実に救われて死を思いとどまったことを話し、男のことを友達だと言い、もう一度美しい夕日を見たくないのかと問う。そして、男の心理が徐々に変わっていく。

1時間40分のうち、ストーリの転機となるゲバリ老人が登場するのが1時間目あたり。それまでは、ひたすら荒地を車がトロトロと走りその中で会話が行われるだけ。襲い来る睡魔と闘いながらも、見る側にはじっくりじっくりと男の心情が蓄積されていきます。そして、ゲバリ老人の語りは一つ一つが心を打つ説得力があり、前半一時間をかけて染み込んだ心情に響いてきます。

でも、この男はなぜ自殺したいんだろうか。男と老人の交流はあまりに短すぎてそれだけで男の心理が劇的に変化するものなのだろうか。深夜雷と雨の中、荒地の穴に身を横たえた男はどうなるんだろうか?ゲバリ老人との再会にはどんなドラマがあるんだろうか・・・

ところが、じわっと積み重なった、こちら側の理解とか同調とか心構えとか予想とか、ラストシーンはそんな諸々のものを全部ぶっちぎってしまう。しばし唖然。

監督はこのラストシーンに何を込めたんだろう?それがまったくわからないのです。他のレビューを見るとこのラストシーンを含めて絶賛する向きが多いようですが、私の星は3つ。3つ星はとくに良くも悪くもない普通の作品につけるのですが、この作品はそうではありません。うかつに良いとも悪いとも言えない、そんな謎と変わった後味を持った映画ということで。
★★★☆☆

<スタッフ&キャスト>
監督:アッバス・キアロスタミ
製作:アッバス・キアロスタミ
脚本:アッバス・キアロスタミ
撮影:ホマユン・パイヴァール
 
出演:ホマユン・エルシャディ
   アブドルホセイン・バゲリ
   アフシン・バクタリ

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テーマ : 映画感想
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#0153『救命艇』アルフレッド・ヒッチコック監督 1944年アメリカ

救命艇
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連合国側の貨物客船がドイツ軍との交戦に巻き込まれ、砲撃を受けて沈没。生き残った乗員乗客は一艘の救命艇に乗り合わせる。その救命艇にドイツ砲艦の乗組員が助けあげられるのだが…

全編が一艘のボートの中で繰り広げられる密室劇。いわゆる極限状態ものです。ポイントは乗り合わせたドイツ兵の存在。遭難という状況で、迫り来る死と戦いそれぞれエゴが爆発し…、という展開よりもドイツ兵を巡る様々な思惑がメインとなっており、簡単に言うとボートの中でミニチュアの戦争してるわけです。

そういう筋立てなのでドイツ兵が強くないと映画が成り立たないのですが、これがまた見事なキャラ。よく映画にでてくる切れ者のドイツ軍人(決まってオールバックで彫り深め)という感じではなく、頭ボサボサのおデブさんで気持ち良さそうに歌なんか歌っているんですが、実は知略縦横、技術もあり肝の座り具合も見事。じわじわと明らかになっていく彼の正体が実に不気味で見応えがありました。

それでもアメリカ映画ですから、当然ドイツに勝つわけですが、ドイツ兵との決着は4・50年代の作品には見られない過激さ。戦争ヒステリーがシナリオに反映されたものか戦意昂揚を狙ったものかわかりませんが、厳しいことで有名だった当時の映倫を良くバスしたものです。最近の映画ではどうってことない平凡なシーンですけどね。

あと特筆はこの作品のヒッチコックカメオ。全作品中でも傑作のひとつでしょう。なんと新聞のダイエット広告(の使用前後)の写真で出演です・笑

シナリオは面白かったのですが、個人的には女優陣に魅力が乏しくいまひとつ没入出来なませんでした。主役のコニーの持ち物がどんどんなくなっていったり面白くはあるんですけど。役者に魅力がないとエピソードが映えません。ちなみに、コニーを演じたタルラ・バンクヘッドをヒッチコックは大いに気に入っていたようで、”彼女の強烈な個性が作品を支えた”と絶賛しています。ヒッチコック先生尊敬してるんですけど、女優の趣味がちょっとちがうんだなぁ・笑★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:ケネス・マッゴーワン
原作:ジョン・スタインベック
脚本:ジョー・スワーリング
撮影:グレン・マックウィリアムズ
 
出演:タルーラ・バンクヘッドウィリアム・ベンディックス
   ウォルター・スレザックメアリー・アンダーソン
   ジョン・ホディアク--ヘンリー・ハル
   ヘザー・エンジェルヒューム・クローニン
   カナダ・リー

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救命艇救命艇
(2006/12/14)
ジョン・ホディアク、メアリー・アンダーソン 他

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テーマ : クラシック映画
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#0152『ギャルソン!』クロード・ソーテ監督 1983年フランス

ギャルソン!
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クロード・ソーテ監督の『ギャルソン!』。マルセル・カルネの大失敗作『夜の門』でファンになったイヴ・モンタンが実に粋な年寄りを演じます。

クロード・ソーテと言う人はもともと脚本家のようですね。おお、『ボルサリーノ』のホンを書いてますね。ジャン・ポール・ベルモンドとアラン・ドロンがかっこよかった。最後の作品が『リュミエールの子供たち』。この作品も観ました。フランス映画100年を振りかえって名作の名場面を編集した作品ですが、はっきり言ってあんまり面白くなかったかなぁ。アメリカ映画100年史は面白かったんですけどね。

ということでクロード・ソーテのこの作品、どうでしょう?この作品には、山谷盛り上がりがありません。淡々と、めちゃくちゃ淡々と一人の老ウェイター(ギャルソン)の日々を追います。イヴ・モンタン演じるアレックスは60才代前半くらいの設定でしょうかね、20年前に事業に失敗して離婚し、それ以来アパートに一人で暮らし、街中の大衆ちょっと上くらいのレストランで給仕長(ギャルソン)として働いています。

このイブ・モンタンのギャルソンぶりがこの映画の最大の売り物でしょうね。60代前半の男がこれだけチャーミングに見えたことはない。混雑する店内を踊るように行きかいながらてきぱきと仕事をこなす姿は楽しそうでもあり生き生きしてもあり。

そして、60代前半(しつこい・・)のイブ・モンタンはしっかり恋をしてるんですねぇ。付き合っていた若い女の子に振られて、めげる間もなくたまたま再開した人妻クレア(ニコール・ガルシア)に一目惚れ。まあ、クレアと話すその顔のうれしそうなこと、追いかけまわすその行動のわかりやすいこと・笑。かの年でかくありたいと本気でそう思いましたよ。

フランス人って人間が好きなんですねぇ。どうしようもないくらい厳しい現実的な映画もつくるし、こういう洒落た映画も作る。どっちも人にぴったりピントを合わせてありのままに描き出そうとしている結果なのか。アメリカ人のドラマチック好きとはやっぱり根本的に違います。

よーく観ると山谷のない中にもアレックスを中心にさざ波のような人情ドラマが受け取れて、ちょっと屈折した居候ジルベール(ジャック・ヴィルレ)や、料理長フランソワ(ベルナール・フレッソン)などが忘れられないキャラになるんだけど、最近の派手で面白い映画が好きな方にはちょっと地味すぎて受け入れられないだろうなぁ。

いぶし銀(にしちゃ軽いけど)のイヴ・モンタンが最高の一本。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:クロード・ソーテ
製作:アラン・サルド
脚本:ジャン=ルー・ダバディ/クロード・ソーテ
撮影:ジャン・ボフェティ
音楽:フィリップ・サルド

出演:イヴ・モンタン
   ニコール・ガルシア
   ベルナール・フレッソン
   マリー・デュボワ

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ギャルソン!ギャルソン!
(2003/07/24)
イヴ・モンタン、ニコール・ガルシア 他

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テーマ : 映画感想
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#0151『担え銃』チャールズ・チャップリン監督 1918年アメリカ

担え銃
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1918年10月に封切られたファースト・ナショナル社第三作。『犬の生活』と本作の間に、『公債(THE BONDS)』という戦時自由公債の宣伝用短編がありますが、本格的な作品としては6ヶ月ぶり。

第一次大戦最後の年に戦争を茶化した映画を撮ることに、チャップリンの周辺は危険を感じており、セシル・B・デミルなどが反対したと自伝には記されています。しかし、チャップリンはこのアイデアに夢中だったらしく、最初は三部構成の五巻もの長編として企画されていました。

軍に入隊したチャーリーは、基本の行進も満足にできず苦労するが、何とか前線に参加することができるようになった。塹壕での共同生活を経て、ついに敵塹壕の攻撃命令が下される。そこでチャーリーは、たったひとりで13人の敵兵を捕らえるという武功を立てる。その後、敵地深く潜入し、捕虜を助け、民間人の娘エドナや同僚シドニーらと大活躍、最後は敵のカイザーを生け捕りにして連合軍陣地に凱旋を果たし、軍のヒーローとして祝福される。。。と思ったら・・・。

一見して、感じたのが、もはや笑いに対するドタバタの占める割合って、半分以下になったんだなぁということでした。チャップリンの身体芸はもとより素晴しいのですが、軍隊の中で一人だけ銃のとり回しも行進もできないチャップリンの姿は、その存在のずれ自体で笑える。塹壕生活のあれこれなども、細かい個人芸はちりばめられているものの、水浸しの中で眠る兵隊たちの様子や家族からの便りに一喜一憂する姿など、悲惨な状況なんだけどおかしみがある。その辺は、前作の『犬の生活』からさらに一歩進んだんだなという感触を受けました。

今回、初めてリアルな戦争を扱った作品となったのですが、敵のドイツ軍の描き方やカイザー拉致と言うストーリーにしても、はっきりと戦意高揚の意図が読み取れます。チャップリンは、その後『チャップリンの独裁者』を撮ったことから、ナチスと戦うロシアを支援する演説を行うことになり、それがきっかけとなっていわゆる赤狩り、国外追放という道をたどるわけですが、思えばこの作品がその源だったのかもしれません。

チャップリン自身、完成した『担え銃』には非常に懐疑的だったそうで、試写を見た親友ダグラス・フェアバンクスが太鼓判を押すまで、この傑作をボツにしようか悩んでいたのだそうです。今でも『担え銃』が見れるのは、フェアバンクスが爆笑してくれたおかげと言うことですね。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:チャールズ・チャップリン
出演:チャールズ・チャップリン
   シドニー・チャップリン
   エドナ・パーヴィアンス


参考文献:チャールズ・チャップリン著「チャップリン自伝~栄光の日々」

チャップリン自伝-栄光の日々 (新潮文庫)

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(2004/01/23)
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#0150『ガス燈』ジョージ・キューカー監督 1944年アメリカ

ガス燈
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ネタバレですよ

質の良いサスペンス映画を見たときの満足感はホントたまらんですね。

舞台になっているロンドン/ソーントン・スクェアのセットがまずはすばらしい。重厚な建物や石畳の舗道、グレゴリーが夜毎身を潜める路地の暗がり。そして、ぼんやりとあたりを照らすガス燈。イングリッド・バーグマンの演技は若干芝居がかかる傾向がありますが、この重厚な雰囲気の中ではかえってそのほうが違和感がありません。シャルル・ボワイエの尊大な悪役ぶりもさらに映えるというものです。

その見事な舞台設定で繰り広げられるのは迫真の心理サスペンス。有名な歌手であったポーラ(バーグマン)の叔母を、宝石欲しさに殺したのは実はポーラが結婚した相手グレゴリー(シャルル・ボワイエ)なんですねぇ。まんまと叔母が残した家に住み始めたグレゴリーは、叔母殺しのときに手に入れることができなかった宝石を探しはじめます。彼は真相に近づいたポーラを始末するために、彼女を精神病に仕立て上げようとします。自分ではたしかに見えたり聞こえたりしていることを幻だと言われ、身に覚えのない盗癖を責められて彼女は徐々に追い詰められていきます。。。

正常な人間を異常者に仕立て上げていくグレゴリーの陰湿さと巧妙な手口の積み重ね。だんだんポーラの明るさが消え、表情がおびえと狂気に染まっていくのにつれて、一方のグレゴリーは正体を現し、酷薄残忍さがあらわになり始めます。

このじわじわねちねち感が、私個人的にはサスペンスの必須条件。スピーディーに次々襲い掛かられるよりは、ねちねち真綿で首を絞めるようにせめて欲しい・笑。また、当時のロンドンのガス供給システムや建物のつくりなどを利用したネタ仕込みがサスペンス映画のお手本のよう。

それに加えて、ゴシック調ねちねちサスペンスを盛り上げるスーパーアイテム”女中”がまた素晴らしい。あくまで慇懃でありながら人を蔑むあの視線。女中ナンシー役は、この作品でデビューしたアンジェラ・ランズベリー。その後、映画・舞台・テレビの世界をまたにかけた大女優となりました。『レベッカ』のダンヴァース夫人に匹敵する”名女中”ナンシーがさらにポーラを追い詰めていきます。

いかにもの雰囲気あふれる舞台セットで極上のストーリーを積み上げてきたこの作品ですが、本当の魅力はラストシーンにありました。散々、グレゴリーにいたぶられたポーラが、その状況を利用した渾身の反撃を見せます。グレゴリーがたくらんだ悪巧みのすべてが返す刀となって彼にトドメを刺します。それまでの鬱積した息苦しさを吹き飛ばすこの爽快な切れ味。ジョージ・キューカー監督、お見事でございました。★★★★★

<スタッフ&キャスト>
 監督:ジョージ・キューカー
 製作:アーサー・ホーンブロウ・Jr
 原作:パトリック・ハミルトン
 脚本:ジョン・ヴァン・ドルーテン/ウォルター・ライシュ/ジョン・L・ボルダーストン
 撮影:ジョセフ・ルッテンバーグ
 音楽:ブロニスラウ・ケイパー
 
 出演:シャルル・ボワイエ/イングリッド・バーグマン/
    ジョセフ・コットン/メイ・ウィッティ/
    アンジェラ・ランズベリー/テリー・ムーア

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ガス燈ガス燈
(2006/12/14)
テリー・ムーア、アンジェラ・ランズベリー 他

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#0149『カラマリ・ユニオン』アキ・カウリスマキ監督 1985年フィンランド

カラマリ・ユニオン
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フィンランドの奇才アキ・カウリスマキの長編第二作。冒頭15人の男たちが地下でテーブルを囲んで相談をしている。彼らの名は”フランク”。15人全員がフランクである。詳しい説明はないが、彼らはどうも住む町で恵まれない境遇にあり、反対側にあるという”理想の町エイラ”に移ることを計画しているらしい。

ストーリーは、思い思いの方法でエイラを目指すフランクたちの姿を追っていく。彼らは離れたり出会ったり、協力しあったり喧嘩したりしながらエイラをめざすが、やることなすことすべて行き当たりばったりなため、一人また一人と脱落し始める。警察に捕まるものや、些細ないざこざで命を落とすもの、目的を忘れてしまうものなどさまざまだが、なにかちょっと『大脱走』の後半部のように見えなくもない。

カウリスマキが描く登場人物たちは、全員名前が同じというところからすでに変なのだが、全員台詞が棒読みで無表情。とても変わっている。そのフランクたちは、マンホールから出てきたり銀行に融資を強要したり、ちょっと殴ったらコロっと死んでしまったり、かと思うと突然コンサートを始めたり。突拍子もない言動を繰り広げながらサバイバル・ゲームを行うわけで、目的は明確なのにその方法は支離滅裂という、やや調子の外れた緊張感が映画全体に漂う。これが結構面白い。そのうち”なにやってんだ、ばかっ!”とか突っ込みながら映画を見始める。

カウリスマキ監督の意図はわからないが、理想郷を目指す”一人の男”が経験しうる15通りの運命を同時並行で描いている、とそんな解釈も出来るのかもと考えてみる。でも、そんな小難しいことを考える意味はないのかもしれない。

そうこうしているうちに、自分のお気に入りの”フランク”ができてくるから面白い。15人の中で私の一番のお気に入りは、ヘルシンキ・ホテルに投宿したことがきっかけで、ホテルのドアマンになってしまったフランク。ちょっと物悲しいギターの弾き語りが印象的だった。
★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:アキ・カウリスマキ
脚本:アキ・カウリスマキ
撮影:ティモ・サルミネン
編集:アキ・カウリスマキ/ライヤ・タルヴィオ
音楽:カサブランカ・フォックス
監督助手:マルヤーナ・ミュッカネン
録音:ヨウコ・ルッメ
製作マネージャー:ヤッコ・タラスキヴィ

出演:マッティ・ペロンパー/プンティ・ヴァルトネン
    サッケ・ヤルヴェンパー/ピルッカ=ペッカ・ペテリウス
    カリ・ヘイスカネン/マッティ・シュルヤ
    ミッコ・シュルヤ/ティモ・エランコ
    パテ・ムスタヤルヴィ/サカリ・クオスマネン
    マト・ヴァルトネン/ミッコ・マッティラ
    マルック・トイッカ

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カラマリ・ユニオンカラマリ・ユニオン
(2002/12/21)
マッティ・ペロンパー、ピルッカ・ペッカ・ペテリウス 他

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#0148『ハンター』バズ・キューリック監督 1980年アメリカ

ハンター
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スティーブ・マックィーンの遺作となったアクション作品。

ストーリーは”パパ”と呼ばれた実在の賞金稼ぎラルフ・ソーソンの物語。保釈中に逃げ出した犯罪者を連れ戻すのが仕事で、実際のソーソンは30年間で1万人以上の逃亡犯を刑務所に送り返したらしい。

撮影されたのが1979年の9月から11月ということだから、マックィーンが50歳で癌で亡くなる1年前。日本公開は彼の死の1ヶ月後ということになった。まさに人生最後の瞬間に撮られた映画だが、20年前の『荒野の七人』の頃と変わらずマックィーンはやっぱりマックィーンである。MA-1にブルージーンズ、顔つきも体型もさほど昔と変わらない。あの青い目も同じく魅力的である。アクションも達者でそれを見ただけでなにかとてもうれしくなってしまった。

マックィーンは、上昇志向が強く,”かっこいい”ヒーローにこだわった俳優であった。『荒野の七人』ではさまざまなアドリブ演技で目立とうとしてユル・ブリンナーをはじめとする先輩俳優たちを閉口させた。『大脱走』ではシナリオが気に入らずに降板騒ぎを起こし、それがきっかけであの名キャラクター脱獄常習犯ヒルツが生まれた。そのほかにも彼のアグレッシブなエピソードは数々ある。

しかし、今回のラルフ・ソーソンはヒーローはヒーローでもずいぶん人間味豊かなヒーローである。冒頭の縦列駐車ができないところからおかしいが、ぼろぼろのレンタカーを返しに行くときのとぼけた風情や、バック・ロジャース(昔のSFテレビドラマ)のおもちゃを熱心に集めている様子など、妙に肩の力が抜けている。トラクターのカーチェイスやシカゴ地下鉄のアクションなど、ヒーローぶりも健在ながら、余裕というか遊びというかいい意味での”ゆるさ”が加わっている。

また、家に帰ると臨月の恋人がいるのだが、結婚して父親になるということに踏ん切りが付いていない様子。ラマーズ法教室に行くの行かないのともめている。自分が捕まえた犯罪者たちを我が家に集めて面倒を見ていたり(”パパ”というあだ名の謂れ)もするし、人間くさい部分もずいぶんある。

人間味豊かといっても、マックィーン演じるソーソン自身は別に熱いセリフを吐くわけでもなく、淡々と逃亡犯を捕まえている。シナリオ設定と自然な演出・演技がなにかこうほのぼのとした温かみのようなものを作り出さしている。

ラストカットはそういうソーソン/マックィーンの人間味を鮮やかに描き出して素晴らしく、マックィーン自身のファイナルカットとしてもふさわしいものだったと思う。★★★★☆

<スタッフ&キャスト>
監督:バズ・キューリック
製作:モート・エンゲルバーグ
原作:クリストファー・キーン
脚本:ピーター・ハイアムズ/テッド・レートン
撮影:フレッド・J・コーネカンプ
音楽:ミシェル・ルグラン

出演:スティーヴ・マックィーン/イーライ・ウォラック
    ベン・ジョンソン/キャスリン・ハロルド
    レヴァー・バートン/リチャード・ヴェンチャー
    トレイシー・ウォルター/テディ・ウィルソン
    レイ・ビッケル/ボビー・バス

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(2008/06/20)
スティーヴ・マックィーン.イーライ・ウォラック.キャサリン・ハロルド.レヴァー・バートン.ベン・ジョンソン

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