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#0049『コレクター』ウィリアム・ワイラー監督 1965年アメリカ

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テーマ : クラシック映画
ジャンル : 映画

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ほんとですねぇ

イギリスののどかな田舎の洒落た家・・・という設定が不気味さを増幅させていました。そういう状況設定やもちろん音楽も含めて、素晴らしい作品でした。
記事の最後がアメリカと日本ごっちゃになってましたね・笑。一言足しておきました。

おそろしい

美しい映像と音楽で、残酷な物語を語るところが、
寓話のようでもあり、そこがかえって怖かった
印象がありました。

FROSTさんがおしゃるように1960年-70年代は、
アメリカが社会も文化も人間も大きく変質した
時代だった気がします。
あの当時は日本では対岸の火事でしたが、
今の日本では日常茶飯事のように起きている現実。
恐ろしいことです・・・。

なるほど

不勉強にして澁澤龍彦が『コレクター』の作品評を残していたことは知りませんでしたが、ネクロフィリアという捉えかたは的確ですね。優越と劣等という対立概念がないのであれば、フレディはなおさら純粋なネクロフィリアである必要があります。さすが。

私がこの作品で一番不気味だったのは、フレディが自分の嗜好に完全に気づかないまま行動していることでした。彼は彼なりに女性を愛そうとしているつもりだが、実は蝶の採集=対象を死に至らしめることによってのみ成り立つプロセスと全く同じことをしている。本人は自覚していないから、ミランダの死にあたってうろたえたり頭を抱えたりするけれど、次また次と繰り返すうちに、完全に自覚した状態で行うようになるだろうなと。ネクロフィリアいう自分の嗜好を十分承知した連続殺人鬼となるだろうなという予感。これが怖い。
はじめはウィリアム・ワイラーがこんな変態趣味の映画を撮るなんて意外だと思っていましたが、とんでもない誤解でした。オショーネシーさんもおっしゃっていますが、ワイラー一番の傑作かもしれません。

興味深く読ませていただきました。

個人的に『コレクター』解釈の決定版と考えている渋沢龍彦氏の評論によると、FROSTさんもご指摘してらっしゃる主人公の抱える階級的劣等感は映画化に際し付け加えられた設定のようです。

原作はそのような社会的理由付けの全くない非社会的な作品だったようです。

これも渋澤氏の受け売りですが、主人公の性向はネクロフィリア(屍体愛好者)だと説明しています。有機体を無機体に変貌させ、機械的に所有することがネクロフィリアの欲望である。そうであるならば、ミランダは地下室に監禁された時点で既に死んでいるのと変わりがないと。まさに彼がコレクションする蝶と同じように。

渋澤龍彦氏の映画評論は多くはないものの、どれも知的刺激に満ちたものばかりで面白いです。
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