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■映画のテクノロジーの発展の歴史、実際に製作されたフィルムの手法の変遷の歴史、映画館や製作会社の歴史、監督や俳優、さらにカメラマンや照明、美術などの現場の人々の歴史、映画をめぐるジャーナリズムとアカデミズムの歴史、こうした実に数多くのジャンルにおける出来事の移り変わりをすべて見据えた上で、映画という二十世紀に特有の神話的現象が、全体としてどのように変遷を遂げていったのかという問題が問われなければならない。

■この大きな歴史に到達するためには、単に有名監督の名作とか代表作と呼ばれるものを追跡していくだけでは不十分である。そうした単純な認識では映画の神話的な広がりは抜け落ちてしまう恐れがある。

■(さらに上記のような)映画の制度としての歴史の外側には、美術、音楽、演劇、漫画、文学といった、隣り合う表象ジャンルとの関係の歴史が控えている。

■ある社会における文化の階層的秩序の中で映画にどのような場所があてがわれてきたかという問題の歴史も忘れてはならないだろう。

■さらに外側には、現実の歴史・社会状況と映画とがどのように係わり合い、影響しあったのかという、より大きな問題が横たわっている。

■いかなるフィルムもその時代の政治・社会的状況の産物であって、同時代の文脈を忘れて作品だけを別個に取り出し、ピンセットでもてあそぶように研究したところで、映画の本当のあり方はわからない。

■もちろんこれは決して映画をそうした「下部構造」に還元してよしとする、反映論的な態度とは違っている。むしろ子の二つの間のダイナミズムを考慮に入れた上で、具体的なフィルムの分析に向かわなければならないということである。にほんブログ村 映画ブログへ

(四方田犬彦著「映画史への招待」より)
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