■「イデオロギーとはある時代の持つ創造的なる物であり、ある社会の映画であるように見える」ロラン・バルト
■ヒトラーは、ドイツそのものをイデオロギーの表彰物として、映画的な存在へと作り変えてしまった。
■底では第三帝国は巨大な映画スタジオとなり、ドイツ国民とナチス兵士は俳優となる。そしてヒトラーはそのすべての上に、スーパースターとして君臨するのだ。
■(レニ・リーフェンシュタールの)美しいもの、崇高な意思手神話的なる物を眺めるという美学そのものが、ファシズムとその本質において競合しあっていた。
■ファシズムは常に人をうっとりと魅惑し、忘我の境地に追いやって、神話的な共同体への帰属へと至らしめる力を持っている。
■映画とファシズムは、こっそりとではあるが仲良く手を取り合って発展してきた。映画が発明されて百年を迎えた現在、この問題をもう一度根本的に見直してみるときが到来している。ここで問われなければならないのは、映画の表彰物ではなく、表象作用そのものの構造でなければならない。
(四方田犬彦著「映画史への招待」より)




